M&A

ディスカウントTOBの事例紹介

ディスカウントTOBとは、株式市場価格より安く買付ける手法

Take Over Bid(株式公開買付け、TOB)は、特定の企業の株式を直接株主から買付ける行為で、M&Aの一手法です。
そのTOBの特殊な形態に「ディスカウントTOB」があります。通常のTOBでは、株式市場の価格より高い値段で株式を買付けますが、ディスカウントTOBは株式市場価格より安い値段で買付けようとします。

なぜ安い値段で買付けてTOBが成立するのでしょうか。
ディスカウントTOBの「カラクリ」と、これを実施するメリットを紹介します。

1.TOBは法律で実施が義務付けられている

ディスカウントTOBを理解するには、通常のTOBの仕組みを知っておく必要があります。
株式は通常、株式市場で購入します。しかし、企業買収を成立させるほどの大量の株式を株式市場で購入すると、株式市場が混乱します。そこでTOBという手法が開発されました。
一定の条件に当てはまる場合、法律でTOBを実施することが義務づけられています(金融商品取引法27条の2、*1)。つまり、企業がM&Aの手法としてTOBを選択する場合、TOBを実施「しなければならない」状態にあるわけです。

*1:https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=323AC0000000025#570

株式を売ってもらうためにプレミアムをつける(高く買う)

通常のTOBの仕組みを、簡単な例を使って解説します。
会社A社が、別の会社B社を買収するため、TOBを実施するとします。
A社は公告などで「B社の株を○円で、○日までに、○株買う」と株主たちに知らせます。公告では買付け価格(TOB価格)と期日と下限購入株数を明示する必要があります。

TOB価格が魅力的な値段であれば、B社の株主はB社株を売りたいと思うでしょう。そのような株主は、このTOBに応募します。この段階ではまだ、株主は自分のB社株をA社に正式に売却しません。応募するだけです。

多くの株主がTOBに応募して、A社が期日までに必要な株数を買付けることが確実になればTOBが成立します。TOBが成立してから、A社は株主たちからB社株を正式に買取ります。B社の株主たちは、売却益を得ることができます。

では、期日までに必要な株数(応募数)が集まらなければどうなるのかというと、TOBは不成立になります。
TOBが不成立になると、A社は、応募してきた株主たちのB社株を買いません。B社の株主は、売却益を得ることができません。

A社は「どうしても」B社を購入したいわけなので、TOBを成立させようと努力します。そこでTOBでのB社株の買付け価格は、株式市場でのB社株の株価より高い値段に設定するのが普通です。そうすることで、B社の株主はTOBに応じようと思えます。
株式市場の株価より高い価格のことを「プレミアム」といいます。株式市場価格よりTOB価格のほうが10%高ければ「10%のプレミアムがついた」と表現します。

このプレミアムが、ディスカウントTOBに関係しています。

2.なぜ大量の株が必要なのにディカウント価格で買おうとするのか

ディスカウントTOBもTOBには変わりないのですが、とても特殊な取引になります。
ここでも、A社がB社を買収するためTOBを実施する、という設定で解説します。

ディスカウントTOBでは、A社は、株式市場のB社株の株価より安い買付け価格を提示します。ディスカウントTOBと通常のTOBの違いはこれだけなのですが、両者の形態はかなり異なります。
TOB価格が株式市場価格より安ければ、B社株の株主は、株式市場で売ろうとするでしょう。それではTOBへの応募が少なくなり、A社は多くのB社株を買えなくなります。

A社は短期間に大量のB社株を必要としているはずなのに、なぜディスカウントTOBを仕掛けるのでしょうか。
「多くのB社株を買えない」点がポイントになります。

一定量の株式以上は要らない場合にディスカウントTOBを使う

ディスカウントTOBを実施するのは、M&Aコストを抑えるためです。
通常のTOBは、買付け価格にプレミアム分を上乗せするためM&Aコストが高くなります。しかも大抵は、TOBが終わったあとは、対象株式の価格は値下がりします。つまりTOBに成功したA社は、TOBで買ったB社株の含み損を抱える可能性が高くなります。

したがってTOBを仕掛けるA社には、必要な株式数は確保したいが、それ以上は高い株価で買いたくない、という心理が働きます。
そこで、必要最低量の株式を買えることが確実なら、TOBの買取り価格を極力安くしようとします。

もし、B社にTOBを実施するA社が、B社株を大量に持っている株主から安い価格で買付ける確約が取れていれば、TOBで無理して他の株主から高い価格でB社株を買う必要がありません。
そこで買取り価格を株式市場の価格より安く設定すると(ディスカウントした買付け価格を設定すると)、他のB社株の株主はTOBに応じないでしょう。A社は無駄な買い物をしなくて済みます。
A社にB社株を売ると約束したB社の大株主はTOBに応じるので、TOBは成立します。それでA社は、B社株を安く買うことができ、M&Aコストを抑えることができます。

