M&A

個人株主がM&Aで検討する必要のある所得税(株式譲渡、退職金、みなし配当など)

個人株主がM&Aを行う場合、所得税において様々な論点があります。株式譲渡、退職金、みなし配当など注意が必要な点がありますので、具体例を交えながら解説していきます。

1. 株式譲渡にかかる所得税の基本

株式譲渡にかかる税率は20.315%です。内訳は所得税15%、住民税5%、特別復興所得税0.315%となります。特別復興所得税は、2011年の東日本大震災の復興のためだけに使う税金として設定されています。

株式譲渡にかかる所得税は以下の計算式により計算することができます。
課税所得金額=譲渡収入金額―(取得費+付随費用)
株式譲渡にかかる所得税=課税所得金額×20.315%

具体的な数字例を元に計算式に当てはめてみましょう。1,000万円の資本金、株式100%を保有しているオーナー会社を第三者に1億円で売却したケースです。付随費用としてM&A仲介会社に500万円を支払ったものとします。

課税所得金額 = 1億円―(1,000万円+500万円)
       = 8,500万円
株式譲渡にかかる所得税 = 8,500万円×20.315%
            = 1,727万円

株式譲渡にかかる所得税は、分離課税と呼ばれる課税方式を取っています。そのため、他の給与所得や事業所得と所得通算することはできません。また、給与所得などは所得金額が多くなれば多くなるほど、税率が上がる累進課税方式ですが、株式譲渡にかかる税率は異なります。いくら稼いでも毎回、20.315%の税率となります。

2.みなし贈与課税

個人株主が個人に対して、時価よりも安い価格、もしくは無償で譲渡した場合、みなし贈与課税がかかる場合があります。

先ほどの事例で、1億円で売却するのではなく、0円で個人へ売却したケースを考えてみましょう。

課税所得金額 = 0円―(1,000万円+500万円)
       = ▲1,500万円
株式譲渡にかかる所得税:0円

0円で譲渡するケースでは課税所得金額は発生せず、所得税は発生しません。一方、株式を譲り受けた個人については、1億円相当する株式を0円で取得できたわけですので、利益が発生していると考えることができます。

贈与税の場合、累進課税方式が採用されているため、4,500万円超の贈与では55%の税率となってしまいます。上記のケースでは基礎控除があったとしても、およそ5,000万円程度の贈与税支払が必要です。

無償譲渡や低額譲渡を個人に対して実施する場合は、受け取る相手方の税務面も考慮する必要があると言えます。

3. 退職金にかかる所得税

オーナー会社でその家族が従業員として勤務している場合や社長自らに対して、自社を売却する前に退職金を支払うケースがあります。買い手の立場からすると、退職金による現金の社外流出が起こるため、株式譲渡価格が安くでき、M&A仲介手数料などの付随費用が安くなる可能性があります。

株式売却を行うオーナー会社の社長の立場からすると、家族全体で退職金と株式売却金額の2種類の現金を得ることができます。退職金と株式売却金額の税務は、大きく異なっているので注意が必要です。

退職金の課税所得は以下の計算式で計算します。
退職金の課税所得 = (収入金額―退職所得控除)×1/2

退職所得控除は勤務年数によって異なっており、以下のとおりです。 勤務年数20年以下:40万円×勤続年数
勤続年数20年超 :800万円+70万円×(勤続年数―20年)

例えば、勤続年数21年の退職所得控除は以下のように計算されます。
退職所得控除 = 800万円+70万円×(21年―20年)
       = 870万円

退職金が2,000万円だった場合には、退職金の課税所得は下記のとおりです。
退職金の課税所得 =(2,000万円―870万円)×1/2
         = 565万円

退職金の課税所得の計算上、最後の計算式に1/2が入っていることに注目してください。退職金は老後の生活資金となるため、一括で課税されると生活に支障が出てしまう恐れがあります。また、20年超勤務した場合は退職所得控除の額も優遇されており、長期間働けるよう、税法面で考慮されています。

退職金の課税所得を計算した後は、最後に税率を乗じて控除額を差し引くことで、最終的な退職金の所得税を計算します。退職金の税率は累進課税となり、最低税率は5%、最高税率は45%です。

令和2年度分所得税の税額表は国税庁のホームページに開示されています。 https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/02_3.htm

退職金の課税所得が565万円の場合、税率は20%、控除額は427,500円です。そのため、退職金を受領したことによる所得税は以下のとおりです。
退職金の所得税 = 565万円×20%―427,500円
        = 70万2,500円

