無形資産は、企業のM&Aや会計実務において、重要性がますます高まっています。
しかし、特許やブランド、顧客リストといった目に見えない資産の価値をどのように評価すれば良いのか、悩んでいる実務担当者の方も多いのではないでしょうか。
M&Aの場面で必須となるPPA(取得原価の配分)では、無形資産の適切な評価が、後の会計処理や事業計画に大きな影響を与えます。
本記事では、無形資産評価の基本からM&A実務における具体的なプロセス、主要な評価アプローチまで、専門外の方にもわかりやすく解説します。
目次
- 1 無形資産とは?定義と種類
- 2 会計基準における無形資産の定義(IFRS IAS第38号)
- 3 【一覧表】評価対象となる無形資産の主な種類と具体例
- 4 無形資産の評価が重要となる3つの実務シーン
- 5 1. M&AにおけるPPA(取得原価の配分)
- 6 2. 国際税務における移転価格税制への対応
- 7 3. 資金調達・訴訟・組織再編など
- 8 M&Aにおける無形資産評価の全体像
- 9 PPAの目的と意義|会計上・戦略上の重要性とは
- 10 最重要ポイント:「識別可能な無形資産」と「のれん」の区別
- 11 PPAの具体的なプロセス・流れ(5ステップ)
- 12 無形資産評価の3大アプローチを徹底比較|手法の選び方と特徴
- 13 コストアプローチ:再調達コストに基づく評価
- 14 マーケットアプローチ:類似取引事例に基づく評価
- 15 インカムアプローチ:将来キャッシュフローに基づく評価
- 16 無形資産の会計・税務上の取り扱いと注意点
- 17 会計処理①:資産計上と償却
- 18 会計処理②:減損テスト
- 19 自己創設無形資産の取り扱い(研究開発費)
- 20 税務上の取り扱い:償却による節税効果
- 21 まとめ|無形資産評価は企業価値創造の羅針盤
無形資産とは?定義と種類
無形資産の評価手法を理解するためには、まず無形資産とは何かを正確に知る必要があります。
無形資産は、物理的な形を持たないものの、企業の収益力を支える重要な経営資源です。ここからは、国際的な会計基準における定義と、評価対象となる具体的な資産の種類を確認していきましょう。
会計基準における無形資産の定義(IFRS IAS第38号)
国際財務報告基準(IFRS)のIAS第38号「無形資産」では、無形資産を「物質的実体のない識別可能な非貨幣性資産」と定義しています。定義には、資産として会計帳簿に計上するための3つの重要な要件が含まれています。
上記の要件は、後のPPAプロセスでのれんと区別する際の重要な判断基準となるため、把握しておくことが重要です。
| 要件 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 識別可能性 | 企業から分離して売却・譲渡が可能であるか、または契約などの法的権利から生じること | 特許権は法律上の権利であり、顧客リストは分離して売却できるため、識別可能 |
| 支配 | 企業が資産から生じる将来の経済的便益を獲得でき、他者のアクセスを制限できること | 特許技術の使用を他社に制限できる場合や、顧客情報を法的に保護できる場合が該当する |
| 将来経済的便益 | 資産の利用によって、将来的に企業の収益増加やコスト削減が見込まれること | ブランド力による売上向上や、ソフトウェア導入による業務効率化などが挙げられる |
【一覧表】評価対象となる無形資産の主な種類と具体例
無形資産は多岐にわたり、評価実務ではいくつかのカテゴリーに分類して整理します。自社や買収対象企業にどのような無形資産が存在するのかを把握することは、評価漏れを防ぐための第一歩です。
以下に、代表的な無形資産の分類と具体例、企業価値への貢献についてまとめました。
| 分類 | 具体例 | 企業価値への貢献 |
|---|---|---|
| 知的財産 | 特許権、商標権、著作権、意匠権、営業秘密、ノウハウ | 技術的優位性の確保、模倣防止による市場シェア維持、ライセンス収入の獲得 |
| 顧客関連資産 | 顧客リスト、顧客契約、受注残、顧客関係、販売網 | 安定した収益基盤の確保、クロスセルやアップセルの機会創出、解約率の低下 |
| マーケティング関連資産 | ブランド名、商標、ドメイン名、企業名、キャラクター | 高い価格設定の実現、顧客ロイヤルティの向上、新規顧客獲得コストの削減 |
