M&Aのデューデリジェンスにおいて、有価証券の評価損と固定資産の減損については論点となる場合が多いです。
また、最近の新型コロナウィルスの影響により、減損の見送りなど特別な措置が取られています。
今回は有価証券の評価損と固定資産の減損に関して、M&Aにおける注意点を交えながら、具体的に解説していきます。
1. 有価証券の減損とは
有価証券は、下記の4種類に分類されます。
- 売買目的有価証券
- 満期保有目的債券
- 子会社・関連会社株式
- その他有価証券
このうち、売買目的有価証券については、毎期末に時価評価を行い、その評価差額は損益計算書に計上されることとなります。
満期保有目的債券や子会社・関連会社株式は時価評価されず、取得原価のままです。
また、その他有価証券のうち、時価のあるものに限って時価評価されますが、その評価差額は損益計算書でなく、貸借対照表に計上されます。
売買目的有価証券以外は時価評価されない、または評価差額が損益計算書に計上されないこととなりますが、取得価格と比べて価値が著しく下落した場合には、有価証券の減損を計上しなくてはいけません。
それでは価値が著しく下落した場合とは、具体的にはどのような場合なのでしょうか。
(1) 時価のある有価証券のケース
第一に取得価格より時価が30%未満下落したケースでは、有価証券の減損は必要ありません。
この場合は、取得価格のまま貸借対照表上に計上されることとなります。
第二に、時価が30%以上50%未満下落しているケースです。
このケースでは回復する見込があると見込まれる場合には減損をする必要はありません。回復する見込とは、期末日後、おおむね1年以内に時価が取得価格に近いレベルです。
第三に、取得価格より時価が50%以上下落したケースですが、回復可能性があるという合理的な理由がなければ基本的に減損が必要です。
減損した場合は、減損後の有価証券を貸借対照表上に計上し、翌期にも洗替処理をすることはできません。
(2) 時価のない有価証券のケース
時価のない有価証券の場合、実質価格が著しく低下した場合に減損処理をする必要があります。
実質価格とは、貸借対照表上の純資産÷発行済株式総数により一株当たりの株価を算出し、その株価に自分の持株数を乗じて計算します。
取得価格が実質価格と比べて50%以上下落していない場合は、基本的に減損処理は不要です。
取得価格のまま、何の仕訳もなく貸借対照表上に計上したままとなります。
一方、取得価格が実質価格と比べて50%以上下落している場合は、回復可能性がなければ減損処理が必要です。
回復可能性を証明するためには事業計画の合理性、事業計画の予実分析、回復するまでの期間、など合理的なエビデンスが必要となることに留意が必要です。
2. 固定資産の減損とは
固定資産の減損とは、固定資産への投資が当該資産の収益性低下により、投資額の回収が難しくなった場合に、当該状況を財務諸表へ反映させるために固定資産の帳簿価格を切り下げることを言います。
固定資産は、基本的には使用期間にわたり定額法や定率方法による減価償却費を計上することが通常です。
固定資産の減損は投資額の回収が見込めなくなった場合に行う特殊な会計処理となります。
固定資産の減損は、減損の兆候判定、減損の認識判定、減損損失の測定の順に実務を進めていきますのでそれぞれ見ていきましょう。
(1) 減損の兆候判定
固定資産の減損は下記のような事例が生じている場合に、減損の兆候ありとして、次のステップに進みます。
- 営業活動から生ずる損益又はキャッシュフローが継続してマイナス
- 回収可能価額を著しく低下させる変化がある
- 経営環境の著しい悪化
- 市場価格の著しい下落がある
実務上よく出てくるのは、①営業活動から生ずる損益又はキャッシュフローが継続してマイナスの場合です。
「継続して」とは、おおむね過去2年がマイナスであることを意味しており、過去2年がマイナスの状況で翌期が明らかに黒字である場合を除き、減損の兆候ありと判定されます。
(2) 減損の認識判定
減損の兆候がある場合は、次のステップとして、減損の認識判定に進みます。
減損を認識する必要があるケースは、固定資産の帳簿価格と固定資産から得られる割引前将来キャッシュフローの合計額を比較して、固定資産の帳簿価格の方が上回っている場合です。
ここで、割引「前」将来キャッシュフローの合計額である点に注意が必要です。割引前の将来キャッシュフローがマイナスであれば、割引後の将来キャッシュフローも、それ以上にマイナスであることが分かります。
また、このようなケースでは、固定資産への投資額全額を回収することができないのは明らかであり、減損を認識する必要が生じます。
(3) 減損損失の測定
最後のステップとして、減損金額を算定します。
減損金額は、使用価値と正味売却価格のいずれか高い金額を回収可能価格とし、帳簿価格から回収可能価格を差し引いた金額となります。
