M&Aにおいて、対象企業の法的リスクを調査する「法務デューデリジェンス」。
M&Aでは巨額の資金が取引されるため、失敗が許されませんし、万が一、法的リスクを抱えた企業を買収すれば、資金を無駄にするのみならず、グループ企業に影響を及ぼす恐れもあるのです。
本記事では、こうした法的リスクを回避するための法務デューデリジェンスについて、チェック項目と進め方を解説します。
M&Aを検討されている場合には、ぜひご参考ください。
目次
法務デューデリジェンス(法務DD)とは?
そもそもDD(デューデリジェンス)とは、M&Aを実行する前に対象会社の状況を確認する調査のこと。
法務デューデリジェンス以外にも、ビジネスデューデリジェンスや財務デューデリジェンスなど、様々なデューデリジェンスが存在します。
この章では、法務デューデリジェンスの概要と実施目的について詳しく解説します。
法務デューデリジェンスとは?
法務デューデリジェンスとは、買収対象企業の株式・組織・関連会社・資産・取引状況などを確認し、法的問題の有無や企業活動におけるリスクの有無を調査すること。
法務デューデリジェンスの結果は、M&A実施の可否やM&A条件に反映されます。
したがって、看過できない法的リスクが発覚した場合には、M&Aの中止や法的リスクを考慮した価格交渉がおこなわれます。
法務デューデリジェンスを含めた様々なDDは、買い手企業の資産保護・リスク回避のために重要なプロセスなのです。
法務デューデリジェンスの費用相場
法務デューデリジェンスは、M&Aプロセスの中でも特に専門知識が求められるため、外部機関へ依頼するケースも少なくありません。
しかし、法務デューデリジェンスには多くの時間・手間がかかるため、費用相場は100万円〜500万円と高額になる傾向があります。
また、調査対象が売り手企業の子会社・関連会社など多岐にわたる場合には、さらに高額なコストが生じ、数千万円ほどになることも。
M&Aでは、法務デューデリジェンス以外にも様々なDDが求められ、依頼内容が多岐にわたるため、費用を事前に把握し適切な専門家へ相談するようにしましょう。
法務デューデリジェンスのチェック項目とは?
法務デューデリジェンスのチェック項目は様々ですが、特に重要度の高いものを7つ解説します。
- 債務状況
- 株主・株式の状況
- 契約状況
- 人事・労務の状況
- 法令遵守
- 訴訟紛争
- 環境汚染への配慮
各項目について詳しく解説します。
項目1.債務状況
1つ目の調査項目は、対象企業の債権・債務状況です。
債務の有効性や簿外債務などは財務デューデリジェンスの対象ですが、法務デューデリジェンスでは、債権が適切に処理されているか、時効になっていないかなどの信憑チェックをおこないます。
特に確認すべき内容は、
- 不動産
- 知的財産
- 金融資産
などです。
不動産は、不動産登記簿謄本から所有権の帰属先や担保状況を、特許などの知的財産は特許登録原簿から、実施権者の有無や質権状況を確認します。
事前に調査対象を定め、財務デューデリジェンスと分担することで、効率的かつ詳細に債務状況を把握できるでしょう。
項目2.株主・株式の状況
2つ目の項目は、株主・株式の状況です。
株主が適切な手続きのもとで存在しているのか、また、非公開会社の譲渡制限が守られているかなどを調査します。
また、株主構成や転換社債など株主数の変動要因も確認します。
万が一、株主・株式状況を正確に把握できていないと、M&A後に多額の費用が無駄になるため、早い段階での調査が重要です。
項目3.契約状況
3つ目の調査項目は、契約の内容確認や買収後の存続についてです。
契約状況の調査には、単にM&Aの実施可否を確認するのみならず、買収後に取引できなくなる可能性の有無を確認する側面もあります。
仮に対象企業の契約が、経営者同士の信頼関係に基づき締結されているのであれば、買収により、継続的な取引ができない恐れがあります。
