2020年12月29日、経済産業省は「コンバーティブル投資手段活用ガイドライン」※を策定しました。今回は、コンバーティブル投資手段と経済産業省策定ガイドラインをかみ砕いて解説していきます。
※経済産業省 「コンバーティブル投資手段」活用ガイドライン
https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/open_innovation/convertible_guideline/guideline_vF.pdf
1. コンバーティブル投資手段とは
コンバーティブル投資手段とは、発行当初は転換価格を決定せず、転換価格の計算式と転換条件を決定した新株予約権等により投資を行うことです。
コンバーティブル投資手段は、以下のとおり通常の株式による投資と3つの異なる特徴があります。
(1)企業価値評価を先延ばしできる
通常、スタートアップへの出資時には企業価値の評価をしなければなりません。一方、コンバーティブル投資手段は投資時点では企業価値評価を先延ばしにすることが可能です。
例えば、次回の増資タイミングや事業上の重要な条件の達成が満たされた時点で、企業価値評価を改めて行うことができます。
(2)迅速なファイナンスが可能
スタートアップへ出資するためには、詳細なデューデリジェンスを実施しなければなりません。スタートアップの経営者が作成した事業計画が本当に達成できるのか、将来の成長可能性を厳しく検討する必要があります。
一方、コンバーティブル投資手段の場合は、企業価値評価を先延ばしできることもあり、デューデリジェンスにかかる時間を短くすることができます。
また、コンバーティブル投資手段は投資時点では株主ではないため、株主間契約の締結が不要であり、手続面に関しても通常の株式投資よりも簡易にすることができます。
(3)インセンティブ設計が柔軟である
コンバーティブル投資手段の特徴の一つが、株式転換条件を自由に定められるため、インセンティブ設計を柔軟にできる点です。
例えば、必要な許認可の取得やベータ版プロダクトの開発などを転換条件にすることで、条件達成に向けて、投資家とスタートアップのそれぞれのコミットレベルを高めることができます。
2. 経済産業省がガイドラインを策定した背景
経済産業省が今回、コンバーティブル投資手段についてのガイドラインを公開したのは、ウィズコロナ期の課題解決として、コンバーティブル投資手段の有効性に着目したことにあります。
ウィズコロナ時代の課題とは以下のとおり3つあります。
(1)企業価値評価が困難
ウィズコロナ期の中では、先行きを読むことがますます困難になり企業価値評価の難易度も増しています。投資家からすると将来を見通すのが難しい分、通常よりも低い評価額を付けることが多くなっている状況です。
(2)資金繰りが困難
ウィズコロナ時代は、以前よりも手元資金を厚めにしておいたほうが安心して経営に臨むことが出来ます。しかし、通常の株式による出資ではデューデリジェンスの時間が必要で急な資金需要に対応することができません。また、負債で調達する場合には、金利負担や資金返済が必要であることから、スタートアップにとって将来の負担が増大し成長を阻害しかねません。
(3)事業会社とのオープンイノベーションが停滞
スタートアップと事業会社の双方にとって、オープンイノベーションは新たな事業機会を創出するために欠かすことのできないアクションです。しかし、ウィズコロナ時代は事業会社も積極的にスタートアップと組んで新規事業を進めることがしづらくなっています。
以上の課題を解決できるのがコンバーティブル投資手段ですが、日本国内ではまだまだ認知度が高い投資手法ではありません。
アメリカではシード投資のうち、約半分がコンバーティブル投資手段なのに比べて、日本ではコンバーティブル投資手段が占める割合はわずか10%程度です。
コンバーティブル投資手段が投資家やスタートアップの間で広まることにより、シード投資の増加やオープンイノベーションの促進が期待されています。
3. 日本で利用されているコンバーティブル投資手段
現在、日本国内で最もよく使われているコンバーティブル投資手段は、「有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティ」です。
有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティは、契約時に以下のような事項を決定します。
- 新株予約権の発行数
- 新株予約権1個当たりの価格
- 割当日
- (必要に応じて)ディスカウントとキャップ
また、上記事項に加えて転換価格を決定する計算式を契約時に定めておきます。転換価格の基本的な計算式は以下のとおりでいずれか小さい金額を採用します。
- 次回増資時の株価×(1―ディスカウント)
- キャップの上限値÷完全希釈化後株式数
