IT業界ではM&Aが度々行われています。そのため成功したM&Aだけでなく、上手くいかなかったM&Aもあるのです。
そこで今回の記事ではこれまでに締結された様々なM&A事例を紹介し、成否について解説します。さらに近年人口増加が顕著な福岡県で活躍する企業が関わったM&A事例も合わせて紹介します。
## 1. IT企業によるM&A事例10選
IT企業によるM&Aは毎年多数行われています。なぜならIT企業は時代の変化が早いため事業の拡大や成長には自社の能力だけでは追いつかないからです。そこで今回はこれまで上場企業で行われたM&Aを10件紹介します。
### (1) NTTがNTTドコモを完全子会社化
2020年は日本の経済史に残るM&Aがありました。それはNTTが子会社であるNTTドコモを完全子会社化したことです。9月29日NTTはNTTドコモに対してTOB(株式公開買い付け)をすると発表しました。買付総額はおよそ4兆2000億円で、史上最大級の規模です。そして11月16日の期限においてTOBの条件が成立しました。
こうしてNTTドコモはNTTの完全子会社となり上場廃止となりました。その後NTTドコモは格安の携帯電話サービスを発表するなど急ピッチで攻めの経営に転じているのです。
### (2) ZHDが総合力を高めるM&A(LINE・ZOZO)
ZHDはソフトバンクグループに属する持ち株会社です。かつてはYahoo! Japanを運営するヤフー株式会社であったところを2019年、持ち株会社に移行しています。そして同社は立て続けに大規模なM&Aを実行したのです。
1つめは2019年9月、ZHD(当時ヤフー株式会社)はファッションECサイト運営大手のZOZOに対してTOBを実施したことです。この統合も若い客層の強化を図りたいZHDと次なる成長戦略に欠いていたZOZOの思惑が一致しました。
この結果ZHDは20年3月期末決算において売上高1兆円を初めて超えることになったのです。
2つめは2019年11月、同社はLINE株式会社との経営統合締結を発表しました。両社はインターネットポータルサイト大手と国内SNS大手です。両社は協業することで成熟した国内市場で満足せず、世界で戦えるITサービス企業に成長する方向性を示しています。
両社の経営統合は2020年12月にZHDからのTOBでLINEが上場廃止となり、2021年3月に実現。
### (3) 楽天による金融機関3社の買収
近年、SNSなどで若い人たちが「楽天経済圏」と呼ばれる表現をすることが見られます。これは買物や金融など経済活動を楽天グループ企業で行うことでお得な生活をする手法です。楽天はこれまで様々なM&Aで成長してきました。そしてこれほどまでに認知度が高まったのは経済活動の中核である金融機関のM&Aにも力を入れてきた結果です。
1つめは2003年に行われたDLJディレクトSFG証券の子会社化です。この子会社化によって名称を楽天証券に変更しました。そして今やネット証券大手の一角として支持を得ているのです。
2つめは2004年に行ったあおぞらカードの買収です。これによって楽天はカードローン事業に参入しました。そして楽天カードはユーザーの間で楽天経済圏の中核をなすツールとして地位を得ています。
そして楽天は2009年、ネット専業銀行大手だったイーバンク銀行を買収しました。こちらも今は楽天銀行と名前を変えて楽天証券と相乗効果を上げているのです。
### (4) サイバーエージェントはメディア企業を目指すためにプロレス会社を買収
インターネット広告事業大手のサイバーエージェントは2017年にプロレス会社DDTプロレスリングを買収しました。DDTは既存のプロレスとは違った手法で試合を行うことで人気のあるプロレス団体でした。
このM&Aではサイバーエージェントが次なる事業として投資しているメディア事業が大きく関わっています。ネット通信を用いた動画配信事業はその将来性が期待されているのです。同社はメディア事業を独自性のあるコンテンツをそろえることで業界内での地位を高める狙いがあります。そして2020年9月期末ではメディア事業で570億円の売上に達しているのです。
### (5) エス・エム・エスはM&Aによる事業拡大に成功
エス・エム・エスは医療/介護業界を中心に情報サービスをしている会社です。2003年の設立にもかかわらず、2020年現在海外も含めて40社以上のグループ企業が展開しています。同社がこのような成長を遂げることができたのは積極的なM&A戦略が功を奏しているからです。
同社は看護師や看護学生から支持を得ている通販サイト(2011年)や求人サイト(2009年)を買収し、顧客の導線を構築しました。また地域医療連携システムの会社を買収し(2015年)業界のネットワークにも関与することで販路を広げていったのです。
また海外展開もM&Aを積極的に行っており、アジア/オセアニア地域での営業基盤を固め続けているのです。
### (6) エイチームによるIncrementsの買収
エイチームは名古屋に本社を置くインターネットゲームと各種比較サイトの運営を手がける企業です。同社は2017年、Increments社を14億5000万円で買収し完全子会社化しました。
Increments社はプログラマー間の情報共有コミュニティサイト「Qiita」を運営しています。Qiitaは毎月250万人がアクセスするサイトとして国内最大級のサイトです。エイチームはQiitaの技術を自社のエンジニア間の技術向上に活かせると考え、買収を実行しました。
その後エイチームは一時業績を伸ばしたものの、2019年、2020年と売上が伸び悩んでいます。新型コロナの影響も含まれますが、M&Aの成否は答えが出ていないようです。