また、その取引先が重要な仕入れ先ともなれば、即座に対応しなければならない障害となるでしょう。
したがって、M&Aの実施可否のみならず、買収後の事業運営を視野に入れて調査することが大切です。
項目4.人事・労務の状況
4つ目の調査項目は、人事・労務の状況です。
人事・労務に関する事項は、人事デューデリジェンスの対象範囲でもあり、法務デューデリジェンスでは、従業員の労働条件やパワハラ・セクハラなどの職場問題、退職・解雇に関する法的問題を確認します。
M&A後も従業員の雇用は継続されるため、対象企業での人事・労務事項をできるだけ把握しておくことが大切です。
また、長時間労働や未払い残業代などがある場合には、法令違反に該当する可能性があるため、慎重な調査が求められます。
項目5.法令遵守
5つ目の調査項目は、法令遵守についてです。
対象企業が事業運営において法令に違反している場合、買収後の影響は経済的リスクにとどまらない可能性があるため、法務デューデリジェンスの中でも重要な位置付けとなっています。
業務に関する法令はもちろん、下記の事項にも注意が必要です。
- 無許可・無認可の事業展開
- 反社会的勢力への関与
- 会社法
- 税法
- 労働関係法令
- 個人情報保護法
- 下請法等
対象企業の事業内容によっては、許認可の取得が必須な場合もあります。
しかし、中には許認可の継承や更新ができないケースもあるため、十分に確認しておくことが大切です。
万が一、許認可の継承ができない場合には、再取得が求められます。
ただ、再取得には一定期間を要するため、事業をシームレスに継続するためには、M&A後、早急に申請できるよう準備する必要があります。
項目6.訴訟紛争
6つ目の調査項目は訴訟紛争です。
対象企業が訴訟紛争を抱えている場合、内容によっては大きなリスクになる可能性があるため、細部に至るまで細かく調査することが重要です。
すでに訴訟中の場合には、請求額や勝敗の見込みなど、内容の確認もします。
また、現状顕在化していないものの、今後訴訟紛争を引き起こす可能性がある潜在的事項や、過去に裁判となった事項についても調査します。
過去の訴訟については、今後も関連事項で再発する可能性があるため、入念な調査が必要です。
たとえば、下記の法的リスクが存在した場合には、M&A後に金銭の支払い義務や企業価値の損失に発展する可能性が高いといえます。
- 時間外労働
- 未払い賃金
- 従業員の不祥事
- 知的財産の侵害
- 顧客との契約違反
- 第三者に対し不法行為
ディールブレイクを引き起こす訴訟紛争にまで至らない場合でも、訴訟が続けば大きな支出を伴います。
M&Aを成功させるためのみならず、M&A後の支出を抑えるためにも、訴訟紛争への対応・解決が重要です。
項目7.環境汚染への配慮
7つ目の項目は、環境汚染への配慮です。
M&Aで不動産を継承する場合、その工場や土地の汚染状況に注意が必要です。
仮に、大気汚染防止法や土壌汚染対策法等環境法に違反している場合には、工場・土地を使用できないためです。
また、継承後に浄化作業をおこなう場合、必要な資金は買い手企業側が負担する必要があるため、大きな負担になるでしょう。
したがって、法務デューデリジェンスで環境汚染の有無を確認する必要があります。
法務デューデリジェンスの進め方
法務デューデリジェンスの進め方は、各企業で異なりますが、基本的には下記の手順で実施されます。
- 調査体制の検討
- 資料開示請求
- 資料をもとに分析
- マネジメント・面談
- ディールブレーカーの可否・価格反映
各工程について詳しく解説します。
1.調査体制の検討
対象企業を調査するにあたり、まずは調査体制を検討します。
法務デューデリジェンスは法律に関する専門的な知識が求められますが、弁護士などに頼まないといけないという決まりはありません。
法務デューデリジェンスの経験がある企業では、社員がおこなうケースも見られます。