ディスカウントTOBを実施できるのは特別なときだけ

ディスカウントTOBを実行できるのは、大量の株式を、株式市場価格より安く売ってもよいといってくれる大株主がいるときだけです。ディスカウントTOBが成立するのは、特別なときだけです。 例えば、経営陣が自社株を買い集めるとき(Management Buyout、経営陣買収、MOB)はディスカウントTOBを使います。

3.ディスカウントTOBの実例

続いて、実際のディスカウントTOBの例を紹介します。特殊な状況下では、ディスカウントTOBがいかに便利な手法であるかが理解できます。

三菱商事が三菱重工から三菱自動車株を購入(2018年2月)

三菱商事は2018年2月に、三菱自動車へのTOBを発表しました。買付け価格(TOB価格)は1株749円で、直近の株式市場での価格の10%安(10%ディスカウント)でした。
このディスカウントTOBは、三菱商事が、三菱自動車の大株主である三菱重工と事前に協議していたことで実現しました。
三菱重工が三菱商事に対して、三菱自動車株を749円で売却すると約束したわけです。

三菱重工以外の三菱自動車株の一般の株主は、株式市場価格より安い値段で、三菱商事に売るわけがありません。三菱商事も日本経済新聞の取材に対し「三菱重工など、三菱グループ企業以外のTOB応募を目的としていない」と明言しています(*2)。

三菱商事がディスカウントTOBを実施したのは、三菱自動車株を一定量必要としていたものの、一定量以上は要らなかったからです。三菱商事には、三菱グループ内の出資関係を整理したり、自社の自動車事業を拡大したりする狙いがありました。つまり三菱商事には、三菱自動車を子会社にするといった、大きな支配をする狙いはありませんでした。一定数の株式があれば十分で、それ以上の株式はむしろ要らなかったわけです。

このように、必要最小限の株を必要最小限だけ購入したいときは、ディスカウントTOBはとても便利です。

*2:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28108130U8A310C1920M00/

コカ・コーラはリコーから自社株を購入(2018年2月)

コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス(以下、コカ・コーラ)も2018年2月に、ディスカウントTOBを実施しました。対象とする株式は、コカ・コーラ株です。つまり、自分の会社の株をTOBで、しかもディスカウントTOBという形態で買うことにしました。
コカ・コーラが提示したディスカウントTOB価格は、株式市場価格の13%安です。

コカ・コーラのこの行動は、いわゆる自社株買いです。自社の株を買い戻すことで、経営の安定化が期待できます。また、自社株買いを実施すると、その株価は大抵値上がりするので、コカ・コーラ株の株主に利益を供与することができます。

コカ・コーラがディスカウントTOBを実施できたのは、リコーなどから9.21%の自社株(コカ・コーラ株)を買えることが確約されていたからです。
リコーなどは、コカ・コーラにコカ・コーラ株を買ってもらえるため、現金収入が得られます。リコーは約560億円を得ることができました(*2)。

ただ、リコーがTOBではなく、株式市場で普通に売却すれば、TOB価格より13%高い値段で売ることができたはずです。
リコーが「損」を承知でディスカウントTOBを選んだ理由は定かではありませんが、一般的にディスカウントTOBには、売手(ここではリコー)に次の2つのメリットがあります。

  • 株式の持ち合い解消に向いている
  • 素早く、かつ確実に現金を得ることができる

株式の持ち合いとは、複数の企業が互いに相手の株式を保有して、お互いの経営の安定を目指す策です。そのため、株式の持ち合いをしている企業どうしは、信頼関係が築かれているはずです。
もしリコーが、保有しているコカ・コーラ株をすべて株式市場で売却したら、コカ・コーラ株は暴落する可能性があります。それではコカ・コーラの経営が不安定になるので、信頼を裏切る行為になってしまいます。
それでディスカウントTOBは、株式の持ち合いの解消に向いているわけです。

4.まとめ~イレギュラーな事態

ディスカウントTOBは、例外的なTOBといえます。
通常のTOBは、企業が他社を買いたい気持ちが強くなったときに実施するので、株式市場価格より高い価格を提示して株式を買い集めるはずです。「M&A成立で得られる利益を考えたら、少しくらい割高で株を買っても元が取れるはずだ」と計算できたときに、TOBを仕掛けます。
したがって、株式市場価格より安い価格で株式を買おうとするディスカウントTOBは、イレギュラーなTOBといえます。

5.関連記事

TOB(株式公開買付)とは?概要・手続の解説
こちらの記事では、TOBの概要と手続の流れを事例紹介とともに分かりやすく解説しております。

ファミマと大戸屋へのTOBが注目された理由
こちらでは近年、世間の注目を集めたTOBを2事例挙げ、その成立の背景について解説しております。

PLEASE SHARE

PAGE TOP

MENU

SCROLL

PAGE TOP

LOADING    80%

Please turn your device.
M&A Service CONTACT