企業が開発拠点を海外に置くオフショア開発。現在では珍しくありませんが、2007年頃からIT企業を中心に、優秀な人材が安い人件費で製品やプログラムを開発できるため、特に人件費や地価の安いベトナム、マレーシアなど東南アジアへの進出は盛んに行われてきています。
現在もITだけではなく、製造業や金融などが海外進出をしていますが、今回はITのオフショア開発に限定して、M&Aの動向なども併せながら解説していきます。
## 1. ITオフショア開発とは
ITオフショア開発とは、IT開発の業務を人件費の安価な海外の企業に委託することです。
オフショアを英語にすると「Off Shore」。直訳にすると「岸の外」となりますが、ビジネス用語では「海外」という意味で用いられます。ちなみに、魚釣りでも「オフショア」という言葉は使われていて、船舶で海に出て釣りをするときなど、「オフショア=離岸する」というニュアンスで用いられています。
ITオフショア開発という言葉は、2000年代後半から聞かれるようになりました。実際は、1980年代から日本企業が開発費の削減のため、当時、圧倒的に人件費の安い中国に開発を依頼するようになってきていて、人件費が安く開発力のある人材が揃うアジア各国に日本企業がどんどん進出してきたことが始まりです。
2010年前後になると、2011年に1ドル76円台という日本円が過去最高値をつけたように空前の円高になりました。円高になると、日本にとってより安価な経費で海外での生産や開発を行うことが可能になります。さらにその頃、東日本大震災後の不安定な経済状態もあり、より一層オフショア開発に拍車がかかりました。
もちろん現在においても、発展途上国と言われる各国の人件費は上がってきていると言えども、日本企業の人材不足は深刻な問題となっていることもありITオフショア開発は盛んに行われています。
オフショア開発のメリット・デメリットについてはこちらの記事で詳しく解説されています。
合わせてご確認ください。
参考:オフショア開発とは?メリット・デメリットから最新動向まで解説 | Kredoオンラインキャンプ
## 2. オフショア開発の問題点・デメリット
オフショア開発はコスト面、豊富な人材などメリットは多くある一方で、いくつかの問題点・デメリットもあります。
### (1) 高騰するIT人材の人件費
下の資料は、2016年に経済産業省がIT関連産業の給与等に関する実態調査をした結果です。
*経済産業省HPより
> IT人材の平均年収は、日本では約600万円であるのに対してタイは3分の1の約200万円、ベトナムにおいては100万円以下となっています。
> しかし、ITオフショア開発として2000年代に注目されていた中国は400万円近く、インドにおいては日本のIT技術者の年収と大きく差はありません。このように、人件費が安いと思われていた発展途上国も、次々に人材が育ち、優秀な技術者の人件費は高くなります。
そればかりか、国全体の物価の上昇も後押ししているため、海外に開発拠点を築いた当初に比べると人件費が高騰してしまい、撤退を余儀なくされたケースも多くあるようです。
### (2) コミュニケーションの問題と技術者の精神的疲弊
開発プロジェクトには、密なコミュニケーションは必要不可欠。オフショア開発の一番の弱点とも言われるのがこのコミュニケーションの不足です。
言葉も文化も国民性も違う彼らとの共同作業は、えてして考え方や働き方の相違によりトラブルが発生します。開発者が求める範囲のルールを設定しても、なかなか解消されるものではありません。
開発される製品が優れているか、納期は守れるか、連絡・相談の基本的なコミュニケーションはとれるかなど、パーソナリティが引き起こす問題は付き物となります。
また、オフショア開発における技術者は彼らにとって他国のサービスを開発することになるため、制作物を身近なサービスとして実感することができないことから、精神的な疲弊を感じるようになるという調査結果もあります。
当然、エンジニアは労働の対価として金銭を授受するのですが、常に達成感を求めて仕事をこなす彼らは自分自身の開発した制作物が身近に感じることができません。世界的なサービスの開発でない限りは達成感を得るのはなかなか難しいでしょう。
これらのように文化や言葉、生活圏が全く異なることが起因して、オフショア開発は失敗するケースも多く見られています。
## 3. ITオフショア開発で成功するためのオフショア企業
開発オフィスとして海外に拠点を持つのは前述のようなリスクが伴いますが、現在は中国、ベトナム、フィリピンなどに複数の日本企業からの業務を受託するアウトソース専門の開発企業も増えてきています。
彼らは、日本企業のニーズをある程度理解しており、実績としていろんな分野のIT開発の経験を持っています。中には社内に日本人オペレーターが在籍しているオフィスも多くなってきました。
アウトソース専門の開発企業はこの他にも、開発に必要な仕様書の翻訳スタッフ、納期を確実に守るための管理者の在籍など、オフショア開発のデメリットを解消するための人材を揃えて、プロジェクトの一部だけの受注も請け負うので短期的なオフショア開発もスムーズに実現することが可能です。
