様々な業界で日本市場の成長余地が小さいということが言われ始めて、かなりの年月が経過しています。
その影響もあり、近年では日本企業が海外企業を買収するというニュースをよく見かけるようになりました。COVID-19が猛威を振るう中、そういったニュースが影を潜めていますが、実際にはこのような厳しい状況下でも多くのM&Aが進んでいます。
COVID-19の影響により多くの企業の株価が下がっており、M&Aを狙う企業にとっては最大のチャンスであり、これは当然の流れと言えるでしょう。
本記事では近年増加しているクロスボーダーM&Aについて解説した上で、具体的な事例を紹介したいと思います。
1.クロスボーダーM&Aとは
(1)クロスボーダーM&Aの定義
まずは、クロスボーダーM&Aとは何かということを解説します。クロスボーダーM&Aとは、文字通り「国境を越えて実施されるM&A」のことを言います。
M&Aには、買い手と売り手がいますが、日本においてはこのどちらか片方が日本企業で、他方が海外企業であるM&Aのことを一般的にクロスボーダーM&Aと呼んでいます。
(2)M&Aの種類とクロスボーダーM&A
それでは、M&Aに関与する企業の国籍という観点からM&Aの種類について見ていきたいと思います。全部で三つの種類があります。
・IN-IN(インイン取引):M&Aの買い手・売り手共に日本企業であるM&A
・IN-OUT(インアウト取引):M&Aの買い手が日本企業で、売り手が海外企業であるM&A
・OUT-IN(アウトイン取引):M&Aの買い手が海外企業で、売り手が日本企業であるM&A
上記の種類で言うと、IN-OUTとOUT-INが今回取り上げるクロスボーダーM&Aということになります。
2.クロスボーダーM&Aの現況について
クロスボーダーM&Aとは何かについてご理解いただいた上で、次にクロスボーダーM&Aの現況について確認したいと思います。
株式会社レコフの調査によると、直近三年間でのクロスボーダーM&Aの件数および取引金額については以下の通りとなっています。
IN-OUT(件) | OUT-IN(件) | IN-OUT(百万円) | OUT-IN(百万円) | |
---|---|---|---|---|
2017年 | 673 | 198 | 8,578,911 | 3,607,475 |
2018年 | 778 | 259 | 25,353,129 | 8,033,958 |
2019年 | 826 | 262 | 10,376,316 | 1,529,873 |
(出典:https://www.recof.co.jp/crossborder/jp/market_information/)
金額ベースでは、一つの巨額M&A(日本企業によるクロスボーダーM&Aの最高額が武田が愛・シャイアーを買収した約6兆8000億円)によって大きく数字が動いてしまうため、市場の全体感を見るには件数ベースを参照すべきでしょう。
件数ベースでは直近三年間でIN-OUT・OUT-INともに増加傾向となっています。特に日本企業が海外企業を買収するIN-OUTの件数が多く、増加傾向も顕著となっています。
IN-OUTに比べると件数は少ないですが、OUT-INについても増加しており、海外企業による日本市場への参入があることも見てとれます。
3.最近のクロスボーダーM&A事例の紹介
さて、ここからはここ数年で発生したクロスボーダーM&Aの実際の事例について紹介していきたいと思います。
(1)大気社→印・Nicomac【実施年月:2020年7月】
まず、最初に紹介したいのはクロスボーダーM&Aの最近の事例です。
2020年7月22日にプレスリリースが実施された、東京に本社を置く大気社によるインドのNicomac Clean Rooms Far East LLPの買収です。
大気社は空調やクリーンルームなどの諸設備・装置の設計・施工・監理および関連機器の製造・加工・販売・輸出入を行なっている企業です。
今回買収するインドのNicomac社もインドでクリーンルーム向けパネルの製造・販売会社であり、業界内でのクロスボーダーM&Aであると言えます。
買収金額は3,189 百万インドルピー(約45億円)となっており、74%の株式を保有することになるとのことです。
また、大気社のプレスリリースによると、Nicomac社のパネル製造、据付技術と自社の空調設備技術の融合により、インド国内のクリーンルーム建設市場への対応力強化を目指すとされており、海外市場の強化を目的とした日本企業による典型的なクロスボーダーM&Aと言えると考えます。
