買収した会社を合併しようと計画する際、気になる大きな問題の一つに税務処理があります。可能な限り節税したいところ。そこで肝となるのが今回のテーマ「適格合併」です。
合併の際、一定の要件を満たすことで「適格合併」とみなされ、税務で有利になります。被合併法人に繰越欠損金がある場合、合併後もその繰越欠損金を引き継ぐことができるからです。
しかし、適格合併であっても繰越欠損金を引き継げないケースがあります。
今回は適格合併とみなされる最低条件の3つのケースと7つの要件、その中で繰越欠損金を引き継ぐことができるパターンを紹介します。
目次
- 1 適格合併とは
- 2 適格合併か否の判断材料となる7つの要件
- 3 金銭不交付要件
- 4 完全支配関係(支配関係)の継続要件
- 5 従業者引継要件
- 6 事業継続要件
- 7 事業関連性要件
- 8 (選択要件)事業規模要件または経営参画要件
- 9 株式継続保有要件
- 10 適格合併となるパターンと要件
- 11 パターンA:完全支配関係がある場合(持株100%)
- 12 パターンB:支配関係がある場合(持株50%超)
- 13 パターンC:共同事業を行うための合併
- 14 繰越欠損金を全額引き継ぎ可能なケース
- 15 5年超の支配関係がある
- 16 みなし共同事業要件を満たせる
- 17 時価純資産超過額が繰越欠損金額以上である
- 18 非適格合併にもメリットはある
- 19 適格合併の繰越欠損金の処理で過去に問題となった事件例
- 20 ヤフー・IDCF事件:2016年2月29日判決/敗訴
- 21 TPR事件:2019年6月27日判決/敗訴
- 22 IBM事件:2016年2月18日判決/勝訴
- 23 まとめ:適格合併と非適格合併の違いを知って選択する
適格合併とは
合併には「適格合併」と「非適格合併」があり、適格合併は簿価(=帳簿価額)で引き継ぎ、合併時に法人税が課されないという税務上のメリットがあります。
さらに適格合併の場合、一定の要件を満たすことで被合併法人の繰越欠損金を引き継ぐことができます。
一方、非適格合併は簿価ではなく時価評価によって合併会社に引き継がれます。この時に、含み損益は課税されます。繰越欠損金は消滅し、引き継ぎはできません。
では「適格合併」と「非適格合併」をどうのような基準でわけるのでしょうか。
簡潔に言うならば「一方的な買収による合併ではないかどうか」の判断になります。その判断基準として、合併する2社間が以下3つのケースいずれか、且つそれぞれ一定の要件を満たさなければなりません。
- 持株100%の完全支配関係がある合併
- 持株50%超の支配関係がある合併
- 共同事業を行うための合併
満たすべき一定の要件については、次項で解説します。
適格合併か否の判断材料となる7つの要件
適格合併には、前述した3つのケース「完全支配関係がある合併」「支配関係がある合併」「共同事業のための合併」に応じて、以下の要件のいくつかを満たさなければなりません。
まずは7つの要件それぞれについて説明します。
金銭不交付要件
合併の対価として、被合併会社の株主に対し、合併会社の株式(または完全親法人株式)以外の資産が交付されないことを指します。(法人税法 第2条 十二の八)
ただし以下の金銭等交付の場合は例外となり、適格要件には抵触しません。
- 剰余金の配当等として交付される金銭。
- 合併に反対した株主等が合併法人へ買取請求した際の、買取代金。
- 合併の直前に合併法人が被合併法人の発行済株式等の総数の3分の2以上を有する場合における、少数株主に交付する金銭等。
- 端株(1株未満)の支払い
完全支配関係(支配関係)の継続要件
合併前にあった完全支配関係が、合併後も継続して完全支配関係の見込みがあること。
従業者引継要件
合併直前の従業者(他社や下請け先への派遣なども含む)のうち、おおむね80%以上が合併後の法人の業務に深く関わる見込みがあること。
事業継続要件
合併直前の主要となる事業が、合併後の法人においても引き続き行われる見込みがあること。
事業関連性要件
合併直前の被合併法人と合併法人の事業が、相互に関連する事業であること。
(選択要件)事業規模要件または経営参画要件
事業規模要件…合併法人と被合併法人の、売上高・従業者数・資本金などのいずれか一つの差が、おおむね5倍を超えないこと。
経営参画要件…合併前の被合併法人の特定役員のうち1名以上と、合併法人の特定役員のうち1名以上が、それぞれ合併法人の特定役員となる見込みがあること。
※特定役員=経営に関わる人物を指します。社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役、常務取締役またはこれらに準ずる者など。
株式継続保有要件
被合併法人の株式のうち、支配株主に交付される株式の全てが支配株主により継続的に保有されることが見込まれること。
※支配株主がいない場合は不要。
適格合併となるパターンと要件
適格合併となるには、以下3つのパターンに応じてそれぞれの要件を満たす必要があります(法人税法第2条第12号の8・法人税法施行令第4条の3)。
パターンA:完全支配関係がある場合(持株100%)
「金銭不交付要件」と「完全支配関係(支配関係)の継続要件」を満たすことで適格合併とみなされます。
パターンB:支配関係がある場合(持株50%超)
「金銭不交付要件」と「完全支配関係(支配関係)の継続要件」の他に、「従業者引継要件」と「事業継続要件」を満たす必要があります。
パターンC:共同事業を行うための合併
満たす要件が最も多いのが共同事業の場合です。2社間に支配関係がなくても適格合併とみなされます。
パターンA、Bの要件に加え「事業規模要件または経営参画要件」と「株式継続保持要件」の計6つの要件を満たす必要があります。
