2020年6月4日、Amazonのクラウドインフラ提供部門であるAmazon Web Services(AWS)が、チームコミュニケーションツールで知られる「Slack」と、数年間にわたる戦略的提携を発表しました。
「AmazonがなぜグループチャットのSlackを買収するのか?」と疑問を持たれる方もいれば、「やはりAmazonは次にSlackに目をつけたか」と、意を得た方もいらっしゃるでしょう。今回は、AmazonのM&A案件の事例とM&A方針について解説します。
目次
AmazonのM&A方針の特徴
AmazonのM&Aの方針はキャッシュ・フロー経営を生かして、巨額の投資を積極的に実施する部分にあります。また、限定された分野に関わらず、幅広い分野の企業を買収していくことで、自社の企業規模を広げている点も大きな特徴です。
キャッシュフロー経営を活かしたM&A戦略
キャッシュフロー経営とは、キャッシュを重視した経営のことです。損益計算書に記載される会計上の利益だけでなく、運転資金となる手元のキャッシュの増加を優先する経営手法です。
キャッシュフロー経営を軌道に乗せるためには、キャッシュを営業活動、投資活動、財務活動の3つに分けて、細かく管理していくことが重要になります。さらに、企業の中の大きな意思決定において、キャッシュの増加を優先した経営戦略を立てていくことが必要です。
巨額の積極投資
上述のキャッシュフロー経営により、巨額のキャッシュを保有しているAmazonは、自社を手放す予定のない企業へも破格の資金を投じます。あらゆる策を講じて、その企業とM&Aを成功させるまでに持ち込むのです。
ベビー用品の通販会社「Diapers.com」や、後の項に出てくる「Zappos」は当初、買収を拒否しましたが、Amazonはこれらと同業種の事業を立ち上げて、安く販売し、相手に白旗を上げさせてM&Aを実施しました。
幅広い事業を買収
Amazonがこれまでに買収した事業は、ネット通販やコンピューター機器、ロボット、医療、メディアコンテンツなど、M&Aによりあらゆる分野の企業があります。特定の事業に限らず、幅広い分野の事業を買収している点もAmazonのM&Aの特徴といえるでしょう。
アマゾンがM&Aに成功した企業の上位リスト
次に、アマゾンがM&Aを成功させた企業の上位リストを見てみましょう。
企業名 | 業種・事業内容 | 価格 | 年代 |
ホールフーズ・マーケット | 食品配達 | 137億ドル | 2017年 |
リング | ドアホンの開発 | 12億ドル | 2018年 |
ザッポス | ネット通販 | 12億ドル | 2009年 |
ピルパック | 処方薬のインターネット販売 | 10億ドル | 2018年 |
ツイッチ・インタラクティブ | ビデオゲームの実況など | 9億7000万ドル | 2014年 |
キバ・システムズ | 物流拠点システムの開発 | 7億7500万ドル | 2012年 |
スーク・ドット・コム | ドバイのネット通販企業 | 5億8000万ドル | 2017年 |
クイッツイ | ベビー用品サイト | 5億ドル | 2011年 |
アンナプルナ・ラボ | 新興半導体メーカー | 3億7000万ドル | 2015年 |
ラブフィルム・インターナショナル | DVDレンタル事業 | 3億1200万ドル | 2011年 |
過去最大の買収は、ホールフーズ・マーケットの137億円ですが、それ以外にも多くの買収で1億ドルを超える大規模なM&Aを実施していることがわかります。
次の項では、Amazonが買収した事例について1社ずつ詳しく見ていきましょう。
Alexa Internetの買収(1999年)
「Alexa(アレクサ)」といえば、Amazonが開発したスマートスピーカー「Echo(エコー)シリーズ」に搭載されている人工知能の名称として知られています。
実は、1999年にAmazonが買収した事業のひとつに、「Alexa.com」があります。
Alexa.comは、インターネット関連企業「Alexa Internet(アレクサ・インターネット)」の事業の一つで、Webサイトの利用状況に関するデータを収集、Webサイトがどれだけの人に閲覧されているかを調査しています。
Alexa.comおよびAlexa Internetは、古典古代世界における最大かつ最も重要な図書館として知られるアレクサンドリア図書館が由来です。
AmazonがEchoの人工知能をAlexaと名付けたのは、古代の叡智を司ったアレクサンドリア図書館に由来するだけでなく、音声認識技術である以上、誤認識を回避するために、普段の生活ではあまり使われない「Alexa」という単語を選んだとしています。
膨大なトラフィックデータを収集するAlexa.comを、1999年の時点で買収したことは、20年以上前の時点ですでに、ECサイトを超えて、インターネットの主要インフラとしての存在を確立しようとするAmazonのM&A方針がわかります。
Zapposの買収(2009年)
Zapposは、ネバダ州ラスベガスに本拠地を置く、靴を中心としたアパレル関連の通販小売店です。
同社は、他社が到底真似できないような独自の企業文化を築き、そのサービスは「Amazonが屈服した」「Amazonを震撼させた」と評されるほどです。
2008年には、当初の目標より2年前倒しで売上10億ドルを突破、米フォーチュン誌の「働きがいのある企業100」で15位に選出されています。
Amazonは2009年にZapposの買収を検討しますが、当初提案した買収案が拒否されてしまいます。
そこでAmazonは、1億5,000万ドルの資金を投じ、自社で靴のオンラインストア「Endless.com」を立ち上げます。
キャッシュフローが潤沢にあるAmazonを後ろ盾に、Endless.comはZapposに積極的な価格競争を仕掛け、ついには当初買収に応じなかったZapposを屈服させます。
価格競争の結果、AmazonはZapposを9億4,000万ドルで買収(株式交換)、小売り商品の中でも最も成長する一つとみられていた靴のトップ企業の買収に至るのです。
