M&Aを行う際、TOB(株式公開買付)が利用されることがあります。今回は、TOBの概要と手続の流れを事例紹介とともに分かりやすく解説していきます。
1. TOBとは
TOBとはTake-Over Bidの略で株式公開買付のことであり、M&Aの際に利用されます。買収される会社の経営陣が賛同している場合には、友好的買収と呼ばれます。
一方、反対の意思表明をしているにも関わらずTOBを行う場合を敵対的買収と言います。敵対的買収の成功確率が低いと言われている日本ですが、最近では、牛角などを展開するコロワイドが大戸屋に対して敵対的買収を成功させたことが話題となりました。
日本においてTOBの制度が成立されたのは1971年で、現状のルールにほぼ近い形に整備されたのは1990年です。
金融商品取引法に基づいて、一定の条件を満たす場合はTOBを原則とする強制公開買付制度が採用されています。
一定の条件とは、上場会社などの有価証券報告書の提出が義務付けられている株式会社等の株式を、株式発行者以外(自己株式買いなどは除く)が一定数以上を買い付ける場合です。
TOBを行う場合は金融商品取引法に規定されているルールに従い厳格に手続を行う必要があります。
2.TOBの手続の流れ
TOBの手続は以下のとおり5つのステップに分かれています。
(1)公開買付開始公告
TOBを行う者は主に以下の項目に関する公告を行います。
- 公開買付者の氏名
- 社名
- 住所
- 公開買付けにより株券等の買付け等を行う旨
- 買付けの目的
- 価格
- 買付予定株券等の数
- 買付期間(20営業日以上60営業日以内)
- 買付後における公開買付者の株券等所有割合
- 対象会社
- 役員との公開買付けに関する合意の有無等
実際の事例はEDINETで「公開買付開始公告」と検索することで様々な事例を確認することができます。例えば、2020年9月9日~2020年10月22日まで、ヤマダ電機がヒノキヤグループに対してTOBを行う旨が公告されています。
(2)内閣総理大臣への公開買付届出書の提出
公開買付開始公告の「同日」に「公開買付届出書」を内閣総理大臣に提出し、公開買付けが開始されます。内閣総理大臣に提出した後、公開買付届出書の写しをTOBの発行会社と証券取引所に送付します。
また、TOBを行う者は「公開買付説明書」を作成し、TOBへの応募株主に対して交付することが求められています。
(3)意見表明報告書の提出
TOBの対象となった会社は、公開買付開始公告が行われた日から10営業日以内に、「意見表明報告書」を内閣総理大臣に提出します。また、(2)と同様に内閣総理大臣に提出した後は、意見表明報告書の写しを、公開買付者と証券取引所に送付します。
意見表明報告書についても、EDINETから「意見表明報告書」と検索することにより、たくさんの事例を確認することができます。ヤマダ電機のヒノキヤグループに対するTOBに関しても、2020年9月9日にEDINETに公開されています。
(4)対質問回答報告書の提出
上記、(3)の意見表明報告書にて質問が記載されている場合は、公開買付者は対質問回答報告書を5日以内に内閣総理大臣に提出しなければなりません。また、(2)、(3)のプロセスと同様に対質問回答報告書の写しを、TOBの対象となった会社と証券取引所に送付します。
(5)公開買付報告書の提出
公開買付者は、買付期日最終日の翌日に、TOB結果について公表または公告します。公表または公告の内容等を記載した「公開買付報告書」を内閣総理大臣に提出し、その写しをTOBの対象となった会社と証券取引所に送付します。
3. TOBを中止する場合
原則的に、公開買付開始公告をした後はTOBを中止することはできません。ただし、金融商品取引法上、以下の場合には公開買付者が中止することができます。
- 対象会社の業務または財産に関する重要な変更、公開買付けの目的の達成に重大な支障となる事情が発生した場合
- 公開買付者に破産手続開始等、重要な変更が生じた場合
2020年のTOBを中止した事例で有名なのは、旧村上ファンド系が芝浦機械(元東芝機械)に対して実施したTOBです。
村上世彰氏が関与するシティインデックスイレブンスは、芝浦機械に対して株主還元を増やすなど資本効率を引き上げるよう求めるため持株比率40%超を取得するためTOBを実施しました。
一方、芝浦機械側は臨時株主総会にて、シティインデックスイレブンスの持株比率を引き下げることができる買収防衛策を可決しました。そのため、「公開買付けの目的の達成に重大な支障」が発生したとして、シティインデックスイレブンスはTOBを中止しました。
4. 既存株主のTOBへの対応
既存株主の立場で、TOBが行われた場合には、下記の3つのアクションが考えられます。それぞれのメリット・デメリットを見ていきましょう。
(1) TOBに応募する
(2) TOBに応募せず、そのまま株式を保有する
(3) TOBに応募せず、市場で売却する
(1) TOBに応募する
TOBの買付価格が合理的である場合、TOBに応募することが有利になります。TOBに応募すると買付価格で株式売却益がなされ、株式売却損益が発生します。
通常の市場で売却したのと同じように課税関係が生じます。
