1 はじめに
17世紀、大阪は「天下の台所」と呼ばれ、全国からコメや特産物が集まる取引所として栄えてきました。それ以来大阪は「商人の街」と呼ばれ、現在では多くの商社や卸売企業が集積し、それらをかげで支える製造業の三つが大阪を支える屋台骨となっています。
また、九州と関東の間にあり、伊丹と関西の二つの空港も構える大阪は物流の拠点としても空陸両方の面からも大事な役割を担っており多くの物流・運輸企業も拠点を持っています。
そんな商売気質のあふれる大阪では中小企業の規模が大きく、これらの企業の付加価値額は50.2%と、東京の29.7%に比べても圧倒的に中小企業の存在感が大きいことがわかります。特にIT業界は製品・サービスのプロダクトライフサイクルが目まぐるしく変化していくため、せっかくシステムを開発してもそれを有効活用するためのリソースが十分でないために市場に回らないことがあります。
「カネで時間を買う」ともいわれるМ&Aを行うことによって新技術の獲得によるシナジーの創出や、優秀な人材を確保することで様々な知識やノウハウを取得し、開発にかかるコストや時間を削減することができます。今回はそんな大阪でITサービス業を営む企業に焦点を絞り、M&Aの事例を6つ紹介します。
2 大阪でのIT企業M&A 6つの事例
(1) サイネックスによるベック買収
サイネックスは民間と行政をつなぐ官民共同事業を通じて地方の抱える財政難や人口減少など様々な問題を解決していく企業です。具体的に、出版、WEB・ソリューション、不動産の三つの事業を展開しています。WEB・ソリューション事業では全国の自治体のふるさと納税の情報が詰まった「わが街ふるさと納税」や地域の特産物や名産品を紹介する「わが街とくさんネット」などのサービスのほか、自治体向けにオリジナルのCMSを提供する「わが街ホームページ」があります。このサービスによって、各自治体は専門のWebページ制作の知識がなくとも手軽にホームページの更新・追加が可能となります。
このweb・ソリューション事業を通した地方創生事業の高度化のため、2020年11月に同じく大阪市中央区に本社を構える(株)ベックの全株式を取得し子会社化しました。尚、取得価格は非公開となっています。
ベックはWindowsやLinuxなど、一般的なオープンソースソフトウェアの開発のほか、Non Stopサーバーと呼ばれる金融や小売など幅広い業種で扱われているサーバーの開発に定評があります。
今回のМ&Aによりベックはサイネックスのシステム部門を担うことになり、更なるICTサービスの向上に努める方針です。
(2) センターリーズによるディーエムソリューションズへの事業譲渡
センターリーズはインターネット広告、特にアフィリエイト広告を用いた成果報酬型広告を中心にメディアの企画、運用を行っている大阪府大阪市に本社を構える企業です。
特定の商品に特化した企画、運営、集客を得意とするなど限定的なニーズにも対応しています。
2019年3月、センターリーズは東京に本社を構えるディーエムソリューションズに発行済み株式のすべてを譲渡しました。
ディーエムソリューションズは「つなぐ」をキーワードに、インターネット事業とダイレクトメール事業の二つの事業から、ITとリアルの双方の特性活かしつつ顧客企業の経営課題を解決していく企業です。
インターネット事業ではホームページ作成から、競合他社を意識した集客力の高いSEO対策などWEBマーケティングを通じて顧客企業の課題を解決します。
一方、ダイレクトメール事業では定期発行物やDM刊行物の発送代行、さらにその発行物のビジュアルデザインの作成など宅配便の発送をワンストップで行うことで物流面から顧客企業の課題を解決していく事業です。
今回のМ&Aによって、ディーエムソリューションズは自社の持つインターネット広告の知見や技術をセンターリーズの営業に活かすことで更なる新規顧客の獲得やサービスの向上を図ります。
具体的に、センターリーズの手掛ける「e脱毛エステ.com」という、脱毛サロンや脱毛クリニックの体験やレビューを広め、20代から30代の女性を主なメインターゲットとして多くの支持を集めるサイトや,他「宅配食事のミカタ」「着物買取のイロハ」の三つのサイト運営を、ディーエムソリューションズが引き継ぐ予定です。
(3) エディオンによる夢見る買収
夢見るは、「教育を通じて未来に希望を持ち、皆が夢見れる世界を作る」という理念のもと、ロボットプログラミング教室、通称「ロボ団」を運営している企業です。
小中学生を対象にロボットを通じたプログラミング指導を行い、また数々のプログラム大会の運営を行うなどして、現在国内外に約100教室、生徒数3000人超のスクールを展開しています。
この夢見るが2019年12月、関西を中心に家電量販店を運営するエディオンに発行済み全株式を譲渡すると発表しました。
エディオンのリソースと夢見るの教室運営のノウハウを活かして、更なる事業拡大を目指す方針です。
