M&Aにおいて、株式譲渡契約書の内容の一つに、近年、アーンアウト(条件付き取得対価)が付される場合が多くなってきています。
アーンアウトの概要、メリット・デメリット、会計処理・税務処理について、具体的な事例を用いながら分かりやすく解説していきます。
1. アーンアウトとは
アーンアウトとは、買収の条件対価をあらかじめ定められた条件達成の場合に、分割して支払うことを約束することを言います。例えば、A社株式を100%、1億円で取得する場合を例にとります。
初回取引で3,000万円、1年後に利益1,000万円を達成することを条件に3,000万円の追加支払、2年後に利益2,000万円を達成することを条件に4,000万円を支払うといった契約がアーンアウト契約です。
2.アーンアウトのメリット・デメリット
アーンアウトのメリット・デメリットは、以下のとおりです。
(1)買い手側のメリット
・M&Aの売り手側の経営者のモチベーションの維持が出来る
・買収資金を一括で支払う必要がなくなる
・買収対象企業のリスクをある程度把握することが出来る
(2)買い手側のデメリット
・想定していた買収金額よりも高くなる可能性がある
・何らかの事情により代金の支払いが困難となる
・交渉にかかる時間が増える
(3)売り手側のメリット
・業績を上げれば一括で買収資金を受け取るよりも多くの資金を受け取ることが出来る可能性がある
(4)売り手側のデメリット
・M&A成立時点で受け取れる買収金額が少なくなってしまう
それぞれのメリット・デメリットの詳細な解説は、過去記事をご参照ください。
アーンアウトとは? その効果と注意点について解説
https://paradigm-shift.co.jp/column/44/detail
3.アーンアウトの会計処理(日本基準)
アーンアウトに関する日本の会計基準は、企業結合会計基準第27項1号に以下のように定められています。
【条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合には、条件付取得対価の交付又は引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれん又は負ののれんを追加的に認識する。】
1章で出てきた事例をもって解説していきます。
■前提
A社株式、100%を1億円で取得。A社の純資産を1,000万円、のれん償却期間を5年とします。
初回取引:3,000万円の支払
2回目:1年後に3,000万円の支払(1年後の利益1,000万円以上の達成が条件)
3回目:2年後に4,000万円の支払(2年後の利益2,000万円以上の達成が条件)
(1)初回取引
連結上、のれんの計上は初回取引3,000万円をベースに計算します。
3,000万円―(1,000万円×100%)=2,000万円
のれん償却費は以下のとおりです。
2,000万円÷5年 = 400万円
1年後、2年後にそれぞれ3,000万円、4,000万円の支払可能性がありますが、初回取引時にはこの分ののれんは認識しません。
(2)2回目取引
1年後のA社の利益が1,000万円を達成した場合、アーンアウト契約に基づき3,000万円の支払義務が生じます。 つまり、のれん3,000万円の追加計上が必要です。
追加計上されたのれん償却は、企業結合会計基準第27項1号注4にて、以下のように処理されます。
「企業結合日時点で認識されたものと仮定して計算し、追加認識する事業年度以前に対応する償却額及び減損損失額は損益として処理する」
2回目取引後ののれん償却費は以下のように計算します。
初回取引分:2,000万円÷5年=400万円
2回目取引分:3,000万円÷5年×2 = 1,200万円
合計:1,600万円
結果としてのれん残高は以下のようになります。
初回取引分:2,000万円―(400万円×2年分)=1,200万円
2回目取引分:3,000万円―(600万円×2年分)=1,800万円
合計:3,000万円
初回取引時にアーンアウト分含めて5,000万円支払った時と、のれん償却費とのれん残高が一致することが分かります。
なお、3回目取引も2回目取引と同じ会計処理を行います。アーンアウト条件を達成できなかった場合は、特段の会計処理は必要ありません。
4.アーンアウトの会計処理(IFRS)
IFRSの場合、日本基準と大きく異なる会計処理を行います。IFRSの会計基準では、以下のように定められています。
【取得企業は条件付対価の取得日公正価値を、被取得企業との交換で移転された対価の一部として認識しなければならない】
同じ事例を前提にすると、初回取引時にアーンアウト分を含めた全額ののれん計上が求められます。
計算を簡易にするため、アーンアウトの条件達成見込が高く、取得日公正価値=アーンアウト分含めた1億円としています。
初回取引時にアーンアウト分含めたのれん9,000万円を計上しますが、2回目取引分の条件達成時には、すでにのれんは計上済みであるので連結上の会計処理はありません。
仮にアーンアウト条件を達成できなかった場合、アーンアウトの支払をする必要がなくなり、該当するアーンアウト金額を公正価値の増加として純損益として認識します。
例えば、2回目取引分の条件達成ができなければ、3,000万円を純損益に計上する必要があります。