しかし、対象企業の法的リスクを検出するために、様々な法律の横断的な知識が求められることから、弁護士やM&Aコンサルに依頼するケースが一般的です。
ただ、たとえ弁護士であってもM&Aを専門としていない場合もあります。
そのため、弁護士を抱えるM&Aコンサル事務所など、専門性の高い外部機関への依頼が大切です。
事前に依頼先を比較・検討し、万全の調査体制を構築しましょう。
2.資料開示請求
調査体制が確定したのち、対象企業に対し必要資料の開示請求をおこないます。
法務デューデリジェンスでは情報管理の観点から、秘密保持義務を持つ法律事務所を、資料の開示先にするケースが一般的です。
開示請求する資料は、外部の専門家にチェックリストをもらい、項目に従い請求するとよいでしょう。
また、売り手企業はできるだけ高く買い取ってもらいたいという意思が働くため、不利な資料を積極的に提出することはありません。
そのため、買い手企業はそれを踏まえて資料請求をおこなうことが大切です。
3.資料をもとに分析
続いて、開示された資料をもとに分析をおこないます。
この分析の目的は、ディールブレーカーの把握と事業継続への影響考慮です。
この目的を達成するには、下記の視点で分析をおこなうことが有効です。
- ガバナンスの観点から企業が存続しうるか
- 必要許認可の取得状況と維持が可能か
- 事業計画に欠陥はないか
- 潜在化リスクが顕在化した場合の影響
- M&A自体が法令に反していないか
この他、外部の専門機関に助言を仰ぎ、ディールブレーカーの有無、事業継続への影響考慮を推進しましょう。
4.マネジメント・面談
分析結果を踏まえ、対象企業の経営者などと面談をおこないます。
直接対面の面談以外にも、電話会議・ズーム会議などを活用するケースもあります。
法務デューデリジェンスでは知り得なかった情報について、さらに理解を深めたり、不明点を解消することが目的です。
一回の面談で複数のデューデリジェンスを並行でおこなうこともあるため、事前にチェックリストを作成するなどの準備が必要です。
5.ディールブレーカーの可否・価格反映
最後に、法務デューデリジェンスと面談の結果を踏まえ、ディールブレイクの可否と価格反映を検討します。
特に問題が確認されない場合には、最終契約書の締結に移行します。
ただ、万が一重大なリスクが確認された場合には、収益への影響や企業価値への影響を数値化し、交渉金額に反映させます。
影響額をどの程度盛り込むかは、他のデューデリジェンスとの兼ね合いもあるため、一定のレンジ金額を設けるとよいでしょう。
この工程は、法務デューデリジェンスの最も重要な作業ですので、慎重に吟味するようにしましょう。
法務デューデリジェンス実施後の対応
法務DD以外の事業DD、財務DD、税務DD、人事DDなどの結果を踏まえ、M&Aを中止するのか、継続するのかを判断します。
仮に、対象企業に問題がある場合でも、許容範囲であればM&Aを実行するケースもありますし、契約に損失補填の趣旨を盛り込むなどの方法もあります。
また、デューデリジェンスの結果は、買い取り価格の交渉材料にも使い、リスクが高い場合には値段を下げるよう交渉します。
ただし、デューデリジェンスで検出できるリスクには限りがあるため、期間中に検出・対応できないリスクが多いのも事実です。
そのため、法的リスクをいかに制御し、リスクの顕在化を回避するのかも重要なポイントです。
自社のみでは対応しかねる場合には、外部機関に助言を求めるとよいでしょう。
法務デューデリジェンスは慎重に進めましょう
この記事では、法務デューデリジェンスについて解説しました。
法務デューデリジェンスは、買収対象企業の株式・組織・関連会社・資産・取引状況などを確認し、法的問題の有無や企業活動におけるリスクの有無を調査することです。
法務デューデリジェンスは、法令違反に関する調査のため、他のDDよりも重要度が高い位置付けです。
したがって、専門知識をもったM&Aコンサルや弁護士などに助言を仰ぎ、慎重に進めることをおすすめします。