クロスボーダー「Cross-Border」は、国境を越えるという意味で、クロスボーダーM&Aは、異なる国々にまたがる企業の合併や買収を指します。
今日、大企業だけではなく、中小企業でもクロスボーダーM&Aは国際的な事業戦略の一環として利用され、企業がグローバルな競争環境で成功するための手段となりつつあります。
本記事では、クロスボーダーM&Aの特徴や手法、メリット、実際の事例などを解説するので、参考にしてください。
目次
- 1 クロスボーダーM&Aとは?
- 2 クロスボーダーM&Aの種類
- 3 クロスボーダーM&Aの手法
- 4 三角合併
- 5 LBO
- 6 クロスボーダーM&Aの事例
- 7 クロスボーダーM&Aのメリット
- 8 メリット1:グローバル市場を開拓できる
- 9 メリット2:技術力の高い製品を開発できる
- 10 メリット3:売却利益を獲得できる
- 11 メリット4:シナジー効果を期待できる
- 12 クロスボーダーM&Aのデメリット
- 13 デメリット1:予測の難しいリスクが発生する
- 14 デメリット2:日本国内のM&Aよりも情報収集に時間がかかる
- 15 デメリット3:言語や文化の違いによる問題が発生する
- 16 クロスボーダーM&Aの手順
- 17 手順1:クロスボーダーM&Aの検討
- 18 手順2:相手企業との交渉・契約
- 19 手順3:クロージング
- 20 手順4:短期プランと中期プランの実行
- 21 クロスボーダーM&Aの注意点
- 22 注意点1:カントリーリスクに注意する
- 23 注意点2:エスクローを利用する
- 24 注意点3:法律による制限がないか確認しておく
- 25 クロスボーダーM&Aのポイント
- 26 ポイント1:実行前にPMIの計画を具体的にする
- 27 ポイント2:現地の国に詳しい専門家を探す
- 28 ポイント3:バリュエーションは現地の市場を考慮する
- 29 ポイント4:仲介会社の選定
- 30 海外進出を視野に入れるならクロスボーダーM&Aがおすすめ
クロスボーダーM&Aとは?
クロスボーダーM&Aは、M&A取引の中でも、売り手企業と買い手企業どちらかが海外資本である、国を超えたM&Aを指します。
クロスボーダーM&Aの件数は、日本企業のM&Aの総数に比例して増加する傾向があります。主な理由として、国内市場が縮小傾向にあるので、海外進出を考える企業が増えたことが挙げられます。
日本では、日本の企業が海外の企業をM&Aで買収する事例が増加しています。大企業だけでなく、中堅企業の積極的なクロスボーダーM&Aが目立っており、日本企業の海外進出に拍車をかけていると言えるでしょう。
クロスボーダーM&Aの種類
国境を越えるクロスボーダーM&Aは、3種類に別れます。
日本企業が買い手となり、海外企業が売り手になるクロスボーダーM&Aは「IN-OUT型」です。IN-OUT型は、欧米諸国やアジアの新興国を対象とする場合が多くあります。
海外企業が買い手となり、日本企業が売り手となる場合はOUT-IN型と呼ばれ、件数は少ないながらも、中国が高額で買収する事例が目立っています。
買い手と売り手が共に日本企業の場合はIN-IN型と呼び、売り手が外資系企業であるときに使います。
クロスボーダーM&Aの手法
クロスボーダーM&Aの手法には三角合併とLBO、2つが使われます。それぞれどのような手法なのか、詳しく解説していきます。
三角合併
三角合併は、当事企業が法的に合併出来ない際に使う手法です。日本の会社法では、日本企業と海外企業の直接の合併が認められていません。
このような際、買い手企業は、自社株式などの売却益を支払う変わりに、その親会社の株式を交付し、3社間での取引をします。
三角合併は、上記のような順三角合併の他に、逆三角合併と呼ばれる形式もあります。
逆三角合併は、買い手企業とは異なる企業が存続企業となる合併です。存続企業が事業運営に必要な認可などを有している際に使われる手法です。
LBO
LBOは、Leveraged Buyout(レバレッジドバイアウト)の略称です。
LBOは、売り手企業の保有する資産や、考えられる将来性を担保とし、銀行などの金融機関から資金の借り入れ、買収をする方法です。買い手企業が買収ファンドである場合に多く使われます。
少ない資金でも大型のM&Aを実施できるのがメリットですが、買収後に大きな利益を出せなかった場合は、多額の負債を負ってしまう危険性があります。
