M&A

SPCを活用したM&Aスキームのメリット・デメリット

M&Aを行う際、SPC(特別目的会社)を利用したスキームとすることがあります。今回は、SPCを活用することのメリット・デメリットや具体的なM&A事例、実務を行ううえで注意すべき点などを解説していきます。

1. SPCとは何か

SPCとはSpecial Purpose Companyの略で、日本語では特別目的会社と呼ばれます。
SPCは具体的な事業を行うことはなく、特定の目的のためだけに存在する会社です。M&AにおいてSPCが活用される場面は、SPCにより資金調達を行い、対象会社を買収するようなケースです。

買収という役目を終えたSPCは対象会社と合併することなどにより将来的に、消滅する場合もあります。

2. SPCを用いたM&Aの手順

SPCを用いたM&Aは下記のとおりです。最後に吸収合併を行うパターンとして記載しています。

1. SPCを設立します。
2. SPCにて資金調達を行います。
3. SPCが対象会社を買収します。
4. SPCを消滅会社、対象会社を存続会社とした吸収合併を行います。
5. 結果として、SPCの株主が対象会社を買収したのと同一の出来上がりスキームとなります。

3. SPCを活用したM&Aスキームのメリット

M&AにおいてSPCを活用することで、主に下記の3つのメリットがあります。

(1) 資金調達をしやすい

事業会社がM&Aのために借入などの資金調達をする場合を考えてみましょう。
資金の出し手としては、投資が成功するためにはM&Aの成否だけでなく、事業会社の事業自体にも影響があります。そのため、金利や借入の条件が厳しくなる可能性が高いため、SPCを利用するメリットが生じます。

SPCを使うことで、事業会社自体の信用リスクが切り離されるため、資金の出し手はM&Aが成功するかどうかだけに焦点を絞って検討することができるのです。

(2) レバレッジをかけやすい

少ない資金でM&Aを行いたい場合、LBO(Leveraged Buyout)を行うことができます。
LBOとは、M&Aの資金を主に借入によりまかなう手法ですが、SPCを利用することが一般的です。買手がSPCに出資し、SPCが借入により資金調達することで買収を実行します。

自己資金が少なくて済むので、レバレッジがかかっており、M&Aが成功すると自己資金でM&Aを行うよりも、高い利益率を上げられる可能性があります。

(3)複数関係者をまとめやすい

買収のための資金の出し手が複数になる場合、SPCを使うと権利関係を簡単に整理することができます。SPCの一社が買手となって買収すれば、M&Aの契約書は一本で済みます。

また、SPCを用いることにより、ジュニア債、メザニン債、シニア債といった異なったリスク体系の債券を発行することもでき、さまざまなニーズを持った投資家を呼び込むことも可能となります。

4. SPCを活用したM&Aのデメリット

一方で、M&AにおいてSPCを活用することはデメリットもあります。主なデメリットは下記の3つあります。

(1) SPC設立のコスト、事務手続の増加

通常のM&Aと比べてSPCを1社追加で新規設立しなければなりません。SPC設立のコストや事務手続が増加してしまう点がデメリットの一つとして挙げられます。

また、会社法に基づく新規法人の設立と異なり、SPC法に基づいた設立の手続を行わなければなりません。会社法とSPC法の違いは、例えば、最低資本金は会社法1円、SPC法10万円といった違いがあります。

(2) スキームが複雑になる場合がある

関係者が多くなり、スキームが複雑になればなるほど、会計、税務、その他の論点が増加します。その分、通常のM&Aよりも留意すべき点が多くなる点はデメリットと言えるでしょう。

SPCを用いたM&Aを実施する際は、投資銀行、FAS、税理士事務所、弁護士事務所など、各種プロフェッショナルファームと、適宜連携してM&Aのエグゼキューションを行う必要があります。

(3) 粉飾決算に利用されてしまう場合がある

粉飾決算で最も有名な事例の一つであるエンロン事件は、SPC絡みのスキームでした。
エンロン社は巨額な損失を連結外であるSPCに付け替えて簿外負債としていました。エンロン事件後は、会計基準の整備や内部統制監査制度など、様々な会計監査機能の強化が進んでいますが、不正の温床となりやすい点は注意が必要でしょう。

また、日本の会社でも2006年に日興コーディアルグループがSPCを用いた粉飾事件で問題となりました。こちらもエンロン事件と同様に、SPCの連結除外を用いて巨額の評価損を回避したというスキームです。
過去にSPCを用いた粉飾決算事例が数多くあることは、頭に入れておくと良いでしょう。

5. SPCを使ったM&Aの事例

SPCを使ったM&Aの事例は数多くありますが、最近行われたものや有名なものを中心に3つ紹介していきます。

(1) 吉本興業のMBO

吉本興業はもともと1961年に東京証券取引所に上場していましたが、2009年にSPCを使ったMBOにより上場廃止となりました。
元ソニー会長の出井伸之氏が代表を務めるクオンタム・エンターテインメントというSPCが吉本興業をTOBした形となっています。なお、TOBの総額は約500億円でした。