退職金2,000万円を受け取っても、所得税は約70万円となり、他の所得と比べて優遇されていることが分かります。

4. 個人株主にかかるみなし配当

みなし配当とは、会社が自己株買いや合併など個人株主にお金が配分される場合に発生することがあります。みなし配当は厳密にいうと配当ではありませんが、実質的には法人の利益配分に当たるため、税法上でも配当金と同様に取り扱われます。

みなし配当の詳細は下記の過去記事をご参照ください。 https://paradigm-shift.co.jp/column/158/detail

みなし配当の個人株主への影響は、みなし配当の金額から源泉徴収を引かれるという点です。例えば、みなし配当の金額が1,000万円であれば源泉徴収20.315%(上場企業のケース)にあたる約203万円が差し引かれた形で入金されます。

みなし配当は配当所得となり、分離課税の方式を取っているので基本的な税金計算はこれで終了です。みなし配当の金額自体も、自己株式取得や合併を行う法人側で計算することになっています。

みなし配当については、税金の計算自体は簡易で個人株主側でやるべきことはほとんどありませんが、配当所得として所得税がかかっている点だけは認識しておくようにしましょう。

5.その他実務上の留意点

以上、個人株主がM&Aをする際に検討する必要のある主要な論点を解説してきました。ここからは実務上留意が必要で間違いやすい論点を3つ見ていきましょう。

(1)納税時期

個人株主が自社株を売却した場合に発生する所得税は、翌年の確定申告の時期に支払うこととなります。例えば2020年1月に株式売却を実施した場合、実際に所得税を納税する時期は、2021年2月~3月となります。

売却によるキャッシュを多額に得る一方、納税が1年以上先だと、納税のことを忘れてしまいがちです。納税のための資金を忘れないよう資金繰りに注意するようにしましょう。

(2)節税方法

個人株主が株式売却をした場合、その所得は分離課税により計算されます。つまり、他の所得で赤字が出ていたとしても、株式売却にかかる所得と損益通算して節税を図ることができません。

例えば株式売却による所得が1億円、事業所得が▲5,000万円だった場合、1億円×20.315%の約2,000万円が所得税として納税しなければなりません。

一方、法人を設立して子会社株式を売却した際は、売却損益と事業の赤字を損益通算することができます。この場合、所得税ではなく法人税として納税することとなります。

ただし、法人税と所得税の税率が異なることから、損益通算できるから法人の方が必ず有利になるとは限らない点は留意が必要です。税務シミュレーションを適切に実施し、どのような経営組織体制とするか判断しなければなりません。

結論として、様々な事業を営んでおり、将来M&Aによる株式売却益を得られる可能性がある、または計画している場合には、事業開始時から個人事業主でなく、法人設立しておくという選択肢があります。

(3)売却損が出た場合

個人株主がM&Aを実施する際、基本的には株式売却益が出るケースがほとんどでしょう。一方、債務超過の会社を1円で売却するケースなど、売却損が出る場合も考えられます。

株式売却損が出た場合、所得税は当然にかかりません。上場株であれば売却損は3年間繰り越すことができ、将来の株式売却益と損益通算させることで節税を図ることができます。

未上場株式の売却損は、原則としては繰り越すことができない点は留意が必要です。ただし、特定中小会社の発行株式に係る譲渡損失については、一定の要件を満たす限り、3年間繰り越すことができます。

特定中小会社とは、エンジェル税制の対象となる株式を発行する会社です。エンジェル税制はベンチャー企業への投資を促すための制度ですが、自社がベンチャー企業に該当する場合には、譲渡損失を繰り越せる点、覚えておきましょう。

6. まとめ

以上、個人株主がM&Aで検討すべき事項として、株式譲渡所得の基本、みなし贈与課税、退職金、みなし配当、その他実務上の留意点を解説してきました。

M&Aのスキームより個人株主に関する税務は、大きく異なってくることが分かります。個人のM&Aは、個人としては多額の金額が動くことになるため、税金も大きくなりがちです。

そのため、M&Aを検討・実行する前には、必ず税務面も確認するようにしてください。後になってから「こんなに税金がかかるものなのか」、「税金を支払うことを忘れてしまった」では、対処の仕様がありません。

顧問税理士やM&Aに詳しい税理士に相談のうえ、事前の税務検討から実際の確定申告まで行うことが重要となります。

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