| 技術関連資産 | ソフトウェア、データベース、独自の製造プロセス、Webサイト | 業務効率化によるコスト削減、新製品・サービス開発の促進、品質向上 |
| 人的資本 | 従業員の専門スキル、知識、経験、組織文化、研修システム | 生産性向上、イノベーション創出、顧客満足度の向上、従業員定着率の改善 |
| 契約関連資産 | ライセンス契約、フランチャイズ契約、有利な供給契約 | 安定した事業運営の基盤、市場へのアクセス確保、有利な条件での取引継続 |
| デジタル資産 | 暗号資産、NFT(非代替性トークン)、電子マネー、デジタルコンテンツ | 新たな収益源の創出、顧客エンゲージメント強化、ブランド体験の拡張 |
無形資産の評価が重要となる3つの実務シーン
経理・財務・経営企画担当者であれば、実務において無形資産の評価が不可欠となる場面に直面します。本章では、無形資産の価値評価が特に重要となる代表的な3つのシーンについて解説します。
1. M&AにおけるPPA(取得原価の配分)
M&A(企業の合併・買収)は、無形資産評価が重要となる代表的な場面です。企業を買収した際には、買収価格(取得原価)を被買収企業から引き継いだ資産や負債に公正価値(時価)で配分する会計手続きが求められます。
上記の手続きをPPA(Purchase Price Allocation)と呼びます。PPAを通じて特許権やブランド、顧客リストといった無形資産が個別に識別・評価され、貸借対照表に計上されます。
2. 国際税務における移転価格税制への対応
グローバルに事業展開する多国籍企業にとって、移転価格税制への対応は避けて通れない課題です。移転価格税制は、海外の関連会社との取引価格を意図的に操作し、税率の低い国に利益を移転することを防ぐ制度です。
特に、親会社が持つ特許やブランドを海外子会社が使用する際のロイヤルティ(使用料)設定は、税務調査の主要な対象となっています。ロイヤルティが独立した第三者間で取引される価格(独立企業間価格)とかけ離れていると、追徴課税のリスクが生じます。
そのため、ロイヤルティの妥当性を証明するために、客観的な無形資産評価が必要不可欠です。
3. 資金調達・訴訟・組織再編など
無形資産評価は、M&Aや国際税務以外にも様々な場面で活用されます。例えば、以下のようなケースが挙げられます。
- 知的財産担保融資(ABL):特許権や商標権などを担保として金融機関から融資を受ける際、担保価値を算定するために評価が行われる
- 損害賠償額の算定:特許侵害訴訟などで侵害によって失われた利益やライセンス料相当額を算定する根拠として評価結果が用いられる
- 組織再編:事業譲渡や会社分割など企業の一部を切り出す際に、譲渡対象となる事業に含まれる無形資産の価値を算定する
M&Aにおける無形資産評価の全体像
PPAのプロセスを正しく理解しておくことは、適切な会計処理を行うだけでなく、M&Aの戦略的な成功にもつながります。本章では、PPAの目的から具体的な流れについて、全体像をわかりやすく解説します。
PPAの目的と意義|会計上・戦略上の重要性とは
PPAの目的は、大きく会計上の目的と戦略上の目的の2つに分けられます。
| 目的の側面 | 内容と意義 |
|---|---|
| 会計上の目的 | 企業結合会計基準に基づき、取得対価を被買収企業の資産・負債に時価で配分する。買収後の企業の財政状態を正確に投資家へ報告できる。 |
| 戦略上の目的 | 買収価格のうち、どの無形資産が価値の源泉となっているかを可視化する。買収後の統合計画(PMI)やシナジー創出に向けた具体的な施策を立てやすくなる。 |
最重要ポイント:「識別可能な無形資産」と「のれん」の区別
PPAの実務において、識別可能な無形資産とのれんを明確に区別するプロセスは重要かつ難しいものです。買収価格が評価された被買収企業の純資産(資産-負債)の時価を上回る場合、差額がのれんとして計上されます。
のれんは、個々には識別できない超過収益力や組織のシナジー効果などを表すものと考えられています。
| 項目 | 識別可能な無形資産 | のれん |
|---|---|---|
| 定義 | 企業から分離可能、または法的権利から生じる無形資産 | 買収価格のうち、識別可能な純資産の時価を超過する部分 |
| 具体例 | 特許権、ブランド、顧客リスト、ソフトウェア | 超過収益力、技術力、ブランドイメージ、従業員の士気、シナジー効果など |