(2)塩野義製薬→米・Tetra【実施年月:2020年5月】
次に紹介したい事例が、COVID-19により注目されている製薬業界におけるIN-OUTのものです。
こちらも2020年に実施されたM&Aであり、日本の大手製薬会社である塩野義製薬がバイオテクノロジー企業である米国のTetra Therapeuticsを買収した案件となります。
残念ながら本買収にかかる費用については塩野義製薬によって公表されていませんが、プレスリリースによると100%の株式を取得し完全子会社化するとのことです。
Tetra社は、脆弱X症候群(FXS)、アルツハイマー型認知症(AD)、外傷性脳損傷、その他の脳疾患に対する治療薬を開発しており、こういったノウハウの取得が本買収の目的とされています。
(3)アサヒグループ→豪・CUB等【実施年月:2019年7月】
こちらは2019年に実施されたクロスボーダーM&Aで最大規模のものです。
2019年7月にアサヒグループホールディングスがビール世界最大手であるアンハイザー・ブッシュ・インベブよりオーストラリアで保有するビール・サイダー事業の全事業を取得しました。
本事業には100社を超える企業が名を連ねており、合計の買収金額は約1兆2000億円とされています。
取得した事業の傘下にあるブランド・商品とアサヒがかねてより現地で展開していたブランド・商品は価格帯の面で補完関係により、本買収によってアサヒはオーストラリア国内におけるビール系商品のポートフォリオを上から下まで揃えることができたとされています。
(4) パーク24→英・National Car parks【実施年月:2017年7月】
ドメスティックな市場と思われている業界でもクロスボーダーM&Aが実施されています。
それが、日本で「タイムズ」のブランドで時間貸駐車場を展開しているパーク24社によるイギリスの同業者であるNational Car parksの買収です。
買収金額は約220億円とされており、51%の株式を取得して子会社化しています。
パーク24のプレスリリースによると、該社は本買収以前の2017年1月にオーストラリア・ニュージーランド・イギリス・シンガポール・マレーシアの5カ国で駐車場を展開しているSecure Parkingをグループ化しており、それに続く海外展開として英国最大の駐車場事業者であるNational Car parksを買収したとのことです。
時間貸駐車場は当時の日本国内でもまだ成長余地のあるビジネスと見られていましたが、長期的な視点から早々に海外展開を目指したというところであると推測しています。
(5)三井住友海上→星・First Capital Insurance【実施年月:2017年12月】
最後に紹介したい事例が日本の金融機関によるものです。
2017年に日本の損害保険会社である三井住友海上がシンガポールのFirst Capital Insuranceを買収した案件です。
三井住友海上のプレスリリースによると、買収総額は約 16 億 US ドル(約1700億円)とされています。
本買収以前より三井住友海上社はASEAN地域に大きなビジネスポートフォリオを持っており(2004年に英・アヴィヴァ社のアジア損保事業を約500億円で買収)、それを補完する形でASEAN地域における更なるビジネス強化を目的としています。
本買収も、大きな成長を見込めない従来のメイン市場である国内損保市場ではなく、高い成長の見込める海外保険市場への投資と判断できます。
4.クロスボーダーM&Aの今後の展望
筆者としては、今後も日本企業によるIN-OUT型のクロスボーダーM&Aは増加傾向が続くであろうと推測しています。
冒頭にも述べましたが、日本は多くの業界において成熟市場となってしまっており、企業が株主より求められる高い成長を達成できるマーケットではなくなってきています。したがって、海外にその成長を求めるのは当然であり、その手段としてクロスボーダーM&Aは今後更なる活用が見込まれるでしょう。
また、地域としても今までは欧米のような先進国への投資が先んじていましたが、本記事でもご紹介したように今後は地理的にも近いアジアでのM&Aが有望視されます。
実際に、株式会社レコフの調査によると、直近三年間での日本企業による全世界でのクロスボーダーM&Aの増加率よりもアジア地域での増加率が大きく上回っています。
クロスボーダーM&Aを活用した日本企業の更なる海外での活躍を期待したいと思います。
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