M&Aは、株式譲渡、合併、会社分割、株式交換、現物出資など様々なスキームがありますが、今回は合併をメインに説明していきます。合併を理解するために最も重要なポイントは、「合併比率」です。合併比率の概要、計算方法、実際のM&A事例、訴訟から分かる留意点を分かりやすく解説していきます。
1. 合併とは
合併とは2社以上が1社に統合する組織再編のことです。新設合併と吸収合併の2種類に分類されます。
(1) 新設合併
全ての法人格を消滅させ、新たに設立する会社に権利義務を全て承継させる手法です。新しい法人になるため、事業に必要な許認可等を改めて取得しなければならないこと、社内ルールの整備など手続が煩雑であることに留意が必要です。
(2)吸収合併
1社の法人格を残し、もう一方の法人格を消滅させ、消滅する法人の権利義務を存続する会社に全て承継させる手法です。新設合併は上述したとおり、手続が煩雑でコストがかかるため、実務上のほとんどの合併は吸収合併です。
合併以外の組織再編については、下記の過去記事をご参照ください。
「会社法に定められている組織再編を紹介します」
https://paradigm-shift.co.jp/column/95/detail
また、組織再編の税務面においては、下記の過去記事に詳細を解説しています。
「組織再編税制の概要と税制適格・税制非適格の税務上の違い」
https://paradigm-shift.co.jp/column/3/detail
2.合併比率とは
合併をする際、存続会社は消滅会社から資産・負債を引継ぎますが、その対価として存続会社の株式を発行します。例えば、a株主がA社のオーナー、b株主がB株式会社のオーナーであり、A社がB社を吸収合併する簡単なケースを考えてみましょう(A社:存続会社、B社:消滅会社)。
A社はB社の資産・負債を引継ぎ、b株主に対してA社株式を対価として発行します。この際、b株主に対してA社株式を何株発行するのかを決めるのが、「合併比率」です。
株主が保有するB社株式100株に対して、A社株式50株が発行された場合、合併比率は100 : 50 = 1 : 0.5 となります。この時、a株主とb株主の持株比率はそれぞれ66.7%と33.3%です。
株主が保有するB社株式100株に対して、A社株式100株が発行された場合、合併比率は1 : 1 となります。このケースを対等合併と呼び、両社の企業価値が等しい場合に対等合併となります。
3.合併比率の計算方法
合併比率の計算方法は以下のとおりです。
合併比率 = 「被合併法人の株式の1株当たりの評価額」÷「合併法人の株式の1株当たりの評価額」
被合併法人(消滅会社)と合併法人(存続会社)の企業価値の比率と言い換えることもできます。合併比率の計算式自体は単純なのですが、企業価値をどのように計算するべきかが論点となります。
会社法や税法では、合併時の企業価値評価方法について明確な規定はありません。実務上よく使われている企業価値評価方法は下記のとおりです。
・DCF (Discount Cash Flow)法
・類似企業比較法(マルチプル)
・時価純資産法
・市場株価法(上場会社の場合)
4.合併事例
合併と合併比率に関する基本的な知識を解説してきましたが、ここからは実際に行われた合併事例をもとに、合併比率算定の流れなどを見ていきましょう。
(1)ファミリーマートとユニグループホールディングスの経営統合
平成28年9月を効力発生日として、ファミリーマートとユニグループホールディングスが経営統合しました。ユニグループホールディングスは、サークルkサンクスなどコンビニエンスストア事業を中心とした総合小売事業を営んでいる持株会社です。
経営統合のスキームは、ファミリーマートを存続会社、ユニグループホールディングスを消滅会社とする「吸収合併」です。合併比率は、「1 : 0.138」でした。
合併比率の計算を、当事者同士が勝手に計算してしまっては株主が納得することはできないでしょう。そのため、合併比率の計算について、第三者機関から分析してもらうことが実務通例となっています。
ファミリーマート・ユニグループホールディングスの事例では、以下の第三者機関から分析概要を受け取っています。
ファミリーマート:シティグループ証券、KPMG FAS
ユニグループホールディングス:野村證券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券
証券会社・FASで合併比率の計算元となる企業価値分析方法が異なっています。それぞれの分析方法は以下のとおりです。
シティグループ証券:市場株価分析、DCF分析
KPMG FAS:株式市価法、DCF法
野村證券:市場株価平均法、類似会社比較法、DCF法