具体的な数字を当てはめて見ていきましょう。
コンバーティブル投資手段での調達金額を1,000万円、発行済み株式総数10,000株、ディスカウント20%、キャップを2億円、現在の株価を100円とします。
半年後、転換条件を満たしその時の株価が10万円になった際、転換価格と転換株式数は以下のように計算することができます。
転換価格=
- 次回増資時の株価×(1-ディスカウント)= 10万円×(1―20%) = 8万円
- キャップの上限値÷完全希釈化後株式数 = 2億円÷10,000株 = 2万円
8万円<2万円のため、2万円を採用
転換株式数 = 1,000万円 ÷ 2万円 = 500株
以上のように有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティの投資時点では、何株持てるかどうかは決定されておらず、転換条件を満たしたときにはじめて株数が決定されることが分かります。
4.J-KISSについて
J-KISSとは、500 Startups Japanが無償公開しCoral Capitalがメンテナンスを実施しているシード期投資のための投資契約書フォーマットです。以下のURLからJ-KISSのフォーマットを直接ダウンロードすることができます。
https://coralcap.co/2016/04/j-kiss/
J-KISSはアメリカで利用されているKISSのフォーマットに日本の税制や法制度に合わせる形で修正されたものです。日本の弁護士や税理士によるチェック済みのフォーマットのため、このまま利用することができます。
J-KISSで資金調達した後は、以下の3パターンによりその後の調達パターンが決定されます。
(1) シリーズAで調達できた場合
シリーズAの増資株価に応じて、ディスカウント、キャップにより転換価格を算定し、J-KISSが何株に相当するかを計算します。順調にシリーズB、シリーズCと調達を続けていき、最終的なIPOを目指す道となります。
(2) シリーズA前に他社に買収された場合
シリーズA前に買収された場合、出資済みのJ-KISSは出資額の2倍でエグジットされることが基本となります。スタートアップ創業者、J-KISSの投資家はここでエグジットすることで、今後は買収者が買収によるシナジーを実現させ成長を加速させていくことになります。
(3) 満期までシリーズAが完了しない場合
18カ月以上経過時に、J-KISSの投資家は普通株に転換することが可能です。今後、どのように資金調達を実施していくかは改めて検討しなおす必要があります。
5.コンバーティブル・エクイティの具体的な事例
2016年10月、日本のスタートアップであるGROOVE Xが当時では珍しかったコンバーティブル・エクイティにより14億円の資金調達を行いました。
https://groove-x.com/about/
GROOVE Xは、LOVOTと呼ばれる次世代家庭用ロボットを製造・販売している会社です。
https://lovot.life/?_ga=2.91788570.1019439381.1610857157-1793229144.1610857157
高度なロボットを開発するベンチャーということで、創業当初から2億円の資金が必要な状況でしたが、通常の株式出資では交渉に時間がかかりすぎるため、コンバーティブル・エクイティが選択されました。
また、余計な交渉時間を減らすことで、創業者がプロダクトの開発という最もコアな時間に集中することができ、結果として事業の成功確率を高めることができたと言われています。
GROOVE Xはコンバーティブル・エクイティでの資金調達後も順調に事業を拡大し、2017年12月にはシリーズAにて合計43.5億円の資金調達を実施しています。
6.まとめ
今回は、経済産業省が公開した「コンバーティブル投資手段活用ガイドライン」の内容を簡単に解説してきました。
コンバーティブル投資手段とは、投資当初は条件を固めずに、その後の資金調達状況に応じてバリュエーションを変えることができる投資手法のことです。
コンバーティブル投資手段を利用することにより、将来性が不透明なシード期への投資を実行しやすくなるメリットがあります。日本ではシード投資の10%がコンバーティブル投資手段という状況ですが、アメリカでは50%がコンバーティブル投資手段による投資です。
ウィズコロナの時代は先行きが不透明であり、世界情勢はかつてないほどのスピードで変化しています。コンバーティブル投資手段は、バリュエーションを可変できるため、このような時代にマッチした投資手段と言えるでしょう。
J-KISSと呼ばれるコンバーティブル・エクイティの投資契約書が無償で公開されており、誰でもフォーマットを利用することができます。今後、日本でもコンバーティブル投資手段が活用されていくことが予想されます。