1.はじめに
M&Aのスキームを選択するにあたっては、ビジネス・会社法上の観点だけでなく、税務の観点も考慮する必要があります。選択するスキームによって、課税対象者・額が大きく変わってくるからです。この記事では、M&Aのスキームにはどのようなものがあるかを見た上で、それぞれのスキームに応じた課税について見ていきます。
2.M&Aのスキーム
M&Aの税務を理解するためには、そもそもM&Aがどのような仕組みで行われるのかを理解しておく必要があります。考えられるものとして、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併、株式交換・株式移転があります。採用するスキームによって、課税対象が異なることとなります。
(1)株式譲渡
最も一般的なのは、株式譲渡です。株式譲渡は、株主と新たに株主となろうとする者との間で、売買の性質を持つ契約によって行われるスキームです。
M&Aのスキームとして株式譲渡が用いられる場合、会社の発行済株式総数の全部あるいは大部分が動くこととなり、また、表明保証やチェンジ・オブ・コントロール条項への対処など、一定の特別の合意がなされるなど、特殊な部分はありますが、株式の譲渡であるという点では、上場会社の株取引と変わりません。そのため、対価は株主に支払われます。
株式譲渡の当事者は対象となる会社ではなく、その株主が当事者となり、会社の行為を必要としないのが原則ですが、株式に譲渡制限が付されている場合には、譲渡制限の解除のための定款変更(株主総会特別決議)または会社の承認(取締役会設置会社では取締役会決議、非設置会社では株主総会普通決議)が必要となります。
(2)事業譲渡
事業譲渡は、会社と会社との間で、売買の性質を持つ契約によって行われるスキームです。株式譲渡と大きく異なるのは、株主ではなく会社が当事者となる点です。そのため、対価は譲渡会社に支払われます。
事業譲渡は組織再編行為ではありませんが、事業の重要な一部であって、譲渡により譲り渡す資産の帳簿価額が総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の5分の1を超える場合の事業譲渡を行う場合は、株主総会の特別決議による承認が必要となります。
(3)会社分割
会社分割は、会社がその権利義務の一部を分割し、既存の会社(吸収分割の場合)または新たに設立する会社(新設分割の場合)に承継させるスキームです。いずれも組織再編行為であるため、株主総会の特別決議による承認が必要となります。
(4)合併
合併は、会社がその権利義務の全部を既存の会社に承継させ(吸収合併の場合)、または、他の会社と共同で、そのそれぞれの権利義務の全部を、新設する会社に承継させる(新設合併の場合)スキームです。いずれも組織再編行為であるため、株主総会の特別決議による承認が必要となります。
(5)株式交換・株式移転
株式交換・株式移転は、独立の二社が共通の持株会社を作りだす場合に使われるスキームです。
株式交換の場合には、二社のうち一方が持株会社となり、他方を完全子会社化します。同時に、子会社となる会社の株主には、親会社となる会社の株式を交付します。子会社となる会社の株主から見たとき、子会社となる会社の株式と親会社となる会社の株式が交換されるものであるため、このように呼ばれます。
株式移転の場合には、二社が共同で持株会社を設立し、両社が当該持株会社の完全子会社となります。同時に、両社の株主には、持株会社の株式を交付します。両社株主の株式を持株会社にいわば付け替える(移転させる)ものであるため、このように呼ばれます。
いずれも組織再編行為であるため、株主総会の特別決議による承認が必要となります。
3.M&Aのスキームと課税
(なお、本コラムにおいて、みなし配当は範囲外とさせていただきます。)
(1)株式譲渡
株式譲渡の場合、先に書いたとおり、その性質は譲渡人(従来の株主)と譲受人(新たに株主となろうとする者)の間でなされる株式の売買ですから、通常の株取引と同様に、譲渡人の売却益が課税対象となります。
譲渡人が個人である場合、売却益は、譲渡所得として、所得税・住民税の対象となります。なお、会社の設立に要した費用や、M&Aの交渉に要した費用は、対価から経費として控除され、その控除を経た額が譲渡所得となります。経費を具体的に算定することが困難である場合、対価の5%を概算取得費として経費とすることができます。譲渡所得の15.315%が所得税、5%が住民税の額となります。
譲渡人が会社(を含む法人)である場合、売却益は、課税所得として、課税対象となります。税率は会社によって異なりますが、法人税、地方法人税、法人住民税、事業税などを合計すると、約30%となります。
(2)事業譲渡
事業譲渡の場合、先に書いたとおり、その性質は譲渡会社と譲受会社の間でなされる売買ですから、譲渡人の売却益が課税対象となります。
事業譲渡においては、資産と負債が一括して譲渡されるのが通常です。そのため、事業の実質的な価値(「事業の純資産」に相当するもの)は、事業に係る資産から負債を控除した額となります。そして、譲渡会社が得る利益は、譲渡対価からその額を控除した額であることになります。つまり、「譲渡対価―資産+負債」が法人税等の課税対象となります。
また、土地など一部の種類の資産を除く個別の資産が消費税の対象となります。譲渡に係る資産に不動産が含まれている場合、不動産取得税や登録免許税が発生します。
(3)組織再編税制
会社分割、合併、株式交換・株式移転は、会社法上の組織再編行為であり、本来取引としての性質を有するものではありません。そのため、それらの行為が専ら組織再編のために行われる場合には、課税対象とすべきではないという考えのもとに、一定の要件を満たす組織再編行為は、適格組織再編として、譲渡益が生じないものとみなされます。
①当事会社が完全支配関係にある場合(一方が他方の完全支配子会社である場合)において、株式以外の対価が交付されず、かつ、組織再編行為が行われた後も完全支配関係が維持される場合。
②当事会社が親子会社関係にある場合(一方が他方の発行済株式総数の50%超の株式を有する場合)において、株式以外の対価が交付されず、組織再編行為が行われた後も親子会社関係が維持され、主たる資産・負債が移転され、子会社の従業員の約80%が引き続き事業に従事し、移転した事業が継続される場合。
①と比較すると、支配要件が緩和される代わりに、他の要件が付加されています。
③当事会社に支配関係がない場合でも、株式以外の対価が交付されないこと、主たる資産・負債が移転されること、消滅会社・分割会社等の事業が承継会社・新設会社等の事業と関連すること、子会社の従業員の約80%が引き続き事業に従事すること、移転した事業が継続されること、発行済株式の全部を継続して保有すること、当事会社の組織再編に係る事業の売上・従業員数の差が5倍を超えないこと(事業規模が概ね同等であること)又は一定の役員が継続して務めること、を満たす場合。
共同事業を形成するための組織再編行為を対象とするものであり、①や②と比較すると、支配要件が必要とされない代わりに、他の要件が付加されています。
これらに当てはまらない場合、事業譲渡と同様に課税されます。
4.まとめ
M&Aのスキームには、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併、株式交換・株式移転があります。
株式譲渡は、株主が当事者となるものであるため、株主に課税されます。株式譲渡人である株主が個人である場合、売却益は、譲渡所得として、所得税・住民税の対象となります。法人である場合、課税所得として、課税対象となります。
事業譲渡は会社が当事者となるものであるため、会社に課税されます。まず、譲渡対価から事業の純資産に相当する額に法人税等が課されます。また、土地など一部の種類の資産を除く個別の資産が消費税の対象となります。不動産には不動産取得税や登録免許税が発生します。
組織再編(会社分割、合併、株式交換・株式移転)については、①完全支配関係にある場合、②親子会社関係にある場合、③共同事業を形成する場合において、それぞれ一定の要件を満たすと、課税を避けることができます。