吸収分割とは、M&Aの手法の中でも会社分割に属する一種で、組織再編において有効な手段です。
吸収分割は、事業の継承会社が、事業を譲渡した分割会社やその株主に対価を支払います。承継会社はその対価と引き換えに、権利義務や債務などを包括的に承継します。
吸収分割は、分割型吸収分割と分社型吸収分割に分けられます。
今回の記事では、吸収分割に焦点を当てて、意味やメリット、流れ、かかる費用などを解説します。
目次
- 1 吸収分割とは?
- 2 吸収分割の種類
- 3 分社型吸収分割(物的吸収分割)
- 4 分割型吸収分割(人的吸収分割)
- 5 吸収分割と新設分割の違い
- 6 吸収分割のメリット
- 7 移転手続きがシンプル
- 8 資金がなくても実施できる
- 9 承継会社でシナジー効果が発揮されやすい
- 10 労働者の同意なしでの移籍ができる
- 11 会社を整理できる
- 12 吸収分割のデメリット
- 13 不要な資産などを引き継ぐリスク
- 14 株価が変化する恐れがある
- 15 現場が混乱する恐れがある
- 16 吸収分割の流れ
- 17 吸収分割契約を締結
- 18 労働契約承継法の各種手続き
- 19 株主総会と株式買取請求
- 20 債権者保護手続き
- 21 会社分割登記
- 22 吸収分割の手続き・処理方法
- 23 契約の手続き
- 24 法務上の手続き
- 25 会計上の処理
- 26 承継会社が分割会社の子会社の場合
- 27 承継先企業が持分法適用会社となる場合
- 28 上記以外の場合
- 29 税務上の処理
- 30 吸収分割にかかる費用
- 31 登録免許税
- 32 専門家への報酬
- 33 官報への掲載費
- 34 吸収分割の正しい知識を知ろう
吸収分割とは?
吸収分割は、会社分割に属するM&Aの一種の手法です。
吸収分割は、譲渡会社が所有する権利や義務の一部を譲受企業に承継します。事業の承継会社は、事業を譲渡した分割会社やその株主に対価を支払います。承継会社は対価と引き換えに、権利義務や債務などを包括的に継承することとなります。
会社分割には、吸収分割の他に新設分割があります。新設分割は、会社分割の際に、新設された会社が事業を引き継ぎます。吸収分割は、元々健在の会社が事業を引き継ぐことです。
さらに、分割型分割と分社型分割の2種類の分類方法も加わり、分割型新設分割・分割型吸収分割・分社型新設分割・分社型吸収分割と4種類に大分されます。
このあとの項で、これらの4種類を詳しく解説します。
吸収分割の種類
吸収分割は、分割型吸収分割と分社型吸収分割に分けられます。それぞれの特徴を詳しく見ていきましょう。
分社型吸収分割(物的吸収分割)
分社型吸収分割は、物的分割とも呼ばれ、分割会社が、自社の一部の事業を分割して譲渡する代わりに、承継会社から対価として株式や金銭を受け取ります。
分割型吸収分割(人的吸収分割)
分割型吸収分割は、人的吸収分割とも呼ばれます。分割会社が対価を受け取る分社型吸収分割に対して、分割型吸収分割は、分割会社の株主が承継会社から対価として株式や金銭を受け取ります。対価として株式を受け取った株主は、承継会社の株主にもなります。
関連記事:会社分割の分割型分割とは?種別や処理方法について徹底解説。
吸収分割と新設分割の違い
企業の再編手法である吸収分割と新設分割には、明確な違いがあります。
吸収分割では、分割する企業の事業や資産が他の企業に吸収されるので、分割される企業の一部が他社に移行し、元の企業は存続または解散します。
一方、新設分割では、分割する企業の事業や資産が新しく設立される企業に移されるので、元の企業はその事業の一部を新たに設立された企業に譲渡し、元の企業も存続します。
結論、吸収分割は既存の企業との統合を目指すのに対して、新設分割は新しい法人の創設によって事業を再編する点が違いです。
事業の拡大や統合を目指す場合は「吸収分割」、特定事業の独立や特化を目指す場合は「新設分割」が選ばれる傾向にあります。
吸収分割のメリット
次に、吸収分割のメリットについて見てみましょう。紹介するメリットは以下の4つです。
- 移転手続きがシンプル
- 資金がなくても実施できる
- 承継会社でシナジー効果が発揮されやすい
- 労働者の同意なしでの移籍ができる
- 会社を整理できる
移転手続きがシンプル
吸収分割は、手続きが簡易的で、契約関係の移転手続きもシンプルです。事業承継の場合には、取引先との契約や、従業員の引き継ぎなど、複雑な各種許認可の手続きをする必要があるのに比べ、吸収分割では、得るべき許可も少ないので規模の大きい企業にもおすすめの手法です。