のれん償却に関しては、IFRSではのれん償却は行われず、毎年1回以上の減損テストの対象となるのみです。
5.アーンアウトの税務処理
アーンアウトの税務処理で論点になる点は、(1)収入計上時期、(2)所得区分の2点あります。それぞれ詳細を見ていきましょう。
(1) アーンアウトの収入計上時期
アーンアウト分の収入計上時期がいつになるかが論点となりますが、原則的な処理としては、「アーンアウト条件の達成時」となります。
一方、アーンアウトの条件によっては「株式の引渡時」に一括して収入として計上するよう求められた事例があります。
国税不服審判所裁決平成29年2月2日の事例では、株式譲渡代金のうちアーンアウト分も、株式の引渡時に収益認識すると判断されました。
アーンアウト契約の支払条件が下記のポイントなどにより停止条件に該当せず、株式譲渡時に一括して収益認識することが妥当と考えられたことによります。
・支払条件が対象会社の過去業績に照らして達成困難なものでないこと
・ある事業年度の支払条件が達成できなくとも、後の事業年度で過去の未達成分の穴埋めが可能となっていたこと
上記事例は、特殊なものであるので、基本的にはアーンアウト条件の達成時に収益認識すると考えておけば良いでしょう。
契約条件によっては「株式の引渡時」に一括して収益認識されてしまうため、株式譲渡契約書のレビュー時には事前に税理士にも確認を入れておくことが望ましいと言えます。
(2) アーンアウトの所得区分
株式譲渡代金を受ける対象が個人である際、クロージング時の所得区分については、譲渡所得であることに論点はありません。
株式に関する譲渡所得は税率20.315%(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税0.15%)の申告分離課税となります。
アーンアウトの追加所得に対する所得区分として、①譲渡所得、②一時所得、③雑所得の3区分が考えられ論点があります。
税務通信令和2年2月3日号によると、アーンアウト条項付株式に係る調整金額は基本的に③雑所得に該当するケースが多い旨の解説があります。
クロージング時にアーンアウト金額が確定している場合、例外的に①譲渡所得であるとのことです。
仮に譲渡所得ではなく、雑所得に該当すると他の所得と合算される総合課税の対象となりますので、所得が高ければ高いほど、税務的には不利な状況となります。
譲渡所得であれば20.315%のところ、雑所得だと最大45%の税率がかかってしまう可能性があるのです。
個人の売り手にとっては、アーンアウトの所得区分は重要であるため、所得区分に関してもスキーム設定時には税理士に、スキーム確認の依頼をしておくべきでしょう。
6.アーンアウトの実務例
この章では実際のM&Aでアーンアウト契約が使用された事例を2つ紹介します。
(1) マネックスグループによるコインチェックの買収
2018年4月6日、マネックスグループはコインチェックを36億円+アーンアウト条件で100%買収することを発表しました。
アーンアウトの条件は3年間の純利益×50%が条件です。
コインチェックは2018年1月26日に不正アクセスによるNEM流出により大きな損害を被っており、アーンアウトによりリスクを抑えた買収スキームとなっています。
日本においてアーンアウトが有名になった事例でもあります。
https://www.monexgroup.jp/jp/news_release/irnews/auto_20180405405861/pdfFile.pdf
(2) ユーザーベースによるQuartzの買収
2018年7月2日、ユーザーベースは米国発クオリティ経済メディアのQuartzを82.5億円+アーンアウト条件で100%買収することを発表しました。
アーンアウト詳細条件の開示はありませんが、「諸条件を満たした売上と有料課金ユーザー数」が支払の条件となっています。
ユーザーベースの事例でも分かるとおり、アーンアウト条件は財務諸表から分かる数字だけとは限りません。
有料課金ユーザーのように重要KPIをアーンアウト条件に設定することもあります。 ユーザーベースはデータベースのSPEEDAやメディア事業のNewsPicksなどを運営していますが、企業全体として有料課金ユーザー数は重要KPIの一つです。
https://ssl4.eir-parts.net/doc/3966/tdnet/1607302/00.pdf
7.まとめ
今回はM&Aにおけるアーンアウト契約について、概要とメリット・デメリット、会計や税務に関する留意点、実際のM&A事例を解説してきました。
アーンアウト契約がなければ売り手と買い手のニーズがマッチせず、M&Aが成立しなかった案件もあったことでしょう。
アーンアウト契約という法的なソリューションにより、M&Aの件数増加に寄与しているものと考えられます。
欧米では一般的な手法ですが、日本ではコインチェックで有名になるまでは事例は多くはありませんでした。
一方、アーンアウト契約には会計処理や税務面に関していくつか論点があります。
特に税務に関しては売り手の売却手取額にも大きく影響を及ぼす事項ですので、スキームを進める前に事前の慎重な検討が必要です。
税理士や弁護士などの専門家の力をうまく借りながら、売り手へのモチベーションにも注意しつつ、適切なアーンアウトのモデルを設計することが実務上、最も重要なポイントです。