TOB価格が市場価格よりも高い場合、有利な価格で売却できる点がメリットです。一方、TOBにより経営統合のシナジーがある場合などには、シナジーによる将来の株価上昇効果が得られないことがデメリットです。
また、TOBに応募したからといって、最終的に公開買付者の最低株数に届かなければTOBが成立しないことがある点は留意しておく必要があるでしょう。株主として最後までTOBの結果を見届けなければなりません。
(2) TOBに応募せず、そのまま株式を保有する
TOBが実施されたからと言って、必ずしも応募しなければならないわけではありません。そのまま保有しておくのも合理的な選択肢の一つです。
TOBにより経営改善がなされるなど、将来の企業価値向上が期待できる点がメリットです。ただし、TOBにより上場廃止される場合には、株式売却できる機会が大きく損なわれる点が大きなデメリットです。
(3) TOBに応募せず、市場で売却する
TOB価格<市場価格の場合には、TOBに応募する合理性がなく市場で売却するべきです。公開買付者は、市場価格を下回るTOBでは、成立する見通しが立たないため、TOB価格を引き上げることができます。
例えば、2019年12月のヤフーとLINEの経営統合に関して、ソフトバンクと韓国ネイバーはLINEのTOB価格は従来の一株あたり5,200円から5,380円へ引き上げたことがあります。
市場で売却した後にTOB価格引き上げが発表されても、応募することはできません。TOB引き上げ可能性を考慮しなければならない点が、市場売却のデメリットです。
5. ディスカウントTOBについて
ディスカウントTOBとは、市場価格よりも安い価格でTOBを実施することです。
通常、TOBの成立を目指すためには、TOB価格を市場価格よりも高い価格に設定します。そうでなければ、既存株主はTOBに応募することが損になり市場で売却した方が良いためです。
経済合理性がないディスカウントTOBが成立する理由は以下のとおりです。
(1) 少数株主からの応募を少なくするため
(2) 対象会社の上場を維持させるため
(1) 少数株主からの応募を少なくさせるため
市場外で発行済株式の1/3超を取得する場合は、TOBを実施する必要があります。特定の投資家から株式売買の交渉が完了している場合、ディスカウントTOBでも成立させることができます。
ディスカウントTOBにすることで、特定の投資家からのみの応募とさせ、少数株主からの応募を大幅に減少させることができます。
仮に市場価格よりも高い価格でTOBを実施した場合は、少数株主からの応募が増加し、当初計画していた時よりも買収額が高くなってしまう可能性があるのです。
(2) 対象会社の上場を維持させるため
TOBを実施することで少数株主の数が減少すると、上場廃止基準に抵触する可能性が高まります。ディスカウントTOBを実施することで、株主数を維持させ、上場を維持することが可能となります。
ディスカウントTOBで有名な事例は、2018年2月に三菱商事が実施した三菱自動車へのTOBです。TOB価格は一株当たり749円と発表時の株価か10%下回る水準でした。
三菱商事の発表ではディスカウントTOBを実施した理由として、以下のとおり発表しています。
「グループ内の出資関係の整理や自動車事業の拡大が狙いで、グループ企業以外の応募を目的としていない。」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28108130U8A310C1920M00/
6. まとめ
今回はTOB(株式公開買付)の概要、手続の流れを具体的な事例を紹介するとともに解説してきました。
TOBは金融商品取引法に基づいて厳格に手続が定められており、一つでも必要な手続を欠くことができません。提出する書類も多く、世の中への影響も大きいM&A手法の一つです。
TOBは、有価証券報告書の提出が義務付けられている上場会社を対象会社とした場合に実施されるため、比較的大きなM&Aとなりがちです。年間20件~100件程度のTOBが実施されており、ニュースで見かける日も多くなってきました。
TOBの概要や手続の流れを理解したうえで、TOBの情報を確認すると、より興味をもって情報を整理することができると思います。この記事がTOBに関する知識のアップデートに繋げられましたら幸いです。
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■ディスカウントTOBの事例紹介
ディスカウントTOBは株式市場価格より安い値段で買付けようとします。なぜ安い値段で買付けてTOBが成立するのでしょうか。
こちらではディスカウントTOBの「カラクリ」と、これを実施するメリットを紹介しております。
■ファミマと大戸屋へのTOBが注目された理由
2020年に世間の注目を集めた、伊藤忠商事株式会社による株式会社ファミリーマートへのTOBと、株式会社コロワイドによる株式会社大戸屋ホールディングスへのTOB。
この2つのTOBがインパクトを持ったのは、買った企業と買われた企業がともに著明であっただけでなく、それぞれの業界に大きな影響を与えることになるからでしょう。
こちらの記事では両社のTOBについて、その背景などを解説しております。