M&A

AppSheetを買収したグーグルの「ノーコードへの本気度」を解説します

グーグルは2020年1月15日に、ノーコードによるアプリ開発を手掛けるアメリカの「AppSheet」社を買収したと発表しました(*1)。 コードとは、コンピュータに作業をさせる命令やデータのことで、コーディングとはプログラムを書くことです。つまり「ノーコード」とは、プログラムを書かずにアプリを開発できる技術のことです。

グーグルがAppSheetのようなスタートアップ(新興企業)を買収することは珍しいことではありません。「よくあること」なので、例えば日本経済新聞は2020年2月現在、このことを報じていません。 しかしIT業界の一部では、注目のニュースとして扱われています。それは、AppSheetがノーコードのリーディングカンパニー(主導的地位にある企業)だからです。 グーグルはすでに、ノーコードのサービスを展開していました。自社のノーコードを捨てて、ノーコード企業を買ったのです。今回の買収から、グーグルのノーコード技術にかける並々ならぬ意気込みが伝わってきます。

*1:Google acquires AppSheet to help businesses create and extend applications—without coding(グーグル) https://cloud.google.com/blog/topics/inside-google-cloud/helping-businesses-create-and-extend-applications-without-coding

そもそもAppSheet社とは

アメリカ・ワシントン州シアトルに本社を置くAppSheet社は、コードを使わずアプリを開発する技術を有する企業です。同社の創業者でCEOは、元コーネル大学教授で、マイクロソフトでSQLサーバーのエンジニアを務めていた、Praveen Seshadri氏です(*2)。 AppSheet社の技術は折り紙つきで、例えばトヨタは、北米工場の組み立てラインの情報を集めるアプリを開発するとき、AppSheet社に協力をあおぎました(*3)。

AppSheet社はスタートアップながらこうした実績があるので、グーグルが食指を動かしても不思議ではありません。買収額は公表していません。

*2:Praveen Seshadri(Linkedin)
https://www.linkedin.com/in/praveenseshadri

*3:Toyota Goes Leaner with Mobile Apps(AppSheet社)
https://solutions.appsheet.com/appsheet-case-study-toyota

グーグルは自社のノーコードを捨てた

グーグルは2018年に、「App Maker」という名称のノーコードサービスの提供を開始していました。 しかしグーグルは、それから2年足らずの2020年1月27日に、つまりAppSheet社買収発表の12日後に、「App Makerのサービスを、2021年1月19日で終了する」とアナウンスしました。 グーグルはApp Makerを終わらせる理由を「利用者が少ないから」としています(*4)。

今のグーグルにとって、ノーコードの技術を獲得することと、ノーコードサービスを提供することは重要課題のようです。 利用者が少ないのに、ノーコードをあきらめないことからも、グーグルの本気度がわかります。 また、大企業が既存事業を強化するためにM&Aを使うことは珍しくありませんが、グーグルは自社ブランドのApp Makerを廃止して、AppSheet社を受け入れています。 AppSheet社は2020年2月現在、まだ自社名を掲げていますし、CEOも創業者のPraveen Seshadri氏のままです。 世界のIT業界の4強の一角をなすグーグルが、プライドを捨てて「実」を取っているように映ります。 グーグルがそこまでする理由は何なのでしょうか。

*4:Google App Maker will be shut down on January 19, 2021(グーグル) https://gsuiteupdates.googleblog.com/2020/01/app-maker-update.html

グーグルの狙いと目的は

グーグルが、はるかに格下であるAppSheet社の「顔を立てて」までノーコードの技術を手に入れようとした狙いは、買収を公表した声明文(*1)に書かれてあります。

「アプリ屋」にとって不可欠の技術

グーグルはその声明文で、ノーコード技術について次のように評価しています。

  • さまざまな業界のさまざまな企業がノーコード技術を求めている
  • 競争が厳しいビジネス環境下では、アプリ開発の期間短縮が求められ、それには自動化は不可避
  • ノーコード技術を使えば、アプリ開発を自動化でき、開発期間を短縮できる
  • プロのコーディングスキルがなくても、アプリを簡単につくれるようになる

グーグルは事業のひとつとして、自社のアプリを提供しながら、他社のアプリ開発を助けています。グーグルは、アプリ開発企業であり、アプリ開発支援企業でもある「アプリ屋」です。 そのため、アプリを簡単に量産できるノーコードは「喉から手が出るほど欲しい」技術となります。

全業界を牛耳ることができる?