クロスボーダーM&Aの事例
この項では、過去に実施されたクロスボーダーM&Aの事例を紹介します。
譲渡企業 | 譲受企業 | 譲渡金額 | |
ARM(英国) | ソフトバンク(日本) | 約3.3兆円 | |
ソフトバンクの専門知識やネットワークで、英国の中でも半導体設計大手であるARMの優れた知的所有権を市場内で浸透させることを目的とした。 | |||
スピードウェイ(米国) | セブン&アイ・ホールディングス(日本) | 約2.3兆円 | |
セブン&アイ・ホールディングスは、米国で3,900店舗のコンビニとガソリンスタンドを運営するスピードウェイを買収することで、米国でのネットワーク拡大を目指す。 | |||
アユタヤ銀行 | 三菱東京UFJ銀行(日本) | 約5,600億円 | |
高い経済成長が見込まれるアジアへの事業展開の一環としてプラットフォームの構築を目指す。 | |||
Indeed社(米国) | リクルート(日本) | 約1,300億円 | |
人材業界国内大手のルクルートが海外進出を目指し、人材募集の検索エンジンを運営するIndeed社を買収し、サービス拡大を目指す。 | |||
RJRI(米国) | JT(日本) | 約9,400億円 | |
国内のたばこ税引き上げなどで、業績が伸び悩んでいたJTが成長を求めて、海外に活路を求めた。 | |||
ITYIS SIGLO XXI社(スペイン) | クックパッド(日本) | 約11億円 | |
スペイン語圏での事業拡大を目指したクックパッドが、スペインのレシピサービス「Mis Recetas」を譲り受け、サービス利用者の増加を目指した。 | |||
シャイアー社(アイルランド) | 武田薬品工業(日本) | 約6.2兆円 | |
薬品の分野でグローバルに製造・販売を展開する両者が合併。シャイアー社の拠点や研究開発体制の取り込みを強化する目的。 | |||
シャープ(日本) | 鴻海(ホンハイ)(台湾) | 3,888億円 | |
世界最大の電子機器製造受託メーカーがシャープを買収し、最速で黒字化させた事例。 | |||
武田薬品工業の子会社(日本) | Blackstoneグループ(米国) | 約2,300億円 | |
ヘルスケア部門で世界有数の投資実績を持つBlackstoneグループが、武田薬品工業の子会社である武田コンシューマーヘルスケア社を買収。双方ともにメリットのあるM&Aとなる。 |
クロスボーダーM&Aのメリット
なぜ、これほど多くの有名企業がクロスボーダーM&Aを実施するのでしょうか?この項ではクロスボーダーM&Aのメリットについて詳しく紹介します。
メリット1:グローバル市場を開拓できる
クロスボーダーM&Aで海外の市場を開拓できれば、自社商品を日本の商品として販売する機会を得られます。もしも、その国で該当する製品のマーケットが確立していない場合、大きな利益を得られる可能性があるでしょう。
反対に、該当する商品が日本で販売されてない場合は、その製品を持ち込んで、日本での利益を得られる可能性があります。
メリット2:技術力の高い製品を開発できる
海外では、日本にはない技術力を持つ企業が多く存在します。そのような企業とクロスボーダーM&Aを実施することで、高い技術を持つ新商品の開発を期待できます。
特に、複雑な工程が必要とされる技術は希少価値も高く、多くの利益を期待できるでしょう。
メリット3:売却利益を獲得できる
海外企業を買収した後、その企業を別の企業に売却すると、売却利益を得られることも考えられます。
これは、プライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)と呼ばれる投資の1つです。潜在能力のある企業を売却前提で買収し、数年で企業価値を高めてから他の企業へ売却することで利益を出す手法です。
売却前提で買収していない場合でも、事業計画の見直しなどでの売却も考えられます。
メリット4:シナジー効果を期待できる
クロスボーダーM&Aのシナジー効果は、国内企業同士のM&Aと同様、コストシナジーや収益シナジーが見込めます。
特にコストシナジーの効果は大きく、拠点やインフラを統合して共有して、生産性と効率を上げてコスト削減を可能にします。
クロスボーダーM&Aのデメリット
クロスボーダーM&Aでは、外国企業とM&Aを進めることになりますが、言語や慣習、文化的な違いから問題が発生することがあります。
