「後継者の不在」「事業収縮」「採算が合わない」「リソース不足」などさまざまな理由で、営業権譲渡が行われます。単に、「会社にとって不利益なものを排除する」のではなく、「選択と集中」によって効率よく会社を大きくしていこうという意思が見られます。
今回は営業権譲渡を検討する際の「メリット・デメリット」「売却額の決め方」や「営業権譲渡における注意点」などを解説していきます。
目次
- 1 営業権譲渡とは
- 2 営業権とは
- 3 営業権譲渡と事業譲渡の違い
- 4 営業権譲渡のメリット・デメリット
- 5 売り手のメリット
- 6 資金調達ができる
- 7 採算の合わない事業を切り離せる
- 8 売り手のデメリット
- 9 関係者・従業員への説明が必要
- 10 譲渡で発生した利益は課税される
- 11 契約内容・登記や定款の変更が必要
- 12 競業避止義務を負う
- 13 買い手のメリット
- 14 事業拡大に繋がる
- 15 スピード感を持って新規事業に参入できる
- 16 節税できる
- 17 買い手のデメリット
- 18 契約内容・登記・定款などの変更が必要
- 19 購入資金が必要
- 20 取引先や従業員の引き継ぎ
- 21 事業買収が成功するとは限らない
- 22 営業権譲渡の流れ
- 23 仲介人に相談
- 24 買い手の選定
- 25 DD(デューデリジェンス)
- 26 交渉・契約書の作成
- 27 株主総会で承認を得る
- 28 譲渡手続き
- 29 営業権譲渡の価額の相場や決め方
- 30 のれん価額の決め方
- 31 営業権譲渡で売り手・買い手それぞれにかかる税金
- 32 売り手にかかる税金
- 33 買い手にかかる税金
- 34 営業権譲渡における注意点
- 35 競業避止義務を理解した上で、営業権譲渡の準備をしよう
営業権譲渡とは
営業権譲渡とは、文字通り「営業権を譲渡」すること。M&Aの中で行われる経営戦略の一つで、会社ごとではなく、事業の一部を他社や個人事業主へ譲渡することを指します。
営業権とは
企業や事業の価値には、「現金預金」「株式」「土地」「物件」などの目に見える資産(有形財産)だけでなく、「取引先」「従業員」「ブランド」「特許」「ノウハウ」などの形のない財産(無形財産)も含まれます。
この無形財産のことを”営業権”と呼びます。
なお、営業権譲渡における”営業権”は、有形財産も含めて使われるのが一般的で、「事業」と同じような意味合いで使用されます。
営業権譲渡と事業譲渡の違い
M&Aの知識がある人は「事業譲渡とは異なるのか?」という疑問を持ったかと思います。結論、意味合いは同じです。厳密に言うと、
- 売手先が会社(法人)の場合は会社法が適用され、事業譲渡に。
- 売手先が個人事業主の場合は商法が適用され、営業権譲渡に。
と区別されます。
従って基本的には、営業権譲渡も事業譲渡も同じことを指しているという認識で問題ありません。
営業権譲渡のメリット・デメリット
営業権譲渡は、売り手にとってメリットばかりというわけではありません。売り手、買い手それぞれのメリット・デメリットを見ていきましょう。
売り手のメリット
営業権譲渡における売り手のメリットには主に以下のようなものが考えられます。
資金調達ができる
営業権譲渡によって、売却益が得られます。経営上赤字であった事業が、売却することで黒字化するというケースも少なくありません。営業権譲渡によって得た売却益は、経営陣または経営に関与している人物に分配されることが多いです。
採算の合わない事業を切り離せる
赤字ではなくとも、人員コストやその他コストを考えると採算が合わないといった事業を切り離すことで、残った事業に人員や予算を使うことができます。いつまでも不採算事業にこだわるのではなく、選択と集中で売却に踏み切ることで、既存の会社の成長を促進させることもあります。
売り手のデメリット
営業権譲渡において考えられる売り手のデメリットを見ていきましょう。
関係者・従業員への説明が必要
取引先やその他関係者、従業員への説明が必要です。特に、事業部がなくなると言った場合は、従業員に対し慎重に説明をしなければなりません。
別の部署に異動するのか、支店異動するのか、自主退職希望を募るのか。また、従業員ごと売却先へ譲渡するケースもあります。このように、経営者は事業を売却したあとのことも考える必要があります。
譲渡で発生した利益は課税される
営業権譲渡で得た利益はそのまま懐に入るわけではありません。法人税が課税されます。
契約内容・登記や定款の変更が必要
譲渡する事業に関する契約を取引先と交わしている場合は、契約書の修正・変更が必要です。また、登記事項や定款の事業目的の欄に、売却した事業をそのまま載せておくことはできません。削除・変更という手続きを取る必要があります。
競業避止義務を負う
会社法第4章21条では以下のように「譲渡会社の競業の禁止」が定められています。
当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村(特別区を含むものとし、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市にあっては、区又は総合区。以下この項において同じ。)の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その事業を譲渡した日から二十年間は、同一の事業を行ってはならない。
競業避止義務を簡単に説明すると、「事業売却後、20年間は同一地域、同一名義で同一の商売をしてはいけません。」ということです。
過去に、アパレル事業のECサイトを売却した直後に、同一事業を開始し訴えられたという事例もあります。気をつけなければなりません。
買い手のメリット
営業権譲渡は売り手だけでなく、買い手にもメリットがあります。
事業拡大に繋がる
既存の事業を拡大したい時に、類する事業やシナジー効果の見込める事業を買収することで、会社の成長に繋がります。
スピード感を持って新規事業に参入できる