三菱UFJモルガン・スタンレー証券:市場株価分析、類似企業比較分析、DCF分析
微妙に分析手法の言葉が異なっていますが、主に使われている手法は①市場株価法、②DCF法、③類似企業比較法です。特にDCF法は全ての証券会社・FASで採用されており、広く使われている手法であることが分かります。
各社からの分析結果は、一つの合併比率を計算するのではなく、合併比率レンジを分析結果として計算します。例えば、シティグループ証券のDCF分析による合併比率は、「0.128~0.161」となっています。
各社からの合併比率レンジを参考に、ファミリーマートとユニグループホールディングスの経営陣が交渉することにより、最終的な合併比率である「1 : 0.138」が決まることとなるのです。
参照:
https://www.family.co.jp/company/news_releases/2015/20151015_02.html
(2) 新日本製鐵と住友金属工業との経営統合
平成24年10月1日を効力発生日として新日本製鐵と住友金属工業が経営統合しました。経営統合のスキームは2段階スキームとなっています。すなわち、1段階目で新日本製鐵が住友金属工業の全株主へ新日本製鐵の株式を交付する「株式交換」を行い、2段階目で新日本製鐵を存続会社、住友金属工業を消滅会社とする「吸収合併」を行うというものです。
1段階目の「株式交換」で用いられた株式交換比率は「1 : 0.735」でした。株式交換により、新日本製鐵が住友金属工業を完全子会社化した後、吸収合併を行います。そのため、実質的には合併比率も株式交換比率と同じ「1 : 0.735」となります。
参照:
https://www.nipponsteel.com/news/old_smi/2012/pdf/news2012-04-27-j-1.pdf
5.合併比率の訴訟事例
合併比率の計算が不公平だとして、訴訟になった事例があります。「平成12年5月31日大阪地判平成12年5月31日判時1742-141」の株主代表訴訟による損害賠償請求事件です。
A社がB社を吸収合併し、合併比率は「1 : 0.2」でした。A社の株主であるa氏は、この合併比率が不公平であるとし、A社の取締役、監査役を忠実義務および善管注意義務違反として損害賠償請求をしました。a氏の主張内容は以下のとおりです。
「B社の株主にはA社株119億円分が交付される一方、A社がB社から引き継いだ資産・負債の実質価格は26億円である。差し引き、93億円の損害がA社に発生しているため、取締役、監査役は忠実義務および善管注意義務に違反している。A社に発生した損害を償ってほしい。」
裁判所の判断は簡単に要約すると、下記のとおりです。
「この合併比率によってB社株主は得をして、A社株主(a氏含む)は損をしているかもしれない。しかし、A社にとってみてはB社の資産・負債は包括的にA社に承継されており、それに伴う社外流出もない。つまり、A社に損害は発生していないと言える。合併比率が不当と考えるのであれば、株式買取請求権を行使することによりa氏が受ける損害は回避できたはずである。結論として、a氏の損害賠償請求は理由がないものであり認められない。」
この裁判のポイントは、合併に反対する株主は、合併のプロセスの中で株式買取請求権を行使できるという点です。合併における株式買取請求権を行使するためには、①株主総会に先立って合併に反対の意を表明すること、②株主総会において合併の議案に対して反対することが必要です。
その後、合併の効力発生日の20日前から前日までに、株式買取請求を行います。価格については会社と協議して決定されますが、効力発生日から30日以内に協議が整わない場合は、裁判所に対して価格決定の申し立てをすることが可能です。
ただし、実務上、妥当な合併比率を一株主が疎明することは難しく、会社との交渉や裁判の時間とコストなどを鑑みると、ハードルが高い法制度になっています。
6.まとめ
今回は合併に関して、特に合併比率に焦点を当てて解説してきました。合併比率の計算は合併当事者の企業価値の割合で計算式自体は簡単です。しかし、企業価値をどのように計算するかが大きな論点となっており、DCF法をはじめ様々な手法があります。
また、合併比率の計算が不公平なものである場合は、株式買取請求権など株主を救済する会社法上のルールもあります。法律を破ってしまったり、著しく不公平な合併比率を計算したりすると、合併無効の訴えや損害賠償請求の対象となることもあり得ます。
合理的案合併比率算定のためには、弁護士、会計事務所、証券事務所、FAS、税理士事務所など様々な専門家の助けが必要となります。事前に各専門家との綿密なやり取りを通じて、スケジュールを事前に立て、適切なプロジェクトマネジメントを実施することが大切です。