エディオンは関西を中心に家電量販店を運営しているほか、地域に密着した取り組みとして地元でフランチャイズ店を展開し、ネットでも専用サイトで家電を販売するなどIT分野にも力を入れています。
また、この企業は家電事業のほかにプログラミング教育事業として小中学生を対象として「エディオンロボットアカデミー」を展開しています。
これは自分でプログラミングを通してロボットを自作し、最終的に国内外のロボット大会の出場を目指してプログラミングの知識を体系的に身に付けるというものです。
現在、日本では多くの子供たちがスマートフォンやパソコンを持っていますが、殆どの子供たちが動画の視聴やゲームに時間を費やすなど、「消費者」として終わってしまいます。
そこで、子供自身が自らコンテンツの「生産者」となるべくロボットを自作し、開発者としての発想力や知識を身に付けることを目的としたものです。
両社のM&Aによって、エディオンの教室運営ノウハウを活かしたロボ団教室の展開、またロボ団の月謝でエディオンのポイントがたまるなどの取り組みを通じて事業の拡大を図っています。
(4)PUXによるモルフォへの事業譲渡
PUXはパナソニックの社内ベンチャーとして2012年にスピンオフした企業で、ドライバーのモニタリングシステム、通称DMS製品を手掛けています。
このモニタリングシステムは、カメラの画像からドライバーの頭部や目の動き、更にはまぶたの開閉度からドライバーの眠気を検知し、よそ見や居眠りを判定することができます。
このPUXを2019年11月、デジタル画像処理技術と最先端のAI技術を有するモルフォが株式を取得したと発表しました。
この株式取得でモルフォはDMS製品が新たに加わったことによってマーケットの拡大が予想されるほか、本格的に自動運転の車載ビジネスの参入が期待されます。
また両社の共通の事業領域である「画像処理技術」とAIを用いてカメラがとらえた画像をデバイスやクラウドで集積し解析する「画像認識技術」を、自動運転だけでなく生産工程の自動化を図るシステムであるファクトリーオートメーションや医療現場など様々な場面で提供し実用化を図っています。
余談になりますが、今回の株式持ち合いによってパナソニックはPUXの株式保有割合が50.8%から30%減りました。
PUXのもう一つの大株主である任天堂の株式保有割合の27%を上回るものの、脱子会社化としたため支配権は消失しました。
(5)ラド観光のアドベンチャーへの事業譲渡
アドベンチャーは「地球最大の予約プラットフォームの実現」という理念のもと、インターネット取引のみで旅行予約を手がけるサービス、通称OTA(online travel agent)を事業として2006年、東京都渋谷区に設立されました。同社の主力事業であるオンライン格安航空券の予約サイト「sky ticket」は国内外の航空券やホテル、レンタカー、フェリーの予約プラットフォームを構築しています。
このアドベンチャーは2019年一月、大阪市北区に本社を構えるラド観光の全株式を10億5000万で取得し完全子会社化としました。ラド観光は九州・関西初の格安国内ツアーを手掛ける旅行会社で、同社のサイトには24時間アクセス可能で、また「RADOスキー」や「net workツアー」などモデルとなるツアー情報が掲載されているため消費者は気軽にいつでもサイトを訪れることが可能です。
今回のМ&Aによって、アドベンチャーは自社のオンライン予約サービスで得た広告や集客ノウハウを活かし、ラド観光の既存や新規の顧客に対しラド観光の商品やサービスの提供を行う方針です。
(6)アックのテクノスジャパンへの事業譲渡
アックはsalesforceとIFSを主力事業とするソフトウェアハウスです。
salesforceとは、CRM(顧客関係管理)強化のため、マーケティング、営業、サービスなどすべての部署で顧客一人一人の情報を一つに共有できるプラットフォームであり、アックはアメリカsalesforce社のクラウド関連型サービスを軸にビジネスを展開しています。
一方IFSとは生産管理を行う過程で無駄を排除し、効率よく収益性をあげるために使われる生産向けシステムです。
こちらもスウェーデンに本社を置くIFS社とパートナーシップを結んでおり、同社の導入支援を行っています。
このように関西において最大規模の開発体制を担うアックの全株を2020年1月、CRM領域の強化を目的にテクノスジャパンが3億2000万円で取得すると発表しました。
テクノスジャパンは「企業・人・データをつなぎ社会の発展に貢献する」という理念のもとERP・CRM関連のシステムインテグレーション事業とDX事業の二つを軸に企業向けにITサービスを手掛ける会社です。ビッグデータの活用によるCRM領域の重要性が増す中、今回の株式取得により、日本国内におけるCRM関連事業のIT技術者の育成や営業の効率化、サービス提供体制の強化などを通じて一層のシナジーを創出しグループの企業価値向上を図ります。
以上、大阪のM&A、会社売却、事業譲渡の事例を紹介しました。ぜひ参考にしてください。