M&A において買収企業と被買収企業の国籍が違う M&A のことをクロスポーダーM&A といいます。
クロスボーダーM&A のうち、買収企業が日本企業であるM&A をアウトバウンドM&Aといいます。
アウトバウンドM&A は、日本企業が仕掛けるM&A全体のうち約4分の1の件数を占め、また金額ベースでみると約6割を占めるほどになっています。
近年、非常に取り扱い件数の多いアウトバウンド M&Aですが、当然ですが注意点もあります。
今回は、アウトバウンド M&Aの注意点を中心に説明します。
1. アウトバウンドM&A の現況
この章では、アウトバウンド M&Aの現況について説明します。
2018年の日本の M&A 投資総額(アウトバウンド M&A 以外の日本企業同士のM&Aなど 、M&Aすべての総額)は、約 2640 億ドルでした。(1ドル 110 円として約29兆円)
これは、過去最大の金額になります。
2640 億ドルのうち、アウトバウンド M&A は6割を超える1,680 億ドルでした。
この数字は、アジア全体のアウトバウンド M&A の過半を占める金額になっています。
アジア市場には、GDP 世界第2位の中国や急速な勢いで伸びているインドといった大型の国もある中、日本企業はM&A 市場とりわけアウトバウンド M&Aで存在感を示したことになります。
2018年は、武田薬品によるシャイアー社買収という超大型案件があったという側面はありますが、ここ5年の日本企業のM&A の中でアウトバウンド M&A は過半を示していることから、日本企業の海外企業の買収は、継続していることが分かります。
2. アウトバウンド M&Aが活発な理由
アウトバウンド M&Aが活発な理由は、豊富な内部留保と国内マーケットの低成長率です。
日本企業の内部留保は500兆円を超えています。また国内マーケットでは、大きな成長を見込むことが出来ません。
しかし、株主からは、もっと利益を出すように要求をされるので日本企業よりも利益を見込むことが出来る、 アウトバウンド M&Aの件数が増えているのです。
アジアで行われているM&A の半数以上を日本企業が行っていることになりますが、日本企業が行うアウトバウンド M&A は失敗するイメージが根強くあります。
なぜ日本企業によるアウトバウンド M&A は成功しないのでしょうか?
3. 日本企業のアウトバウンド M&A の失敗を防ぐための6つの注意点
日本企業は、アウトバウンド M&A の件数や金額は多いですが、失敗例も多い国であるといわれています。
1990 年代から多くのアウトバウンド M&Aが成立していますが、成立したアウトバウンド M&Aのうち約3割がのれん代の減損処理を行っており、1割がせっかく買った会社を売却しているようです。
もちろん成功例もあります。例えば、 イトーヨーカードーがセブンイレブンを買収したことは、大成功であったといえます。しかし、多くのケースで日本企業のアウトバウンド M&A は失敗していることも事実です。
日本企業が、アウトバウンド M&Aで失敗してしまう理由(失敗を防ぐための注意点)にはどんなものがあるのでしょうか?
(1) 高額な買収価額
日本企業のアウトバウンド M&A で注意すべき点の1つ目は、買収価額を高額に設定してしまうことです。
2009 年から 10年間で行われたM&Aの買収価格のプレミアムの世界平均は 26%であるのに対し、日本企業が行う、アウトバウンドM&Aの買収価額の平均プレミアムは約 34%でした。
世界の平均よりも日本企業が行う M&A のほうが3分の1も平均買収プレミアムを高くつけているのです。
もちろん、価格プレミアムが高くても大きなシナジー効果が見込まれ、高めに設定した買収価額を回収できれば問題ないですが、多くの事例ではそうはなっていません。
日本企業は、M&Aによるシナジー効果よりも、買収することに力を入れているように見えます。M&Aを仕掛けたら成立させたい気持ちはわかりますが、M&Aを成立させることよりもM&Aを成立させた後のことをしっかり考えなければ、高く設定したプレミアムに見合うシナジーが得られないという結果になりかねません。
(2) 専門のM&Aの知識を持った人が社内にいない
日本企業のアウトバウンドM&Aで注意すべき点の2つ目は、M&Aを成功させるにはM&A に精通した専門家が必要だということです。 この専門家ですが、M&A の知識が豊富であるだけでは足りません。
M&A の実務経験が豊富でイレギュラーなことが起きてもしっかり対応できる能力が必要になります。
しかし、M&Aは特殊な知識や経験が必要なため社内でこのような人材がいない可能性は非常に高いです。
外部の専門家を雇うには、高額の報酬を支払う必要があります。企業の中には、このコストを支払うことに難色を示す場合があります。ですが、専門知識のない社内の人材で補おうとするため失敗する可能性が高くなります。