繰越欠損金を全額引き継ぎ可能なケース
繰越欠損金における「引き継ぎ制限」について、パターンCの共同事業を行うための合併については、繰越欠損金の全額を引き継ぐことができます。
パターンA「完全支配関係がある場合」とパターンB「支配関係がある場合」はどちらもフローは同じで、
5年超の支配関係があるか否か
↓
ない場合、みなし共同事業要件を満たせるか否か
↓
満たせない場合、時価純資産超過額が繰越欠損金額以上であるか
それでも要件をクリアできない場合は『引き継ぎ制限』が適用され、繰越欠損金は一部引き継ぎが可能という条件付きになります。
5年超の支配関係がある
5年を超えた支配関係があれば、繰越欠損金の全額を引き継ぎ可能です。合併法人の合併事業年度開始日が起算となります。
みなし共同事業要件を満たせる
5年を超えた支配関係がない場合は、みなし共同事業要件を満たすことで、繰越欠損金の全額を引き継ぐことが可能です。
- 事業関連性要件
- 事業規模要件
- 被合併事業の規模継続要件
- 合併事業の規模継続要件
- 経営参画要件
上記1〜4を満たす又は、1と5を満たすことを「みなし共同事業要件」と言います。
被合併事業の規模継続要件は、以下の2点を満たすこと。
- 合併側からの支配関係が発生した時点から合併直前まで、合併される側の事業が継続して行われていること。
- 支配関係が発生した時点と適格合併直前の事業規模の割合がおおむね2倍を超えないこと。
合併事業の規模継続要件は上記の逆です。
時価純資産超過額が繰越欠損金額以上である
5年を超えた支配関係がなく、みなし共同事業要件も満たせない場合は「時価純資産超過額が繰越欠損金額以上」であれば、繰越欠損金の全額を引き継ぎ可能です。
時価純資産超過額は法人の資産と負債の差で出る含み益のことを指します。
上記いずれにも当てはまらない場合は、繰越欠損金の引き継ぎは制限されます。
非適格合併にもメリットはある
非適格合併は繰越欠損金を引き継ぎできません。それに対し、適格合併の場合は繰越欠損金を引き継ぎ可能なケースがあります。
欠損金を引き継げるなら適格合併のほうが断然良いと思われるかもしれませんが、実は非適格合併にもメリットはあります。
例えば、『被合併法人に含み損はあるが、合併前の事業年度で利益が出そうなケース』は非適格合併なら、含み損と営業利益を相殺することができます。
また、非適格合併の場合は、合併会社の繰越欠損金の利用制限を受けず、自由に使うことができます。
その他、合併する会社の状況によって、非適格合併のほうがメリットがある場合も考えられますので、顧問の税理士に相談すると良いでしょう。
適格合併の繰越欠損金の処理で過去に問題となった事件例
これから合併による組織再編成を考えているのであれば、過去に不当性要件で追徴課税となった事件を知っておく必要もあるでしょう。特にヤフー事件については、本事件の判決をきっかけに、それ以降の適格合併への判断の仕方が変わったと言っても過言ではありません。
ヤフー・IDCF事件:2016年2月29日判決/敗訴
ヤフー事件は、ソフトバンクの子会社「IDCS」の吸収合併において不当な租税回避行為であると指摘された事件。この事件の背景は複雑で、ヤフーとIDSCの2社間における問題だけではありませんでした。
IDCSはヤフーに吸収合併される直前に、「IDCF」という新法人を設立し、営業部門を分割していたのです。そうすることで、ヤフーがIDSCを吸収合併した際に、繰越欠損金の引継ぎができると考えたからです。
これにより、IDCS社から引き継いだ繰越損益金は約540億円にものぼり、合併法人のヤフーの利益と相殺、法人税の負担を大幅に軽減させました。(2009年2月)
しかし、国税当局がこれに対し「租税回避行為である」と訴え争った結果、2016年に最高裁よりヤフーからの上告を棄却。敗訴となり約180億円の追徴課税が言い渡される結果となりました。
本事件の判決のポイントは『直前の人事やIDCSの分割があまりにも不自然で、租税回避目的だった』というところです。適格合併や繰越し損益金の要件は満たしていたものの、税制の乱用とみなされたことで追徴課税となりました。
TPR事件:2019年6月27日判決/敗訴
自動車の部品や二輪車のアルミホイールなどを製造するTPR株式会社(本社:岡山県)が、完全子会社の『テーピアルテック』を2010年3月に吸収合併した際、不当に損金を引き継いだと指摘された事件。
簡単に言うとヤフーと同様、法人税法132条の2『組織再編成に係る行為又は計算の否認』にある”法人税の負担を不当に減少させる結果”があったかどうかについて争われました。
結果、TPRは租税回避を行ったとし敗訴。申告漏れとして約5億円の追徴課税を言い渡されました。
IBM事件:2016年2月18日判決/勝訴
ヤフー事件やTPR事件のように敗訴したケースばかりではなく、勝訴した事例もあります。IBMは、法人税法132条の『同族会社等の行為又は計算の否認』の是非について争い、2016年2月18日に国側に対し勝訴しています。
ヤフー、IBMどちらも『租税回避』で争った事件ですが、IBMが勝訴した11日後にヤフーは敗訴という、2社の明暗を分けた事例となりました。
まとめ:適格合併と非適格合併の違いを知って選択する
適格合併だからといって、必ず繰越欠損金を引き継げるわけではありません。また、租税回避行為を防ぐために、条件によっては欠損金の使用制限がかかってきます。
法人の合併目的や状況によっては、非適格合併を選択するほうが有利な場合もあります。税務処理の方法が全く異なりますので、専任の税理士や会計士に相談してください。
また、合併から数年経ってから「租税回避目的」と国税から指摘された事例もあります。できるだけ節税をしたいという気持ちから、不当な租税回避行為とされないよう、より知識を深める必要があるでしょう。