### (7) カヤックのe-sportsと地域密着事業へのM&A
カヤックは神奈川県鎌倉市に本社を置く、Web関連のコンテンツ制作/企画や運営を行う会社です。自らを面白法人と呼び、地域を活性化できる面白い事業を幅広く展開しています。
同社は2017年に2つのM&Aを行いました。1つはe-sportの企画運営などを行うウェルブレイドと資本業務提携です。そして2つめは、福岡県八女市にある八女流域資本株式会社の子会社化です。これらは同社が求めるゲーム事業と地域創生事業を推進する原動力になっています。
### (8) ミンカブ・ジ・インフォノイドは総合金融サービスへの布石
ミンカブ・ジ・インフォノイド(以下ミンカブ)は「みんなの株式」や「株探」の運営と金融機関向けに経済/金融情報を提供するサービスを行っている会社です。同社は2019年3月の株式上場後、2つのM&Aで子会社化を実行しました。
1つめは2019年12月にProp Tech plus㈱の子会社化です。同社はREITなど不動産ファンドを対象にした情報提供を行っています。これによってミンカブは株式や投資信託だけでなく、不動産投資の分野でもサービス提供できる体制を整えたのです。
さらに同社は2020年、ロボット投信株式会社の子会社化を実施しました。ロボット投信は投資信託の運用や販売において業務効率化が期待されているのです。これによってミンカブはすでに保有している自社データベースを活用しながら、事業の拡大を目指しています。
なお同社の業績は上場後も売上を伸ばし続けており、M&Aは順調に成果をあげています。
### (9) グリーはゲーム開発会社を高値で買収
グリー(GREE)はゲームを軸としたソーシャルネットワークサービスを展開している会社です。同社は2012年スマホゲーム開発会社のポケラボを138億円で買収し、子会社化しました。当時ポケラボは人気のスマホゲームを連発しており、グリーはゲーム開発が強化されると見込んだのです。そして2012年6月期末では過去最高の売上と利益になりました。
ところが買収後スマホゲームの流行が転換してポケラボの業績が落ち込んだのです。その結果、2015年6月期末は減収となり、約103億円の赤字となりました。そして現時点(2020年12月)でも最高益を更新することができていないのです。
### (10) リブセンスは事業譲渡で苦戦
リブセンスは成功報酬型の求人サイトで成長したIT企業です。同社は2019年、2020年にかけて2つの事業を売却しました。
1つはDOOR賃貸と呼ばれるサイトです。DOOR賃貸は同社の成功報酬型ビジネスモデルを不動産賃貸情報に取り入れました。2010年から始めた事業は順調に成長していたのです。これを同社は2019年10月、株式会社キャリアインデックスに譲渡することを決議しました。
もう1つは2020年3月、同社が運営していたサイト「就活会議」をポート株式会社に譲渡したことです。就活会議は就職活動をする新卒学生向けに自分に合った就職先を探すサイトとして人気がありました。
同社はより収益性のあるビジネスモデルの開発に専念するためにこれら事業を売却しました。しかし収益源を減らしたところに新型コロナの影響を受けて厳しい業績となっているのです。
## 2. 福岡IT企業によるM&A事例
人口減少が懸念されている日本において、福岡県は数少ない人口増加県の1つです。福岡県はアジア地域へのアクセスの良さと国際空港と都心部が近接しているメリットがあります。そのため福岡を拠点にして成長しているIT企業もあるのです。
そこでここからは福岡を拠点にしているIT企業に近年起こったM&Aの事例について解説します。
### (1) メディアファイブがジュピタープロジェクトから受けた資本業務提携
メディアファイブは福岡に拠点を置く、SE派遣とソフト開発を行う会社です。同社は2018年10月、インターネットセキュリティシステムを提供するジュピタープロジェクトから株式の大量保有報告を受けました。さらにジュピタープロジェクトはメディアファイブに対して資本業務提携を持ちかけたのです。
提携内容について公式には明記されていません。しかしジュピタープロジェクトからの役員の派遣など人的な交流や情報共有などの提案があったと推測されます。
これに対してメディアファイブは協議し2019年1月に協業は行わないことをジュピタープロジェクトに回答したのです。そしてジュピタープロジェクトはメディアファイブの株式を売却し撤退しました。
### (2) システムソフトによるレンタルオフィス事業fabbitの買収
システムソフトはシステム開発とWebマーケティングを行う会社で、福岡に本社があります。同社は2020年11月にスタートアップ支援とコワーキングスペースを運営するfabbitに対して吸収合併を行うことが決議されたのです。
両社はともにAPAMAN傘下の企業としてすでに協業体制ととっていました。そしてfabbitがシステムソフトの傘下になることでより効率的な運営ができると期待されています。
## 3. 事例を知ることはM&Aの判断材料として有用
IT企業が関わるM&Aの事例は多数あります。今回紹介した事例では双方の経営戦略にそったM&Aはいずれも成功しています。しかし業界の変化に遅れをとったM&Aや新型コロナなど外部環境によっては順調に進まなかったケースもあるのです。
当然ですがM&Aはビジネスへの投資です。そのため成功するケースばかりではありません。しかしこれら過去の事例を振り返ることでより精度の高いM&Aができるのではないでしょうか。