Googleは2020年1月15日に、ノーコードによるアプリ開発を手掛けるアメリカの「AppSheet社」を買収したと発表しました(*1)。
GoogleがAppSheetのようなスタートアップ(新興企業)を買収することは珍しいことではなく、大きく取り上げられることはありませんでした。しかし、IT業界の一部では、注目のニュースとして扱われました。それは、AppSheetがノーコードのリーディングカンパニー(主導的地位にある企業)であるためです。
今回の記事では、GoogleのAppSheet買収の背景について詳しく解説します。
*1:Google acquires AppSheet to help businesses create and extend applications—without coding(Google)
https://cloud.google.com/blog/topics/inside-google-cloud/helping-businesses-create-and-extend-applications-without-coding
目次
そもそもAppSheet社とは
アメリカ・ワシントン州シアトルに本社を置くAppSheet社は、ノーコードによるアプリ開発技術を持つ企業です。創業者は、元コーネル大学教授で、マイクロソフトでSQLサーバーのエンジニアを務めていた、Praveen Seshadri氏です(*2)。
コードとは、コンピュータに作業をさせる命令やデータのことで、コーディングとはプログラムを書くことです。つまり「ノーコード」とは、プログラムを書かずにアプリを開発する技術のことを指します。
AppSheet社はスタートアップながら、技術力の高さに定評がありました。自動車業界を代表するトヨタの北米工場の組み立てラインの情報を集めるアプリ開発にも携わっています(*3)。
*2:Praveen Seshadri(Linkedin)
https://www.linkedin.com/in/praveenseshadri
*3:Toyota Goes Leaner with Mobile Apps(AppSheet社)
https://solutions.appsheet.com/appsheet-case-study-toyota
Googleは自社のノーコードを捨てた
Googleは2018年に、App Makerという名称のノーコードサービスの提供を開始していました。しかし、それから2年後の2020年1月27日、AppSheet社買収発表の12日後にサービスを終了するとアナウンスしました。その理由は「利用者が少ないから」としています(*4)。
大企業が既存事業を強化するためにM&Aを使うことは珍しくありません。しかし、Googleは自社サービスを廃止して、AppSheet社を受け入れているのです。
利用者が少ないのに、ノーコードをあきらめないことからも、Googleの本気度が分かります。Googleにとって、ノーコード技術とサービスを提供は重要な課題なのです。
世界有数のIT企業であるGoogleが、プライドを捨てて「実」を取っているように映ります。
Googleがそこまでする理由は何なのでしょうか?
*4:Google App Maker will be shut down on January 19, 2021(Google)
https://gsuiteupdates.googleblog.com/2020/01/app-maker-update.html
Googleの狙いと目的は
Googleが、AppSheet社の顔を立てて、ノーコードの技術を手に入れようとした狙いは、買収を公表した声明文(*1)に書かれてあります。
「アプリ屋」にとって不可欠の技術
Googleはその声明文で、ノーコード技術について次のように評価しています。
– さまざまな業界のさまざまな企業がノーコード技術を求めている
– 競争が厳しいビジネス環境下では、アプリ開発の時間短縮が求められ、これの自動化は不可避
– ノーコード技術を使えば、アプリ開発を自動化でき、開発期間を短縮できる
– プロのコーディングスキルがなくても、アプリを簡単につくれるようになる
Googleは事業のひとつとして、自社のアプリを提供しながら、他社のアプリ開発を手助けしています。Googleは、アプリ開発企業であり、アプリ開発支援企業でもある「アプリ屋」です。
アプリを簡単に量産できるノーコードは「喉から手が出るほど欲しい」技術なのです。
全業界を牛耳ることができる?
Googleのノーコードへのこだわりは、アプリへのこだわりと同じです。なぜ検索大手のGoogleが、アプリ屋であることを重視しているのでしょうか?Googleはその疑問に、次のように答えています。
「AppSheet社の技術とGoogleクラウドを組み合わせると、金融、製造、小売、ヘルスケア、通信、メディア、エンターテイメントなどの業界のデジタルフォーメーションに寄与できる」
どの業界でも、ITやAIによって人々の生活を劇的に変えるデジタルフォーメーションを実現できた企業が生き残ると考えられています。
例えば三菱UFJフィナンシャル・グループは、中期経営計画(2018~2020年度)のなかで、デジタルフォーメーションを推進するデジタライゼーションを「構造改革の柱」としています(*5、6)。
三菱UFJフィナンシャル・グループは、デジタルフォーメーションを強力に進める理由について「将来性が高く、基幹ビジネスになる可能性が高く、収益力の強化が期待できるから」としています。
Googleは、金融、製造、小売、ヘルスケア、通信、メディア、エンターテイメントなどの業界でデジタルフォーメーションが起きると考えました。そして、デジタルフォーメーションに成功した企業がその業界をリードすると見越して、投資の一環とし、AppSheet社を買収したわけです。
世の中でインターネット化が進んだことで、さまざまな企業がインターネット企業を頼りにしたように、デジタルフォーメーション化した世界では、デジタルフォーメーション支援企業が頼りにされるでしょう。
それぞれの業界でデジタルフォーメーションが浸透するにはまだ時間がかかりますが、短期間でAppSheet社の買収効果が現れる領域もあります。
現在、多くの人がGoogleのスプレッドシートやGoogleMap、Googleアナリティクス、スマートフォンのAndroidを使用しています。これらのサービスも今回の買収でさらに進化するでしょう。どのような進化になるのか楽しみです。
*5:デジタルストラテジー(三菱UFJフィナンシャル・グループ)
https://www.mufg.jp/dam/ir/presentation/2018/pdf/slides190219_ja.pdf
*6:中期経営計画(2018年度~2020年度)11の構造改革の柱(三菱UFJフィナンシャル・グループ)
https://www.mufg.jp/profile/strategy/index.html
AppSheet社は「変わらない」と主張
Google側の買収メリットは、かなり大きいことが分かりました。
では、AppSheet社側の、買収されてGoogleの傘下に入るメリットはどのような点にあるのでしょうか?