グーグルのノーコードへのこだわりは、アプリへのこだわりと同義です。なぜ検索大手のグーグルが、アプリ屋であることを重視しているのでしょうか。 グーグルはその疑問に、次のように答えています。

「AppSheet社の技術とグーグルクラウドを組み合わせると、金融、製造、小売、ヘルスケア、通信、メディア、エンターテイメントなどの業界のデジタルフォーメーションに寄与できる」

どの業界でも、ITやAIによって人々の生活を劇的に変えるデジタルフォーメーションを実現できた企業が生き残ると考えられています。 例えば三菱UFJフィナンシャル・グループは、中期経営計画(2018~2020年度)のなかで、デジタルフォーメーションを推進するデジタライゼーションを「構造改革の柱」としています(*5、6)。 三菱UFJフィナンシャル・グループは、デジタルフォーメーションを強力に進める理由について「将来性が高く、基幹ビジネスになる可能性が高く、収益力の強化が期待できるから」としています。

グーグルは、金融、製造、小売、ヘルスケア、通信、メディア、エンターテイメントなどの業界でデジタルフォーメーションが起きると考え、そして、デジタルフォーメーションに成功した企業がその業界をリードすると考え、それでデジタルフォーメーション投資の一環として、AppSheet社を買収したわけです。

さまざまな業種でインターネット化が進んだことで、さまざまな企業がインターネット企業を頼りにしたように、デジタルフォーメーション化した世界では、デジタルフォーメーション支援企業が頼りにされるでしょう。

それぞれの業界でデジタルフォーメーションが浸透するにはまだ時間がかかりますが、短期間でAppSheet社の買収効果が現れる領域もあります。 多くのビジネスパーソンや消費者がすでに、グーグルのスプレッドシートやグーグルマップ、グーグルアナリティクス、スマホのアンドロイドを使っていると思いますが、これらのグーグルの現行のサービスも、今回の買収で進化します。 これらのサービスはすぐに体験できるため、どのような進化になるのか楽しみです。

*5:デジタルストラテジー(三菱UFJフィナンシャル・グループ) https://www.mufg.jp/dam/ir/presentation/2018/pdf/slides190219_ja.pdf

*6:中期経営計画(2018年度~2020年度)11の構造改革の柱(三菱UFJフィナンシャル・グループ) https://www.mufg.jp/profile/strategy/index.html

AppSheet社は「変わらない」と主張

グーグル側の買収メリットは、かなり大きいことがわかりました。 では、AppSheet社側の、買収されるメリットは何なのでしょうか。つまり、AppSheet社が、グーグル傘下に入るメリットはなんなのでしょうか。

AppSheet社のCEO 、Seshadri氏は2020年1月14日、自身のブログで、自社の顧客に向けて「グーグルに買収されることは、自社の成長にとって正しいステップである」と断言しています(*7)。 さらに、買収されたあとも、これまでとおり既存の顧客にノーコードサービスを提供し、新規顧客の獲得も目指す、と宣言しています。

AppSheet社の既存顧客のなかには、グーグルのライバル企業のサービスを利用している会社も含まれています。例えば、グーグルはクラウドサービスを提供していますが、アマゾンやマイクロソフトも大々的にクラウド事業を展開しています。 Seshadri ・CEOは、既存顧客がグーグル以外のクラウドを使っていてもそのまま、つまり、グーグルのクラウドに切り替えなくても、従来と同じサービスを提供すると述べています。 具体的に「Office 365、Salesforce、Box、Dropbox、および他のクラウド」とクラウドサービス名を挙げ、これらを使っている企業のサポートを継続していくと約束しています。