SPCへの出資者は、民放キー局、ソフトバンク、ヤフー、などで、メディアとの連携を強化して収益基盤を安定化させる狙いでした。また、上場会社のときよりも株主数が大きく減少し、非上場化したことから、迅速な意思決定を行える体制となりました。

吉本興業のMBOは、SPCを使うことにより、資金調達をやりやすくし、多数の関係者を整理することができたというメリットがあったのです。

(2) GENEROSITYのMBO

株式会社GENEROSITYは、ブランド構築のコンサルティング事業を行っているスタートアップです。2019年9月にGENEROSITY社の経営陣の保有するSPCが、GENEROSITY社の株式100%を取得することによりMBOが成立しました。

MBOと同時に、SPCに対してジャフコ、三井住友海上キャピタルから9億円の資金調達を行っている点が特徴的です。今までの株主構成から、経営陣、ジャフコ、三井住友海上キャピタルの体制へと変更することで、攻めの経営を行うことが目的です。

通常のM&Aスキームだと株主構成を変更させることは極めて難しいことが、SPCを用いることにより、簡易に実現している点が見逃せません。

(3) ソフトバンクのボーダフォン買収

ソフトバンクは2006年にボーダフォンを1兆7,500億円で買収しました。この買収スキームにはLBOのスキームが利用されました。
ソフトバンクが全額出資で設立する子会社を通じて買収し、1兆7,500億円のうち1.2兆円は借入により資金調達しました。

この1.2兆円の借入はノンリコースローン(非遡及型融資)の形式で実行されています。ノンリコースローンによる借入を使うと、債務者は対象資産(つまりボーダフォン社)の売却や収益からしか返済を受けることができないという特徴があります。

そのため、ソフトバンク単体の与信に関係なく、ボーダフォンのみの資産をあてにして資金調達できるのです。一方で、ノンリコースローンの場合は、通常の借入よりも借入金利といった融資条件が厳しくなってしまうというデメリットもあります。

6. SPCを用いたM&Aの留意点

以上のようにSPCを用いたM&Aは幅広く実務で採用されており、使用するメリットが大きいスキームです。一方で、実務上留意すべき点がありますので、3つに整理して説明します。

(1) SPCの資本金について

SPCの最低資本金は10万円以上が必要ですが、大きければ良いというものでもありません。期末に資本金が1億円超であれば、通常の株式会社と同様に外形標準課税の対象となる点は留意が必要です。

また、仮に資本金が5億円以上の場合はSPCが会社法監査の対象となるため、事務コストが生じる可能性が生じてしまいます。SPCの株主構成を鑑みながら、適切な資本金となるよう調整するようにしましょう。

(2) SPCの繰越欠損金の引継ぎについて

SPCを用いた合併の場合、適格合併となることがほとんどでしょう。

適格合併とは合併の際に法人税等が課されないスキームで、一定の要件を満たすことで適格合併とすることができます。適格合併の際、SPCが従前計上していた繰越欠損金を引き継げるかどうかは、税務上の論点があります。

もし、SPCが重要な金額の繰越欠損金を計上しており、繰越欠損金の引継ぎを前提としたスキームを設計している場合には、事前に専門家に相談しながら進める必要がある点は注意しておきましょう。

(3) LBOの場合の返済スケジュール

LBOのスキームによるM&Aの場合、通常借入金額が膨大になり、金利条件も通常よりも悪化することが通常です。

そのため、M&A実行後のキャッシュフローは事前に綿密な予測を立て、借入金の返済スケジュールは厳守するようにしましょう。
返済ができなければ、せっかく買収した対象会社の資産や営業キャッシュフローを債務者に取られてしまうことになります。

M&A後の事業計画だけでなく、キャッシュフロー計画も時間をかけてきちんとしたものを作成するべきです。

(4) 会計監査や税務署への対応

SPCを用いるM&Aの場合、会計や税務上の論点が多岐に渡るため、会計監査や税務調査の対象となりやすいと言えます。

また、SPCを用いた粉飾や脱税事件も数多く発生しており、監査法人や税務署はSPCを絡めたスキームはリスクが高いと認識しています。そのため、M&A実行の前に会計や税務面においても専門家と協議しながらスキームを詰めていくのは当然ですが、M&Aの実行後も対応が必要になる点は留意しておくべきです。

資料作成や監査法人や税務署からの質問に合理的に回答できるよう準備を進めておくようにしましょう。

7.まとめ

以上のようにSPCを活用したM&Aのスキームについて、手順、メリット・デメリット、事例、留意点などを解説してきました。

SPCのスキームは非常に便利である一方で、税務などにおいて留意すべき論点がいくつかあります。実際にSPCを使ったスキームを利用する際は、適切な専門家に適宜アドバイスを聞きながら、スキーム実行しなければなりません。

M&Aに関するスキーム選択は一度実務を進めてしまうと、後戻りできないといった特徴があるため、事前にしっかりとした検討のうえ、実務を進めるようにしてください。

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