デメリット1:予測の難しいリスクが発生する
様々な要因が組み合わさり、クロスボーダーM&Aにおいては事前のリスク評価が難しく、予測の難しいリスクが発生する可能性が高まります。
文化の違いによって従業員が満足する労働環境を用意できないことや法律や慣習の違いにより契約や取引の実行に困難が生じることもあるでしょう。
また、現地政府の政策変更、経済の急激な変動、戦争や紛争などの地政学的なリスクなど、政治・経済的な潜在リスクがあります。
リスクを完全に排除することはできませんが、徹底的な情報収集やリスクマネジメントによってある程度リスクをコントロールすることが大切です。
デメリット2:日本国内のM&Aよりも情報収集に時間がかかる
クロスボーダーM&Aにおいては情報収集に時間がかかる傾向があります。
異なる国の文化や言語の違いによる文化的なニュアンスの取りこぼしや財務報告の基準や慣習の違いによる情報の見落としなどが発生するかもしれません。
宗教や文化的な理由によって自社商品が受け入れられない可能性もあります。
現地語での情報収集に際してビジネス専門の通訳に依頼したり、専門的なアドバイザーやコンサルタントの協力を得るなどして、情報収集に力を入れるべきでしょう。
デメリット3:言語や文化の違いによる問題が発生する
外国企業間の交渉では英語が公用語になります。交渉の場のみならず、法的な文書や契約の取り決めに英語が対応することが必須です。
クロスボーダーM&Aの経験や海外でのビジネス経験に乏しい場合にはビジネス専門の通訳をつけるべきでしょう。
言語に加えて文化の違いもクロスボーダー案件を困難にします。欧米圏では効率性を重視し、グループの代表者が置かれることが多いですが、チームワークや合意を重んじる日本では交渉者が多かったり、統一的な意見を出すのに時間がかかることがあります。
相手企業に不満が募る原因になるので、現地の慣習に合わせた交渉スタイルを採用しましょう。
M&Aが成立しても文化的な違いによる組織の統合が困難かもしれません。
伝統的な日本企業では長時間労働やきめ細かな対応が求められることがありますが、欧米を中心に効率性を重視する社会では日本型の働き方が歓迎されないことがあります。
現地社員に日本人と同じ働き方を求めると、反発を生む恐れがあるでしょう。クロスボーダーM&Aでは、言語や文化の違いに対処するためにM&A実施前に注意深い戦略を立て、コミュニケーションの円滑化や文化の統合に努める必要があります。
クロスボーダーM&Aの手順
クロスボーダーM&Aの手順は、概ね通常のM&Aと同じ手順で進行しますが、海外の企業とやり取りをするため、文化や習慣の違いで難易度が高くなります。
手順1:クロスボーダーM&Aの検討
クロスボーダーM&Aの検討段階で、買収の目的を明確化します。ぶれのない目的を社内で共有すると、その後の流れをスムーズになり、成功への近道となります。
買収の目的を明確にすると、どの国のどのような企業とM&Aをするべきかが自然と見えてくるでしょう。
手順2:相手企業との交渉・契約
相手企業を絞り込めたら、該当企業との交渉・契約に進みます。
相手企業が海外の企業となる場合には、交渉や契約書の作成を現地の言語で進める必要があります。そのため、その国について詳しい人や相手国の専門家を取り込み、交渉と契約をすることが大変重要です。
手順3:クロージング
契約締結後は、クロージングに入ります。クロージングは、M&Aの中で取引を実行する段階です。
株式譲渡のための手続きや、従業員を保護するための手続きの他、独占禁止法の手続きも必要になり、全てを完了させるのにある程度の時間を要します。
クロージング後は、臨時株主総会や取締役会の開催を準備します。
手順4:短期プランと中期プランの実行
買収が成立した翌日からPMI(Post Merger Integration)を実施していきます。PMIは、買収後の統合作業を指します。クロスボーダーM&Aの成功はPMIにより決まると言われています。
そのため、契約で定められた内容が正しく実施されているのか、細かく確認していく必要があります。
統合後3〜6ヶ月間の統合初期の間は、予め決定しておいた短期プランを実行します。短期プランと並行して中期プランも合わせて進めます。それぞれのプランで、進捗管理とモニタリングを実施していきます。
クロスボーダーM&Aの注意点
この項では、クロスボーダーM&Aの契約で注意すべき事項をまとめています。一つずつ見ていきましょう。