さらに驚くべき内容は、AppSheet社が、iOSでのアプリ開発サポートも継続することです。 「アプリといえばスマホ」というイメージを持っている人は多いでしょう。そして、スマホが今後もモバイルサービスの最重要機器であり続けることは間違いありません。 スマホのOSは、グーグルのアンドロイドとアップルのiOSが2強になっています。つまりグーグルとしてはAppSheet社に、アンドロイドでのアプリ開発支援に専念してもらいたいはずです。しかしAppSheet社は、グーグルに買収されたあとも、iOSでアプリ開発をする顧客も、引き続きサポートすると約束しています。

Seshadri ・CEOは、グーグルに買収されても「何も変わらない」と、自分の顧客にアピールしています。しかしそのアピールは、グーグルの許可なしに行えるはずがありません。 グーグルは、AppSheet社に、他社のクラウドやスマホOSを使っている企業のサポートを許しています(*1)。 なぜグーグルは、これほど寛容なのでしょうか。

*7:AppSheet Acquired by Google Cloud(Praveen Seshadri) https://blog.appsheet.com/appsheet-acquired-by-google-cloud

両社のミッションが一致した?

大企業によるスタートアップ企業の買収では、「飲み込む」ことや「支配」することが少なくありません。もしくは、買収する企業のコア事業とそれに関わるエンジニアを獲得する目的にM&Aすることもあります。

世界的な企業であるグーグルが、スタートアップにすぎないAppSheet社を買収しながら、支配しようとしないのはなぜでしょうか。なぜグーグルは、AppSheet社に寛容なのでしょうか。 それは、グーグルとAppSheet社のミッション(使命)が一致したからです。

AppSheet社のSeshadri ・CEOは、コードを書かずにアプリを開発することで、技術の民主化を成し遂げることが、自分のミッションであると述べています(*7)。 コーディングは、プログラミングの訓練を積んだプロフェッショナルしか、実行できません。そのため、現在のほとんどのアプリは、訓練を積んだプロフェッショナルしか開発できません。これでは、アプリの進化や量産化のスピードは速まりません。 コーディングを不要にするノーコードが一般化すれば、アプリを必要とする人は、訓練を積んだプロフェッショナルに依拠することなく、アプリを手に入れることができます。まさに民主化です。

Seshadri ・CEOは、アプリ開発を民主化する自分の考えと、グーグルのクラウド戦略は調和しているとコメントしています。 グーグルは過去20年に、驚くべき革新的なテクノロジーを開発し、世の中に提供してきました。その影響力は、金融、サービス、小売、メディア、エンターテイメントなどの各業界に及んでいます。 AppSheet社がグーグルと組めば、ノーコード技術は、あっという間に金融、サービス、小売、メディア、エンターテイメントなどの各業界に拡散するだろう、というのが、Seshadri ・CEOの見立てです。 この大きな「野望」は、グーグルも共有しています。 そうであれば、グーグルがAppSheet社に寛容になることは「当然のこと」と考えることができます。

まとめ~グーグルは太陽政策が得意

グーグルのAppSheet社買収は、「北風と太陽」でいえば、完全に太陽政策です。社名もCEOも変えず、既存事業の継続を認め、さらに、既存事業での新規顧客の獲得も許しています。 AppSheet社側からこの買収を見ると、AppSheet社の株主が多額のお金を得た以外は、何も変わりません。 グーグルはこれまでも、同じような太陽政策を取っています。最も有名なのはユーチューブでしょう。グーグルは2006年にユーチューブを買収したあとも、企業としてのユーチューブも、そこで働く人たちも存続させました。ユーチューブの「繁栄」ぶりはご存知のとおりです。 太陽政策的M&Aこそ、IT業界のプラットフォーマーであり続けるコツなのかもしれません。

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