資金がなくても実施できる
吸収分割は株式を発行する場合が多いため、多額の資金を用意せずとも、株式があればほしい事業が手に入ります。資産を薄価で継承する適格要件が認められると、消費税も免除され、節約になります。少ない資金でも実行できる手法と言えるでしょう。
承継会社でシナジー効果が発揮されやすい
吸収分割は、承継会社が必要としている事業だけを取り入れられるため、吸収後も、効率よく統合作業を進められるでしょう。両社のメリットが合わさり、発揮されるシナジー効果が現れやすく、早い段階での利益を見込めます。
労働者の同意なしでの移籍ができる
承継会社へ移籍させる労働者に対しては、労働契約承継法の元、手続きを進めます。吸収分割は、包括承継として扱われるため、承継会社に移籍させる労働者に個別に了承を得る必要がありません。そのため、人材の流出も起こりづらいと言えるでしょう。
会社を整理できる
吸収分割を実施することで、複雑化した組織形態を整理することもできます。特に、不採算部門の切り離しや、成長率の低い部門や事業を切り離すことで、必要な事業だけを残して、会社を存続させられるでしょう。
また、組織や株主関係の整理にも効果的です。株主による意見の違いや注力したい事業の違いも、吸収分割で事業をわけることで、株主関係も整理されます。
吸収分割のデメリット
メリットの多い吸収分割ですが、もちろん、デメリットも存在します。デメリットを理解した上で選択するようにしましょう。解説するのは以下の3点です。
- 不要な資産などを引き継ぐリスク
- 株価が変化する恐れがある
- 現場が混乱する恐れがある
不要な資産などを引き継ぐリスク
吸収分割は、包括継承のため、事業承継のように、継承内容が選択できず、不要な資産や簿外債務を引き継いでしまうケースもあります。
株価が変化する恐れがある
株式で対価を支払う吸収分割の場合、新株を発行するため、一株あたりの価格が下がる可能性があります。既存の株主から不満の声が出てしまう場合も多いので注意や配慮が必要です。
現場が混乱する恐れがある
吸収分割において承継会社は、全く別の企業の1つの事業を、丸ごと受け入れることになります。別々の会社がいきなり共存することは難しく、統合直後は、現場が混乱してしまう恐れがあります。業務の効率を下げないためにも、入念な事業計画を立てて統合作業を進めていく必要があります。
吸収分割の流れ
次に、吸収分割が完了するまでの流れを見てみましょう。全てのプロセスを完了させるまでに3ヶ月ほどの時間を要します。
- 吸収分割契約を締結
- 労働契約承継法の各種手続き
- 株主総会と株式買取請求
- 債権者保護手続き
- 会社分割登記
吸収分割契約を締結
分割会社・承継会社トップ同士による会社分割の大筋合意を経て、吸収分割契約書を作成します。その後、取締役会の承認を経て吸収分割契約の基本合意契約を締結します。その際、監督官庁や公正取引委員会への事前確認が必要になります。
労働契約承継法の各種手続き
吸収分割では、労働者に対する個別の承諾は必要ありませんが、不利益が生じないように保護する必要があります。従業員に、会社分割の目的と、承継会社の事業内容を丁寧に説明し、株主総会の前に労働契約承継を協議します。
株主総会と株式買取請求
会社分割の旨を株主に説明し、特別決議で承認を得ます。会社分割に反対する株主からは、保有株式を買い取る段取りをします。その後、吸収分割のために新しく発行した新規株式の上場を申請します。この時点で、公正取引委員会の届け出なども進めます。
債権者保護手続き
債権者に対し、不利益が生じないよう、異議申し立てを受ける旨を個別に通知します。
会社分割登記
会社分割の効力発生日になると、正式に会社分割が成立します。会社分割を登記し、開示事項の準備や、対価のとなる新株の交付を実施します。
吸収分割の手続き・処理方法
次に、吸収分割を進める上の手続きについて説明していきます。
契約の手続き
吸収分割の契約では、上述のとおり、吸収分割契約の基本合意契約を締結します。
契約書に記載すべき主な内容は以下の通りです。
- 吸収分割の効力発生日
- 分割会社、承継会社の商号と所在地
- 対価の内容と支払い時期
- 対価を分割会社の株主に支払う場合は、その詳細
- 分割・承継する事業資産・労働契約・債務・権利義務などの内容目録
吸収分割の契約書締結は、会社法の定められた規定に基づき進めていくため、契約書の内容も会社法に基づき作成します。
法務上の手続き
法務上の手続きで、特に注意すべき点は以下の通りです。