この事例からわかるように、企業買収のために自社で競合をこしらえ、市場まで独占してしまうAmazonのM&A戦略は、潤沢なキャッシュを活かした「キャッシュフロー経営」があってのものといえるでしょう。
Twitchの買収(2014年)
日本でも近年、「e-sports」が注目されているように、コンピュータゲームプレイの動画配信は世界的に盛り上がりを見せています。
AppleはApple TVへのゲーマー取り込みに躍起で、Sonyの「PlayStaiton 4」やマイクロソフトの「X boxONE」も、プレイ動画を簡単にストリーミング配信できる仕様となっています。
そんななか、Amazonは2014年に、ゲームのライブストリーミング配信のプラットフォームである「Twitch(ツイッチ)」を9億7,000万ドルで買収しました。
買収後はAmazonの動画配信サービスである「Amazon Primve Video」内の「Twitch Prime」として運営しています。
たとえば、『リーグ・オブ・レジェンズ』というゲームのプレイ実況の視聴者数は3,200万人、『ポケモン』全世界同時操作プレイの「Twitch Plays Pokemon」は、世界で8万人が連日視聴するという盛況ぶりです。
AmazonがTwitchの買収にこだわったのが、ゲームを視聴する側、配信する側のゲーマーを支える強固なフレームワークにあったとされています。
これまでにも、ゲームの動画を配信する場としては、UstreamやYouTubeなどがありましたが、画素が粗い、安定性に欠けるといったデメリットがありました。
Twitchはこれら従来のゲーム動画配信の弱点を克服、ユーザーから「安定していて、いつでも見たい動画が配信されている」と評価され、ゲーム配信のみならず、ファン同士がゲームをきっかけにつながる巨大なソーシャルネットワークとしても機能、こんにちの規模の拡大に成功します。
Amazonには自前の動画配信サービスである「Amazon Primve Video」もありますが、Twitchを買収したことで、ゲーム配信部門という「金の卵」を手中に収めたことになります。
Twitchの買収を成功させたことにより、Amazonは動画配信サービスで独走を続けるYouTubeの牙城に迫る勢いを手に入れたと言っても過言ではありません。
Whole FoodsMarketの買収(2017年)
これまでのAmazonのM&Aの中でも、最大規模にして市場に大きなインパクトをもたらしたのが、米スーパーマーケットチェーン大手「Whole FoodsMarket」の買収です。
Whole Foodsは自然食品やオーガニック・フードを中心に取り扱い、「グルメ・スーパーマーケット」と呼ばれるほど、比較的高級志向の食料品小売店として知られています。
2017年6月、Amazonは137億ドルで同社を買収します。
Amazonは近年、リアル店舗への進出も積極的にすすめており、2018年には無人コンビニである「Amazon Go」の1号店をアメリカ・シアトルにオープンしています。
Whole Foodsの買収は、まさにリアル店舗への進出と生鮮食料品分野の販売ノウハウの要となっており、そのもっとも特徴的なサービスが、Amazonプライム会員限定のデリバリー・サービスです。
生鮮食料品やオーガニック・フードの販売および販売ノウハウを持つWhole Foodsと、配送に関しては他の追従を許さないAmazonが提携した食品デリバリー・サービスは、Amazonが仕掛けるOMO(Online marge Offline)戦略のひとつと位置づけられています。
ECサイトでオンライン上の覇権を握ったAmazonが、その知見と経験をリアル店舗にどのように活かし、世界を席巻してくのか、また、OMO戦略でオンラインとオフラインをどのように繋げるのか、業界内外から注目されています。
AWSとSlackの戦略的提携(2020年)
まずは、冒頭で触れたAWSとSlackの提携について考えてみましょう。
AWSは、仮想サーバー構築のクラウドサービスとして有名ですが、ウェブサービスに限らず、多種多様なインフラストラクチャーサービスを提供、世界100万社を超える企業で利用されています。
代表的なサービスとしては、多くのシステムの基盤となる、仮想マシンを実行できるサービスのAmazon Elastic Compute Cloud (EC2)、オンラインストレージサービスのSimple Storage Service(S3)が挙げられます。
他にも、開発者用のプロダクト開発環境テンプレート作成サービスAWS CodeStarや、S3に保存されたメディアファイルを別フォーマットに変換するAmazon Elastic Transcoderなど、2020年現在のサービス数は176個にも及びます。
そんな世界的インフラ企業であるAWSと、ビジネスチャットサービスのSlackの提携は、共通のライバルであるマイクロソフトの「Teams」への対抗意識が如実に現れています。
Teamsは、マイクロソフトオフィスや各種サービスと連携、WordやExcelで作ったファイルを共有したり、ファイルの履歴を管理したり、なおかつ会議の記録を残したりもできます。
もちろん、マイクロソフト社が提供するサービスに限らず、Teamsは各社のアプリやサービスのプラットフォームにもなっており、現在のビジネスプラットフォームの中核を担っています。
つまり、従来のように仕事に必要なアプリやサービスに別個でログインして使用するのではなく、一つのサービスから連携して使えるようになることが望ましいのであり、AWSやマイクロソフトがその「窓口」となるべくリソースを注力しているということは、そこに大きなビジネス価値があるということを意味しています。
Amazonのキャッシュフロー経営がM&A戦略にも活かされている
本の通販サイトから始まったAmazonは、今や「世界中全てのモノ・サービスの販売」を手掛ける巨大企業へと成長を遂げました。
今回のSlackの戦略的提携も、テレワークやリモートワークなど、近い将来に確実に変革するであろう「働き方」を見据えたM&Aであることは明らかです。
オンラインに限らず、オフラインでも、Amazonが「生活必需品」となるまで、巨額の現金を背景とした積極投資は続いていくことでしょう。