新規事業に参入したいと考えている場合、1から構築するのではなく、営業権を買収することでスピード感を持った新規事業参入が可能です。
節税できる
営業権の買収にかかった費用は「のれん償却」として節税ができます。のれん償却の詳しい解説は以下の記事を参考にしてください。
参考:事業譲渡における「のれん」とは?評価方法と高く評価してもらうためのポイント
買い手のデメリット
買い手のデメリットとして、思わぬ落とし穴も含まれています。
契約内容・登記・定款などの変更が必要
売り手と同様、契約内容の変更や、登記・定款などの変更が必要になる場合があります。
購入資金が必要
預金が十分にある場合を除いて、資金調達が必要なケースも多いでしょう。買収する事業の価値が高ければ高いほど、買収ハードルも高くなります。
取引先や従業員の引き継ぎ
譲渡契約の内容によっては、「指定の取引先を引き継がなければならない(または、新たに取引先を探さなければならない)」「従業員の一部を引き継ぐ必要がある(または、従業員を一切引き継ぐことができない)」などのように、取引先や従業員の引き継ぎに関しても時間を割く必要が出てきます。
事業買収が成功するとは限らない
”すでに事業として成り立っているから、買収したら儲かる”というわけではありません。営業権を手にしたあとの経営者の手腕によって、その後の業績は変わります。
営業権譲渡の流れ
具体的に営業権譲渡(事業譲渡)がどのように行われていくのか、順を追って解説していきます。
仲介人に相談
まずは買い手を探すために、M&Aの仲介業者に相談します。M&A仲介業者を利用するメリットは、希望する条件の買い手を探してもらえる他、売却において適切な価額査定や手順などのアドバイスを受けることができます。
パラダイムシフトは2011年の設立以来、豊富な知識や経験のもとIT領域に力を入れ、経営に関するサポートやアドバイスを実施しています。候補先企業様のファインディング、デューデリジェンスの実施などのM&A全般の交渉をサポートするほか、売り手企業様の希望に柔軟に対応しながら、ニーズに沿ったM&A支援を行います。
M&Aで自社を売却したいと考える経営者や担当者の方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
買い手の選定
営業権譲渡に適した買い手を選定します。買収先候補が複数社ある場合は、各社に意向表明書を提出してもらい、その中から条件にマッチした買い手を決めるのが通常の流れです。
DD(デューデリジェンス)
買い手側から、譲渡する事業に対して調査が行われます。現在の経営状況だけでなく、過去の収益推移も見られます。また、財務状況以外には、法務や人員の調査なども行われます。
交渉・契約書の作成
デューデリジェンスの結果、価格交渉や営業権譲渡の条件の最終確認などが行われます。ここで双方の希望価格に乖離が生じたままだと、交渉決裂となります。
双方が条件合意した段階で、営業権譲渡の契約書に署名をし、締結。この時点で、営業権譲渡の条件は確定します。
株主総会で承認を得る
営業権譲渡の契約締結ができたら、内容の確認と承認を株主総会で行います。承認されれば、営業権譲渡が正式に決定します。
譲渡手続き
営業権譲渡の契約書に記載してある譲渡日に、引き渡しをして譲渡完了となります。エスクローを利用している場合は、譲渡完了日の数日後に、仲介会社より手数料を差し引いた金額が振り込まれます。
営業権譲渡の価額の相場や決め方
結論から言うと、営業権譲渡の価額に相場はありません。サイト売買のようなスモールビジネスの譲渡だと、営業利益の1年分〜2年分前後を目安に交渉していきますが、規模が大きくなればなるほど無形財産も増えていくので、そう単純ではありません。
譲渡価額の一般的な決め方としては
「資産価額+無形資産の価額(のれんの価額)」
となります。
※資産価額は譲渡する事業の、現金や株式など、目に見える資産を指します。
のれん価額の決め方
無形財産の価額は一般的に”利益年倍法”といった計算方法を用いることが通常です。利益年倍法は、直近数年の平均純利益に適切な年数をかけたもの。
譲渡する事業のジャンルやその時のニーズによっても、何年回収で計算するかは変動しますが、おおよそ2〜5年回収を基準として交渉を進めるのが良いでしょう。
参考:M&Aの「のれん」とは?会計処理や注意点を売り手・買い手視点で解説
営業権譲渡で売り手・買い手それぞれにかかる税金
営業権譲渡では、売り手・買い手ともに税金がかかります。
売り手にかかる税金
売却時に発生した利益には、法人所得として法人税が課されます。また、譲渡金額には消費税もかかりますので、取引の際には税込価格で交渉を進めるとスムーズです。
買い手にかかる税金
営業権譲渡における費用には消費税がかかります。売り手の提示している金額が税込なのか、税抜きなのかは、事前に確認しましょう。数千万円の取引の場合、消費税を計算にいれてなかったことが原因で、資金繰りに苦労するということにもなりかねません。
営業権譲渡における注意点
営業権譲渡の際、売り手が気をつけなければいけないのは、「競業避止義務」を負わなければならないということ。
「売り手のデメリット:競業避止義務を負う」でも解説しましたが、営業権譲渡後は20年間、同一地域で同一事業を行うことができません。事業売却後になって「過去に売却した事業をまた復活させたい」と思っても、会社法で禁止されていますので、注意が必要です。
競業避止義務を理解した上で、営業権譲渡の準備をしよう
営業権譲渡は事業譲渡と同じで、売却先が法人か個人事業主かで言い方が変わるだけというのはご理解頂けたかと思います。
売り手にとって営業権譲渡はいくつものメリットがあります。しかし、譲渡時における様々なデメリットや、会社法で定められている競業避止義務などを十分に理解した上で、営業権譲渡の準備を進めてください。
事業の売却を検討されている方は、M&A支援を事業とするパラダイムシフトへご相談いただければ幸いです。