- 株主総会の開催。簡易分割の場合には、条件により株主総会を省略可能
- 財産、許認可、契約に関する手続き
- 吸収分割の登記
法務上の手続きは専門知識を必要としている場合も多いため、司法書士に依頼するのがおすすめです。
会計上の処理
吸収分割の会計処理は、ケースにより、特別なルールが必要な場合があります。
承継会社が分割会社の子会社の場合
承継会社が分割会社の子会社の場合は、帳簿上の資産と負債の差額が子会社である分割会社の株式に変換されます。移転損益は発生しないこととなり、資産や負債は帳簿価格で引き継ぎます。
承継先企業が持分法適用会社となる場合
承継先企業が持分法適用会社となる場合、承継会社が取得した株式は取得となり、資産や負債を時価で引き継ぎます。持分法適用会社は、非連結子会社や関係会社を指し、子会社ほどの支配関係はありませんが、影響を及ぼします。
上記以外の場合
上記の2つに当てはまらない場合には、その他の有価証券の扱いとなり、資産・負債は時価で換算します。その際には、移転損益も生じるので注意が必要です。
税務上の処理
税務上の処理に関しては、法人住民税、事業税、不動産取得税に注意しましょう。承継会社は、事業の吸収後に税負担が増えることとなります。そのため、どの程度増えるのかを把握しておく必要があります。
不動産取得税に関しては、総務省が定める固定資産税評価額が4%と高額であるため、大きな負担となることが考えられます。不動産取得税は対価が承継会社の株式のみである場合や、主要資産および負債が承継会社に移転する場合などに非課税となるため、自社が該当するのか調べることを忘れないようにしましょう。
吸収分割にかかる費用
吸収分割にかかる費用は以下のようなものがあります。
- 登録免許税
- 専門家への報酬
- 官報への掲載費用
上記の費用は合併にかかわる総コストの中で重要な部分を占めているので、計画の段階で正確に見積もる必要があります。
各費用の詳細について、以下で具体的に解説します。
登録免許税
吸収分割にかかる費用の1つ目は、登録免許税です。
登録免許税とは、企業の合併や分割に伴い法的な手続きの一環として発生する税金です。
登録免許税の相場は、取引の種類や規模、対象となる資産の価値によって異なります。
企業の合併や分割の際には、新たに設立される企業の資本金の額に基づいて登録免許税が計算されることが一般的です。
登録免許税を支払うことで、企業の合併や分割が正式に認められ、法的な効力を持つようになります。
合併や分割を正当かつ効果的に完了させるためには、登録免許の手続きや支払いを適切に行うことが不可欠です。
専門家への報酬
吸収分割にかかる費用の2つ目は、専門家への報酬です。
吸収分割を行う際に、法律や財務、税務などの分野での専門家の助言とサポートが必要となります。
専門家への報酬は、合併・分割プロセスの複雑性や専門家の専門性に応じて異なります。
大規模な合併・分割では数百万から数千万円の報酬で、小規模な取引では低い報酬になることが多いです。
専門家にサポートしてもらうことは、合併・分割においてさまざまなリスクを軽減し、合法性と効率性を確保するための鍵となります。
吸収分割において適切な専門家への投資は、長期的に見て企業にとって有益なものとなるでしょう。
官報への掲載費
吸収分割にかかる費用の2つ目は、官報への掲載費です。
吸収分割を官報へ掲載する理由は、合併や分割に関する情報を公式に公開し、関係者や公衆に対して透明性を確保するためです。
また、官報に情報が掲載されると、公的な記録として認められて合法性も確保されます。
官報への掲載は法的義務を果たし、吸収分割プロセスの正当性を社会に対して証明することになります。
掲載費用は一般的に高額ではないものの、合併・分割プロセスにおける重要な手続きの一部として必要な経費です。
吸収分割の正しい知識を知ろう
今回の記事では、吸収分割について意味やメリット、完了までの流れを解説しました。吸収分割は少ない資金でも実施できて、処理も簡易的なため、事業承継よりも実行しやすい組織再編と言えるでしょう。
法務上や税金の手続きなど、複雑な部分もありますが、十分に視野に入れるべき手法です。
M&AアドバイザリーとしてM&Aに関連する一連のアドバイスと契約成立までの取りまとめ役を担っている「株式会社パラダイムシフト」は、2011年の設立以来豊富な知識や経験のもとIT領域に力を入れ、経営に関するサポートやアドバイスを実施しています。
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