| 会計処理 | 個別に資産計上し、定められた耐用年数で償却する | 資産計上し、非償却または一定期間で償却(毎期減損テストが必要) |
| 評価のポイント | 個別の資産ごとに、適切な評価アプローチを用いて価値を算定する | PPAの結果として、差額で算定される(直接評価はしない) |
PPAの具体的なプロセス・流れ(5ステップ)
PPAは、M&Aの契約締結後、通常は1年以内に完了させます。プロセスは専門的な知見を要するため、外部の評価専門家と連携して進めるのが一般的です。
以下に、標準的なPPAのプロセスを5つのステップで示します。
| ステップ | 詳細 |
|---|---|
| 1.情報収集・分析 | M&Aの目的や背景、買収スキームを理解する。 株式価値算定書(Valuationリポート)、M&A契約書、デューデリジェンス資料などを分析する。被買収企業の事業計画や財務予測を入手し、収益構造を把握する。 |
| 2.無形資産の識別 | 収集した情報や被買収企業の経営陣へのインタビューに基づき、評価対象となる無形資産をリストアップする。特に被買収企業の競争優位性の源泉となっている資産(例:独自の技術、強固な顧客基盤)を漏れなく識別する。 |
| 3.無形資産の評価 | 識別された無形資産ごとに、後述する3つの評価アプローチ(コスト・マーケット・インカム)の中から手法を選択し、価値を算定する。各評価手法の適用にあたっては、客観的なデータと合理的な仮定に基づいている必要がある。 |
| 4.会計監査 | 評価専門家が作成した評価リポートや算定根拠を企業の会計監査人に提出し、レビューを受ける。評価の前提条件や計算プロセスの妥当性が検証され、必要に応じて修正や追加説明を行う。 |
| 5.会計処理 | 監査人のレビューを経て確定した評価額に基づき、識別された無形資産とのれんを財務諸表(貸借対照表)に計上する。計上後は定められた耐用年数に基づいて償却を開始し、損益計算書に費用として反映させる。 |
無形資産評価の3大アプローチを徹底比較|手法の選び方と特徴
無形資産の価値を算定するには、国際的に確立された3つの評価アプローチが存在します。手法の選択は、評価対象となる資産の性質や入手可能な情報の量と質によって決まります。
本章では、各手法の特徴を比較し、実務でどのように使い分けるのかを解説します。
コストアプローチ:再調達コストに基づく評価
コストアプローチは、評価対象の無形資産を、現時点で改めて取得または構築する場合に必要となるコストの水準という観点から価値を測定する方法です。考え方がシンプルでわかりやすいのが特徴です。
コストアプローチには、主に2つの手法があります。
- 複製原価法:評価対象とまったく同じものを再現する場合のコストを基準にする
- 再調達原価法:評価対象と同じ機能や便益を持つものを、現在の技術や材料で再現する場合のコストを基準にする
コストアプローチは無形資産が将来どれだけの利益を生むかといった収益性を直接考慮しません。そのため、ブランドや特許のような、企業の超過収益力の源泉となる資産の評価には不向きな場合が多いです。
マーケットアプローチ:類似取引事例に基づく評価
マーケットアプローチは、評価対象と類似する無形資産が市場で実際にいくらで売買されたか、あるいはどのような条件でライセンスされているかといった取引事例を参考にして価値を算定する方法です。客観的な指標を用いるため、説得力の高い評価結果が期待できます。
しかし、無形資産は一つひとつがユニークな性質を持つため、完全に比較可能な取引事例を見つけることは困難です。また、多くの取引は当事者間で非公開に行われるため、信頼できるデータを入手しにくい課題があります。
インカムアプローチ:将来キャッシュフローに基づく評価
インカムアプローチは、評価対象の無形資産が将来にわたってどの程度の経済的便益(キャッシュフロー)を生み出すかを予測し、総額を現在価値に割り引いて算定する方法です。
無形資産の価値は収益獲得能力にあるといった考え方に基づいているため、理論的なアプローチとされています。
PPAにおける無形資産評価では、インカムアプローチが頻繁に用いられます。将来の事業計画や市場予測といった多くの仮定を必要とするため、評価の前提条件の妥当性が重要です。
無形資産の会計・税務上の取り扱いと注意点