M&Aを成功させるには、専門知識と十分な実務経験を持った人材をアサインすべきといえます。
(3) 人事システム
日本企業のアウトバウンド M&A で注意すべき点の3つ目は、日本型人事システムです。
海外の主要な人事システムは、成果主義です。
日本も一昔前に比べれば、成果主義が浸透してきていますが、まだまだ年功序列の賃金体系を採用している会社が多いのが現状です。
年功序列の賃金体系で給与が低い場合、吸収した先の外国企業の従業員が満足する可能性は低いです。日本型の人事システムを当てはめようとしてしまうと失敗してしまう可能性が高くなります。
(4) 文化の違い
日本企業のアウトバウンド M&A で注意すべき点の4つ目は、文化が違うことです。
日本と海外では、人事システムだけでなく会社の文化も大きく違います。日本では当たり前になっている会社のルール(勤怠、働き方(リモート、フレックスなど)、食事、宗教、人事評価、決裁など)を、M&A後も持ち込んでしまうと、文化やルールが合わずに失敗してしまう要因になります。
M&Aを成功させるためには、日本と海外の文化の違いに対応することが大切です。
(5) シナジー効果を適正に見積もれない
日本企業のアウトバウンド M&A で注意すべき点の5つ目は、シナジー効果を適正に見積もる必要があることです。
傾向として日本企業は M&A におけるシナジー効果を高く見積もりがちです。
シナジー効果を高く見積もりがちなだけでなく、期待しているシナジー効果を実現させるためのスピードも遅いです。
事業の重複が少ない M&A の場合、事業を整理する必要が少ないのでM&Aにおけるシナジー効果は生まれにくいです。
このようなケースの M&A の場合、本社などの管理部門を統合することによってコストを減らすことが重要になります。
すなわち、管理部門を統合することでコストを削減し M&A のシナジー効果を得ようとするのです。
本社機能を、買収した側の日本企業ではなく買収された側の海外企業のほうに置くことが合理的であると考えられるなら本社の移転を検討すべき場合もあるでしょう。
しかしながら、日本企業のアウトバウンド M&Aにおいては、こうした実現性の高いコストシナジーは過小評価され、技術や新製品による売上シナジーを過大評価する傾向があります。
もちろん売上シナジーを重視することはよいことですし、大いにチャレンジすべきだと思いますが、まずは一定の効果が見込める、コストシナジーを真剣に検討しなければ、アウトバウンド M&Aは失敗してしまう可能性が高まります。
(6) なぜアウトバウンド M&Aを行うかのビジョンをしっかり持ち明示する
アウトパウンド M&Aで注意すべき点の6つ目は、アウトバウンド M&Aをなぜ行うかのビジョンをしっかり持つことです。
特に、海外で一定の成果や知名度のある企業とのM&Aを実施する場合には、なおさらしっかりとしたピジョンが語れることが重要になります。
しっかりとしたビジョンを描くことが出来なければ、価格を釣り上げてくることも十分考えられます。
無用なマネーゲームに発展させないためにも、 アウトバウンド M&A を行う際は、しっかりとしたピジョンを持つことが重要になります。
アウトバウンド M&A を行う明確なビジョンがなくアウトバウンド M&Aを実行してしまうと、M&Aがうまくいったとしても、統合後経営方針に不一致が出たり、人材の融合がうまくいかないことなどの不具合は必ずと言っていいほど出てきます。
ビジョンなきアウトバウンド M&Aが多いことが、日本企業のアウトバウンド M&Aは失敗が多い印象を与えているのかもしれません。
4. まとめ
今回は主に、アウトバウンド M&A を行う際の注意点について説明してきました。アウトバウンド M&A は近年大きな広がりをみせており、日本企業のM&A の主力ともいえる M&Aになっています。
今後、日本の経済環境を考えると、アウトバウンドM&A は増えていくと思います。しかし、日本企業同士のM&Aと違ってアウトパウンドM&Aには注意すべき点がたくさんあります。
日本同士の企業と違い、海外企業は文化も大きく異なるので当然といえば当然です。
また、日本企業の中には、シナジー効果を得るために行うM&Aのはずが、M&Aを成立させることが目的になってしまう会社も多くあります。
M&Aを仕掛けた場合、何が何でも成立させたい気持ちはわかりますが、本来の目的を忘れないようにしましょう。
ぜひ今回の記事を参考にアウトバウンド M&A の注意点について理解していただき、シナジー効果の高いアウトバウンド M&A を検討していただければ幸いです。
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