会社は、現在発生している債務のほかに将来発生する可能性のある債務として偶発債務を抱えていることがあります。
偶発債務を抱えていること自体は珍しいことではありませんが、M&Aではしばしば問題になることがあります。
この記事では、偶発債務の具体例やその処理方法、M&Aにおける取扱いについて解説します。
目次
偶発債務とは?
偶発債務とは、現時点で現実には債務として確定していないものの、過去の取引や一定の事由を条件として、将来的に債務として確定するおそれのある潜在的な債務を指します。
潜在的なリスクですので、いつ発生してもいいように適切なリスク管理が必要になります。
現時点では、正確な負債額が確定していないので、貸借対照表には内容と金額を注記で記載します。
注記に記載することで、株主等の利害関係者に情報提供をすることになります。
なお、偶発債務のうち、特に将来のある時点で発生し、確定する可能性の高く、金額を合理的に推定することのできる債務については、引当金を計上し、確定時点で負債に計上するという会計上の処理を行います。
簿外債務との違い
名称が似ていることから、偶発債務と簿外債務はよく混同されます。
簿外債務とは、文字通り、会計帳簿外の債務を指します。
会計帳簿外というと、粉飾決算のように聞こえるかもしれませんが、正確には会計帳簿に記載する必要がない為、貸借対照表に表れない債務です。
したがって言葉の範囲としては、「簿外債務の一部が偶発債務である」というのが正しいでしょう。
簿外債務の代表的な債務としては以下が挙げられます。
- 退職給付引当金
- 賞与引当金
- 貸倒引当金
- 役員退職慰労引当金
- 債務保証損失引当金
- 製品保証引当金
- リース債務
引当金との違い
引当金も偶発債務と混同されやすいです。
引当金とは、会計において将来発生するであろう特定の損失に備えるために、事前に当期の費用として準備しておく見積金額を指します。
偶発債務 | 引当金 | |
発生する可能性 | おそれがある | 高い |
金額の見通し | 不可 | 可 |
日本税理士会連合会が公表している「中小企業の会計に関する指針」によれば、会計制度では、以下の4要件を満たすものについて引当金としています。
- 将来の特定の費用又は損失であること
- 発生が当期以前の事象に起因していること
- 発生の可能性が高いこと
- 金額を合理的に見積ることができること
上記要件によれば、偶発債務と引当金の違いは③と④の要件を満たすかどうかです。
偶発債務は③と④の要件に該当しませんが、満たすようになった段階で引当金として貸借対照表に計上されます。
偶発債務の具体例
ここまで解説したように、偶発債務とは現時点で債務として未確定であるものの将来発生するおそれのある債務です。
しかしこれだけでは、具体的にどのような債務が偶発債務に該当するのか分からない人も多いでしょう。
ここからは偶発債務として代表的な債務を列挙し、解説したいと思います。
債務保証
国税庁は「債務の保証の意義」において、債務保証を以下のように定義しています。
債務の保証とは、主たる債務者が債務を履行しない場合に、債務者以外の者(保証人)が債権者に対して債務を保証することをいいます
簡単に言えば、保証人になることです。
これを企業の会計に置き換えて考えてみると、法人もしくは個人の借入や財やサービスの購入の際に会社として保証人になります。
この場合、債務者が財政状況の悪化などによって返済や支払いの義務を果たせない時には、保証人である会社が代位弁済することになります。
債務保証を引き受けている会社はこのようなリスクを抱えているため、債務保証は偶発債務であると言えます。
訴訟による損害賠償債務
社員による訴訟や顧客のクレーム、競合他社や取引先による著作権侵害の訴えや債権回収など、会社は常に訴訟のリスクに晒されています。
このように会社が訴訟を受けて、被告となった場合には、請求されている損害賠償債務が偶発債務となります。
訴訟に敗訴した場合には、原告の損害賠償請求が認められて、賠償責任を負うことになるからです。
会社が訴訟を受けた時点では、訴訟の結果は不明であり、判決によって命令される債務の金額も不確定ですので、偶発債務となります。その後、敗訴となり、損害賠償債務が確定した段階で、損失として計上されることになります。
未払い賃金
近年では、未払い賃金が原因で労働基準関係法違反の疑いで送検される大手企業のニュースが目立つようになりました。
この未払い賃金も偶発債務の一つですが、中小企業では恒常的に発生しているとも言われています。
未払い賃金は以下のような場合に発生します。
- 社員の残業を把握していない為、残業代を支払っていない
- 打刻した労働時間と実際の労働時間に差異がある
- 有給休暇を取得した分の給与を支払っていない
これらの未払い賃金は、会社として存在や正確な金額を把握することが難しいため、社員から指摘されたり、労働基準監督署から指摘を受けて初めて会社として気がつくケースがあります。
未払い賃金が存在することが確定した時点で賃金支払い義務が発生し、会社の損失として計上されます。
デリバティブ取引
デリバティブは株式や債券、金利、外国為替などの原資産から派生した金融商品であり、主に金融機関が企業向けに販売しています。
デリバティブ取引で偶発債務が発生する例として為替予約があります。
為替予約とは、為替変動リスクを避けることを目的として、将来のある時点で外国通貨を購入・売却する権利を現時点で契約する取引です。
海外に子会社があったり、海外企業と取引を行っている企業であれば、中小企業でも利用している金融商品です。