注意点1:カントリーリスクに注意する
カントリーリスクとは、相手国の経済や政治の情勢により、収益が変動して企業が損害を受けることです。カントリーリスクは、M&Aの成立を阻む可能性がある他、成立後の事業運営に大きな損害を及ぼす恐れがあります。
カントリーリスクの予測は困難ですが、相手国の情勢を日々確認して、万一に備える必要があります。
注意点2:エスクローを利用する
エスクローとは、買い手企業が一定期間、対価の支払いを保留にできる制度です。
日本国内同士の企業のM&Aの場合は、クロージングと同時に対価が支払われるのが一般的です。しかし、欧米では、エスクローエージェントと呼ばれる第三者が、契約当事者同士の間に入る方法が一般的です。
エスクローエージェントを活用した場合は、買い手企業はエスクローエージェントに買収対価を預け、半年〜1年経過後に、問題がなければエスクローエージェントが売り手企業に売却益として預かっていた買収対価を支払います。
合併後に契約違反をしたときに、売却益を取り戻せないリスクを回避できるのです。買い手企業にはメリットのある制度です。
注意点3:法律による制限がないか確認しておく
クロスボーダーM&Aを実施する場合は、売り手企業の法律によって取引されます。国により、買収が禁止されている業種がある場合や、規制当局への申請や認可が必要な場合もあります。
買収を許可されている国や業種でも、公開買付(TOB)の規制がある場合もあり、事前の把握が大切です。
また、買収後の組織再編成など、法律が整っていないなどの問題があり、統合作業で想定以上の時間がかかってしまうこともあります。
その国や業種の専門家の知識を取り入れて進めることが大切です。
クロスボーダーM&Aのポイント
次に、クロスボーダーM&Aを成功させるためのポイントについて解説していきます。クロスボーダーM&Aは、文化や習慣が同じである国内企業同士のM&Aと比べて、相手企業の国について入念に調べながら進める必要があります。
詳しく見ていきましょう。
ポイント1:実行前にPMIの計画を具体的にする
PMIは前述の通り、クロスボーダーM&Aを成功に導くための必要なプロセスです。M&A実行前に計画を具体的に決定しておく必要があります。
PMIの期間は3〜5年と定め、その期間内で、意図したシナジー効果を実現できているのかを確認します。
そのための進捗管理とモニタリングを実施するために、現地に人材を派遣する手立てなど、具体的な方法も整備しておきましょう。
ポイント2:現地の国に詳しい専門家を探す
異国の法律や文化を理解するのは、自社だけでは困難でしょう。万が一、法律違反を犯してしまった場合、罰則金のみならず、不買運動などで企業のブランドイメージを損ねてしまう可能性もあります。
そのため、早い段階から現地の国に詳しい弁護士や会計士など、専門家の確保が重要です。
ポイント3:バリュエーションは現地の市場を考慮する
バリュエーションとは、売手企業の資産や知的財産・知識などと将来性を加味して算出する企業価値です。
該当する事業が現地の市場でどれほどの価値があるのか、その国の価値で算出する必要があります。特に、新興国とのクロスボーダーM&Aは、日本の市場との価値が異なる場合も多いので、注意してバリュエーションを実施しましょう。
正確な企業価値を判断するためには、投資家など外部の人からどのような評価を受けているのかを見てみるのも良いでしょう。
ポイント4:仲介会社の選定
M&Aの仲介業者は数多く存在しますが、それぞれの会社には得意分野があり、クロスボーダーM&Aを得意としている業者もあります。
そのような業者に依頼すると、現地の言語で対応してもらえるほか、現地の詳しい専門的な情報を得られるでしょう。
海外進出を視野に入れるならクロスボーダーM&Aがおすすめ
今回の記事では、クロスボーダーM&Aについて、メリットやポイント解説しました。
クロスボーダーM&Aは、国内企業同士のM&Aよりも難易度が高く、入念な準備や計画が必要です。特に、現地の国の法律や経済に精通する人材を確保し、現地の国を基準に取引を進めていくことが重要だと言えるでしょう。
パラダイムシフトは2011年の設立以来、豊富な知識や経験のもとIT領域に力を入れ、経営に関するサポートやアドバイスを実施しています。
M&Aで自社を売却したいと考える経営者や担当者の方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。