AppSheet社のCEO、Seshadri氏は2020年1月14日の自身のブログで、自社の顧客に向けて「Googleに買収されることは、自社の成長にとって正しいステップである」と断言しました(*7)。
買収されたあとも、これまでどおり既存の顧客にノーコードサービスを提供し、新規顧客の獲得も目指すと宣言しています。
AppSheet社の既存顧客のなかには、Googleのライバル企業のサービスを利用している会社も含まれています。例えば、Googleはクラウドサービスを提供していますが、アマゾンやマイクロソフトも大々的にクラウド事業を展開しています。
Seshadri氏は、既存顧客がGoogle以外のクラウドを使っていても、従来と同じサービスを提供すると述べています。具体的にはOffice 365、Salesforce、Box、Dropboxとクラウドサービス名を挙げ、これらを使っている企業のサポートを継続していくと約束しています。
さらに驚くべき内容は、iOSでのアプリ開発サポートも継続することです。
「アプリといえばスマートフォン」というイメージを持っている人は多いでしょう。スマートフォンが今後もモバイルサービスの最重要機器であり続けることは間違いありません。
スマホのOSは、GoogleのAndroidとアップルのiOSが2強になっています。Googleとしては、AppSheet社に、Androidでのアプリ開発支援に専念してもらいたいはずです。しかし、AppSheet社は、Googleに買収されたあとも、iOSでアプリ開発をする顧客のサポートも続けていくと約束しています。
Seshadri氏は、Googleに買収されても「何も変わらない」と顧客にアピールしています。しかし、そのアピールは、Googleの許可なしにはできません。Googleは、AppSheet社に、他社のクラウドやスマホOSを使っている企業のサポートを許可しているということになります(*1)。
Googleは、なぞこれほど寛容なのでしょうか?
*7:AppSheet Acquired by Google Cloud(Praveen Seshadri)
https://blog.appsheet.com/appsheet-acquired-by-google-cloud
両社のミッションが一致した?
大企業によるスタートアップ企業の買収では、買い手企業が売り手企業を飲み込んだり、支配をしたりすることが少なくありません。もしくは、買収する企業のコア事業とそれに関わるエンジニアを獲得する目的にM&Aを実施することもあるでしょう。
世界的な企業であるGoogleが、スタートアップのAppSheet社を買収しながら、支配しようとせずに寛容なのはなぜでしょうか?それは、GoogleとAppSheet社のミッションが一致したからです。
AppSheet社のSeshadri氏は、コードを書かずにアプリを開発することで、技術の民主化を成し遂げることが、自分のミッションであると述べています(*7)。
コーディングは、プログラミングの訓練を積んだプロフェッショナルしか実行できません。そのため、現在のほとんどのアプリはプロにより開発されたことになります。これでは、アプリの進化や量産化のスピードは速まりません。
コーディングを不要にするノーコードが一般化すれば、アプリを必要とする人は、訓練を積んだプロフェッショナルに依存することなく、自力でアプリを作ることができるかもしれません。
Seshadri氏は、アプリ開発を民主化する自分の考えと、Googleのクラウド戦略は調和しているとコメントしています。
Googleは過去20年に、驚くべき革新的なテクノロジーを開発し、世の中に提供してきました。その影響力は、金融、サービス、小売、メディア、エンターテイメントなどの各業界に及んでいます。
AppSheet社がGoogleと組めば、ノーコード技術は、あっという間に金融、サービス、小売、メディア、エンターテイメントなどの各業界に拡散するだろう、というのが、Seshadri氏の見立てです。
この大きな「野望」は、Googleも共有しています。そのため、GoogleはAppSheet社に寛容になるのです。
ローコード/ノーコード開発市場の展望
ITRの調査によると、2020年の国内のローコード/ノーコードの開発費は前年の24.3倍の515億8,000万円で、2023年には1,000億円に達する見込みです。
ローコード/ノーコードでの開発は、従来よりも高品質のアプリケーションを簡単に開発できるようになりメンテナンスも簡単です。
プログラミングに長けたエンジニアを多く抱えていない企業でも、アプリケーション開発ができ、大幅なコスト削減にもなります。企業におけるDXや業務改革/改善の加速と共に今後も導入が進むことでしょう。
Googleは太陽政策が得意
GoogleのAppSheet社買収は「北風と太陽」でいえば、完全に太陽政策です。社名もCEOも変えず、既存事業の継続を認め、さらに、既存事業での新規顧客の獲得も許しました。
Googleはこれまでも、YouTubeに対しても同じような太陽政策を取っています。2006年にYouTubeを買収したあとも、企業として存続させ、雇用も継続しました。YouTubeの繁栄ぶりはご存知のとおりです。
Googleの太陽政策的M&Aこそ、変化や流れの早いIT業界のプラットフォームで大きな存在であり続けるコツなのかもしれません。
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