無形資産の評価が完了したら、評価結果を会計帳簿に正しく反映させ、後の税務処理を適切に行う必要があります。
本章では、評価後の会計・税務上の取り扱いと、実務担当者が押さえておくべき注意点を解説します。
会計処理①:資産計上と償却
PPAによって識別・評価された無形資産は、貸借対照表の無形固定資産として計上されます。そして、資産が価値を生み出すと合理的に見積もられる期間(耐用年数)にわたって規則的に費用として配分される流れです。
上記の手続きを償却と呼び、償却費は損益計算書に計上され、企業の利益に影響を与えます。耐用年数の決定は、以下の要因を総合的に勘案して行います。
| 決定要因 | 内容 |
|---|---|
| 法的・契約的要因 | 特許権の保護期間やライセンス契約の契約期間など |
| 技術的要因 | 技術革新による陳腐化の可能性(特にソフトウェアなどで重要) |
| 経済的要因 | 市場の変化、需要の変動、競合の出現など |
| 企業の過去の経験 | 類似資産の過去の利用実績など |
なお、ブランドのように耐用年数を確定できないと判断される無形資産は、償却を行わない代わりに毎期減損テストを実施します。
会計処理②:減損テスト
減損とは、資産の収益性が低下し、投資額の回収が見込めなくなった状態を指します。会計上、無形資産の帳簿価額が資産から得られる将来キャッシュフローの現在価値(回収可能価額)を下回る場合、差額を損失として計上する手続きが必要です。
上記の手続きを減損テストと呼びます。特に、以下のような兆候がある場合には、減損テストの実施が求められます。
- 事業環境の著しい悪化(市場の縮小、競争の激化など)
- 資産から生み出されるキャッシュフローの大幅な減少
- 技術の陳腐化による資産価値の著しい下落
のれんや非償却の無形資産については、上記のような兆候の有無にかかわらず、少なくとも年に1回、定期的な減損テストが義務付けられています。
自己創設無形資産の取り扱い(研究開発費)
M&Aで取得した無形資産とは別に、企業が自社で創出した無形資産(自己創設無形資産)の会計処理は、より厳格なルールが定められています。
特に研究開発費については、IFRSでは研究段階と開発段階に分けて処理されます。
| 段階 | 会計処理 | 理由 |
|---|---|---|
| 研究段階 | 発生時にすべて費用として処理する | 将来の経済的便益の流入を立証することが困難なため |
| 開発段階 | 一定の厳格な要件をすべて満たす場合に限り、無形資産として資産計上できる | 技術的な実現可能性や市場の存在などが証明され、将来の収益貢献が見込めるため |
日本の会計基準では研究開発費の資産計上要件が非常に厳しいため、多くの企業のバランスシートには本来、価値があるにもかかわらず技術やノウハウが資産として計上されていないのが現状です。
税務上の取り扱い:償却による節税効果
税法上、無形資産の償却費は損金として算入できるため、課税所得を減らし、結果的に法人税の負担を軽減する効果があります。償却に伴う節税効果(Tax Amortization Benefit / TAB)も、無形資産の価値を構成する重要な要素です。
インカムアプローチによる評価では、節税効果の現在価値を算出し、無形資産の評価額に加算するのが一般的です。例えば、ある無形資産が生み出す税引前キャッシュフローとは別に、償却による節税額もキャッシュフローの一種と捉えて評価に織り込みます。
上記の節税効果の有無や計算方法は国の税制や資産の種類によって異なるため、税務の専門家との連携が不可欠です。
まとめ|無形資産評価は企業価値創造の羅針盤
無形資産の評価は、専門的な知識が求められる複雑な分野ですが、本質を理解しておくことは、経理・財務や経営企画に携わる実務担当者にとって不可欠です。
目に見えない資産の価値を可視化し、M&Aの成功確率を高め、ひいては企業の持続的な成長を導くための羅針盤となるためです。本記事が、その羅針盤を読み解くための一助となれば幸いです。
M&AアドバイザリーとしてM&Aに関連する一連のアドバイスと契約成立までの取りまとめ役を担っている「株式会社パラダイムシフト」は、2011年の設立以来豊富な知識や経験のもとIT領域に力を入れ、経営に関するサポートやアドバイスを実施しています。
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