このようなオフショア企業を利用するには、オフショア企業とのマッチングを仲介するサービスが利用されます。クラウドソーシングと類似したサービスですが、自社もしくは関連会社や子会社など傘下のオフショア開発部署を持たない日本企業の多くは、このマッチングのサービスを使うようになっています。
仲介手数料が発生しますが、確実に開発を進めるために近年ニーズは高まってきています。
## 4. ITオフショア開発のM&Aの動向
業者を介した開発専門のオフショア企業の利用が盛んになっている一方で、ITオフショア開発のM&Aも注目されています。そもそもIT企業自体のM&Aの件数は、当サイトのコラムでも以前解説している通り(参考リンク→【日本で増加しているIT企業のM&Aのその現状と背景を解説します】)、国内でも年々増加していますが、海外の開発オフィスを買収するという事例も増えてきているのです。
それでは、どの国のITオフショア開発のM&Aが多く行われているか見てみましょう。
### (1) ITオフショア開発のM&Aはベトナムが最も多い
ITオフショア開発でもっとも注目されているベトナムが当然にしてM&Aの件数でも一番多くなっています。2012年にはNTTデータの子会社である英国NTT DATA EMEAが、IFI Solition Joint Stock CompanyというベトナムのIT企業の発行済株式を100%取得したように、中小企業だけでなく大企業もベトナムのオフショア開発企業を買収した例も多くあります。
何故、ベトナムが最もオフショア開発の拠点として注目されているかというと、オフショア開発のデメリットである文化的な部分が大きく作用しています。
ベトナムは親日家が多く、2017年に天皇・皇后両陛下が訪問するなど関係は良好。日本語を学んでいる技術者も多く、国全体でITオフショア開発を推し進めていることも理由としてあります。技術者の人件費も6分の1以下です。
ただ、首都ハノイ市やホーチミン市に関してはここ数年で賃金が急上昇しており、オフショア開発に必要な人件費の上昇も進んでいます。それでも、他のオフショア開発に適した国々に比べると、高い技術力に対して賃金も安くオフショア開発にもっとも魅力的な国です。
ベトナムの次にITオフショア開発のM&Aが多く行われているのはフィリピンです。タガログ語と英語を公用語としていて、国民の9割は流暢な英語を話します。発音は少し変わっているイメージですが、しっかり教育を受けている技術者は綺麗な英語を話します。
もちろん、技術者の人件費もベトナムほどではありませんが格安。時差も1時間と少なく、成田空港からも4時半と比較的近いのも魅力の一つと言えそうです。
ただ、フィリピン人は家族を最優先する文化があるので、納期を守れない・納品に欠陥があるなどトラブルが見られることも。
ベトナム、フィリピンがオフショア開発が盛んなので必然的にM&Aの件数も多くなるのですが、以前までオフショア開発で人気のあった中国やインドはオフショア開発には向かなくなってきています。
理由としては、やはり人件費の高騰です。人件費はほとんど日本と変わらないので、オフショア開発の最大のメリットである人件費削減がなかなか実現しません。
しかし、アメリカにとってはインドがオフショア開発の最も盛んな国になっています。理由としてはインドのIT技術が非常に高く、かなり前からアメリカのオフショア開発先として人気でした。公用語はヒンディー語ですが、イギリスの植民地だったことから英語が第二公用語として使われていることも中国よりも人気になっている理由の一つと言えるでしょう。
ただ、インドと中国に関しては、技術者の人件費が高騰しているということからも、今後はオフショア開発を受託する側から委託する側に変遷すると考えられています。
## 5. 今後のITオフショア開発のM&Aはどうなるか
2018年の日本貿易振興機構(JETRO)のデータでは、日本企業によるベトナム企業への投資認可額は日本が1位となっていて、年々増加傾向にあることが分かっています。ITオフショア開発に限定してもM&Aは同様に増えており、今後も盛んに行われるでしょう。
ベトナムだけでなくオフショア開発が盛んなフィリピンや、現在東南アジアの中でも人件費が特に安いと言われているミャンマーなども日本、アメリカ、ヨーロッパ各国などからの投資が今後はより活発化するはずです。
もちろん、M&Aが活性化すれば、将来的には買収額も上がっていくため、大企業に比べて資金力の乏しい中小企業にとっては参入が難しくなるかもしれません。さらに、オフショア開発が盛んな国ほど技術力の向上も国の経済成長も著しいので、今後の平均的な買収額は上がっていくことは間違いなさそうです。
一方で国内のIT技術者の人材不足は深刻な問題となっており、少子化が進んでいる現状、今後も人材不足は解消されないと考えられています。優秀な技術者が豊富なオフショア開発企業を買収することは、経費削減だけでなく人手不足解消の目的もあることから、ITオフショア開発の買収はデメリットさえ克服すれば成功する可能性が高いと言えそうです。
人件費の削減に成功しなくても優秀な人材を確保できますし、たとえ総合的に見て失敗だったとしても、今後M&Aが盛んに行われるのであれば売却益を獲得できるかもしれません。
オフショア開発の活用方法についてはこちらの記事で詳しく解説されています。
合わせてご確認ください。
参考:【2022年】オフショア開発の活用方法とは?メリットやデメリットをご紹介! 株式会社 ObotAI