為替予約を利用している場合には、固定した為替相場と実際のレートに差異があるため、損失が発生することがあります。
その場合には、時価評価を行い、損失を計上しますが、計上していないと偶発債務となります。
割引手形・裏書手形
割引手形とは、取引先から受け取った約束手形を支配期日前に銀行で現金化することです。
裏書手形とは、取引先から受け取った約束手形を第三者に譲渡することで現金化することです。
これらの手形は既に現金化しているので、直接的な貸倒のリスクはありません。
しかし、手形を渡した時点で、手形を渡した側にも一定の責任が発生します。
その責任とは、手形の支払人が何らかの理由によって債務不履行に陥った場合に手形の金額を支払う義務です。
したがって、割引手形や裏書手形についても、将来発生する恐れのある偶発債務であるとみることができます。
実際に不渡りとなった場合には、不渡手形勘定に計上する作業が必要になります。
偶発債務の注記の記載例
偶発債務は貸借対照表に計上されないので、潜在的な債務として注記に記載して、利害関係者に伝達しないといけません。
偶発債務を注記に記載する具体例について、代表的な偶発債務である保証債務と訴訟を例にして、解説します。
保証債務
保証債務の注記への記載例については、上場会社の有価証券報告書を見ると参考にできます。
ここでは、実際の事例を参考にして、記載方法をご紹介します。
記載例①
子会社●●社は以下の会社と定期建物賃貸借契約を締結しております。
当該契約で発生する支払賃料等一切の債務について、連帯保証を行っています。
××会社(賃料支払等債務) 月額賃料15,551千円
記載例②
当社は、従業員等の金融機関等からの借入債務に対し、保証を行っております。
従業員 8,842百万円
その他 972百万円
計9,814百万円
訴訟
訴訟の注記への記載例についても、上場会社の有価証券報告書の記載例を参考にして、記載方法をご紹介します。
なお、訴訟を注記へ記載する場合には訴訟内容などを記載するため長文になりますので、一部を抜粋してご紹介します。
記載例
当社は2012年に独占禁止法違反の疑いで公正取引委員会の立入検査を受けました。
この件に関しまして、2013年3月14日に公正取引委員会より7,987百万円の課徴金納付命令を受けましたが、当社は審判手続開始請求を行い、審判は2021年9月30日現在継続中です。
課徴金:7,987百万円及び遅延損害金
当社は、独占禁止法に違反する事実は一切無いものと確信しており、その見解の正当性を主張していく方針です。
しかし、審判の結果出される審決が当社にとり好ましくないものとなれば、その年度の経営成績及びキャッシュフローに重要な影響を及ぼすことが考えられます。現時点では、かかる結果が生じる可能性を推測することは出来ません。
M&Aにおける偶発債務の取扱い
偶発債務の存在が問題になるのは、M&Aについて交渉する時です。
買収価格を算定する時には、譲渡企業の株主資本(総資産-負債)などを基に計算しますが、偶発債務は貸借対照表に負債として、計上されていません。
本来であれば、偶発債務の分だけ株主資本が圧縮され、買収価格が低くなるはずです。
しかし、貸借対照表だけを見ていて、偶発債務の存在に気付かないと、実際の買収価格よりも高い価額が算出されることになります。
デュー・デリジェンスの重要性
M&Aの最終合意前に偶発債務の存在を見つけるために重要になるのがデュー・デリジェンスです。
デュー・デリジェンスとは、弁護士などの専門家に依頼して、譲渡対象企業について、経営状況や財務状況を事前調査する作業です。
財務や法務、労務、税務などあらゆる事項が対象となり、法令違反の有無や訴訟の有無等について徹底的に調査します。
デュー・デリジェンスでは、貸借対照表に計上されていない負債、例えば偶発債務の存在についても取締役会の議事録や関係者への質問、経営資料の閲覧などを通じて、調査します。
最終合意前の最後の仕上げという意味もありますので、徹底したデュー・デリジェンスを通じて、偶発債務などの買収リスクを把握しましょう。
デュー・デリジェンス実施時のポイント
偶発債務の存在を発見するためのデュー・デリジェンス実施時のポイントについて解説します。
デュー・デリジェンス自体はコンサルティング会社や弁護士などに依頼することになりますが、依頼側としてもポイントは押さえておきたいものです。
主なポイントは以下のとおりです。
- 関係者へのヒアリング
- 役員会議や取締役会議の議事録閲覧
- 債権者・債務者の確定
流れとしては、役員会議や取締役会議などの重要な会議の議事録を閲覧した上で、経営者や財務部、法務部などの関係部局にヒアリングします。
これらの作業によって、偶発債務が判明したら、債務の債権者及び債務者(自社含む)を確定させます。
特に債務者にはのちに求償権を行使することができますので、偶発債務と債務者の監視を行います。
デュー・デリジェンスの段階で偶発債務を発見しよう
この記事では、偶発債務が発生する要因や会計上の処理方法について解説しました。
大企業・中小企業問わず、偶発債務の存在自体は珍しくありません。
しかし、有価証券報告書の公開義務のない非上場企業では、偶発債務の存在が第三者からわからないことがほとんどです。
そして、隠れた偶発債務の存在はM&Aの交渉時に問題となります。
偶発債務の存在を明らかにするデュー・デリジェンスは非常に重要です。
デュー・デリジェンスの段階で、偶発債務をしっかり把握しましょう。
M&A時の偶発債務については、ぜひ、弊社株式会社パラダイムシフトに相談してみてください。
IT領域のM&A仲介に定評がありますので、M&A取引で問題となる偶発債務についても知見を持っております。