ここで、使用価値とは固定資産を継続して使用した際に発生する将来キャッシュフローの割引後現在価値です。
また、正味売却価格とは、売却価格から売却に必要な諸費用を差し引いた金額のことを意味しています。
例えば、固定資産の帳簿価格が10億円、使用価値が3億円、正味売却価格が2億円であったとします。
この時、回収可能価格は使用価値の3億円、減損損失の金額は10億円―3億円の7億円となります。 減損損失7億円として、損益計算書の特別損失に計上されます。貸借対照表では固定資産の帳簿価格は3億円に切り下げられ、翌期に洗い替えることはできません。
3. M&Aのデューデリジェンスにおける注意点
以上説明してきたように、有価証券と固定資産には減損という重要ポイントがあります。
仮にあなたが企業の買収を考えていて財務税務デューデリジェンスを行おうとしている場合、有価証券や固定資産はしっかりと確認しておくようにしましょう。
(1) なぜ有価証券と固定資産について重点的にデューデリジェンスが必要か
ある企業の買収を考えていますが、その企業の貸借対照表には有価証券と固定資産が多額に計上されているケースを考えます。
簡略的に資産は有価証券5億円、固定資産5億円、負債0円、純資産は10億円です。この会社の株式100%を10億円で買収する場合、のれんは計上されません。
しかしそれは有価証券や固定資産の価値がきちんと帳簿価格どおりにある場合です。
仮に、M&Aの契約締結後に、有価証券と固定資産の減損が合計5億円必要だと判明したとすると、買収価格に変更がなければ、のれんは5億円出てしまいます。
契約締結前にしっかりとしたデューデリジェンスを行っていれば、契約締結前にこの減損の必要性が判明し、売却価格の減額を交渉することができたかもしれません。
(2) 有価証券と固定資産のデューデリジェンスの進め方
有価証券と固定資産に財務諸表上の重要性がある場合、最初に行うべきことはそれぞれの明細を入手することです。
明細を入手した後は、それぞれ個々の資産がどのようなものであるかを把握します。
見ただけで分からない場合は、総勘定元帳のレビューやマネジメントインタビューを通して実態を把握します。
有価証券と固定資産の個々の資産で金額的重要性があるものについては、さらに詳細なデューデリジェンスの手続が必要な場合があります。
例えば、有価証券であれば当該企業の財務諸表や税務申告書のレビュー、固定資産であれば実査や不動産鑑定評価書の入手などが挙げられます。
もちろん、デューデリジェンスは会計士や税理士といった専門家が行うべきではありますが、経営者として重要な点は自身でもきちんと実態を把握しておくようにしましょう。
4. 新型コロナウィルスの影響による減損見送りについて
以上、見てきたように有価証券や固定資産において資産価値が著しく下落した場合は、減損処理しその減損額を損益計算書に開示しなければなりません。
一方、今回のコロナウィルスの影響は、特に店舗や工場を使ったビジネスを営んでいる場合、その財務影響は甚大でありすぐに見通せるわけではありません。
また、日本企業は3月決算の企業が多く、コロナの影響は決算実務にも大きなインパクトを与えています。
そこで、減損のルールを画一的に適用するのではなく、企業や監査法人に柔軟な判断ができるようになる予定です。
現行の会計基準自体に変更はありませんが、現行ルール内で弾力的に判断を行えるようにすることで、新型コロナウィルスに伴う業績悪化を和らげる予定です。
また、減損以外にも継続企業の前提に関する注記についても、コロナの不透明感が続く間はすぐに適用しなくてよいように調整されるようです。
もちろん、この特殊な取り扱いはコロナに起因したものに限るため、本業の不調などによる減損は、通常のルールどおりにきちんと認識する必要があります。
5. まとめ
今回は有価証券と固定資産の減損について解説してきました。
両者は似ているようで、まったくことなる減損の会計処理が必要であるため、混合しないように注意が必要です。
また、M&Aにおいて、有価証券や固定資産を多額に有する企業については、デューデリジェンスを行う際、これらの勘定科目は時間をかけて分析・調査をするようにしましょう。
万が一、減損すべき資産があったにも関わらずそのまま買収してしまっては、損失を被るのは買い手であるあなたです。
一方、今回の新型コロナウィルスの影響により、減損を見送ってもよいという報道がなされています。こちらはコロナウィルスの影響によるものに限定されており、M&Aを行う際は、いずれにせよ、きちんと有価証券や固定資産については詳細なデューデリジェンスを行うようにしましょう。
デューデリジェンスを行った結果、減損の必要なく、気持ちよく譲渡実行日を迎えることで、買収後のPMIもうまくいうというものです。
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