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米司法省はなぜグーグルを独禁法違反で提訴したのか ~ 過去の訴訟と比較

米司法省は2020年10月20日、ネット検索エンジン世界大手の米グーグル(以下、グーグル)を、反トラスト法に違反している疑いがあるとして提訴しました。反トラスト法は、日本の独占禁止法に相当します。

米司法省は、グーグルが競争を阻害したと主張していますが、グーグルは真っ向から反論しています。
この記事では、両者の主張をみながら、IT業界とネット業界に何が起きているのか探っていきます。

また、アメリカのIT大手に関する訴訟では、1998年のマイクロソフトの事例があるので、合わせて確認していきます。グーグル問題とマイクロソフト問題の共通点と相違点を確認すると、今日のデジタル社会の課題がみえてくるはずです。

1. 米司法省は何を問題にしているのか

米司法省は、テキサスなど11の州の司法長官と共同で、連邦地裁にグーグルを提訴しました(*1、2)。提訴理由は次の4点です。

  • グーグルはネット検索市場と広告市場で、他社との競争を妨げる排他的な行為を行い、違法に独占状態を維持しようとしている
  • グーグルはスマホメーカーに、スマホにグーグルのサービスの最初から搭載することを求め、さらに、そのグーグルのサービスを消去できないようにさせた
  • グーグルはスマホメーカーと、他社の検索サービスの初期搭載を禁じる独占契約を結んだ
  • グーグルとアップルは、アップル製品に、グーグルのネット閲覧ソフト(ブラウザー)を標準設置する長期契約を結び、その対価としてグーグルはアップルに毎年80億~120億ドル(0.8兆~1.2兆円)を支払っている

*1:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65250910Q0A021C2MM8000/

*2:https://www3.nhk.or.jp/news/special/sakusakukeizai/articles/20201023.html

(1) 米司法省が考えるグーグル独占による消費者の被害とは

仮に上記の4つの提訴理由が事実だった場合、つまり、仮にグーグルの独占状態が圧倒的かつ違法だった場合、消費者はどのような被害を受けるのでしょうか。
米司法省は、グーグルのこうした行動によって、検索サービスの質が低下したと主張しています。検索サービスの質が低下したことで、プライバシー保護やデータの保護が侵害されている、としています。
もしグーグルが競争を阻害していなかったら、他社が優れた検索サービスを提供していたであろう、というわけです。

スタットカウンター社によると、2020年6月時点での検索エンジンの世界シェアは、グーグル91.8%に対し、その他は8.2%にすぎません。
ネットユーザーは、何かを調べたいと思ったらグーグルを使うしかありません。ちなみに日本では、ヤフーも検索エンジンサービスを提供していますが、これもグーグルの検索エンジンがベースになっています。

また、グーグルの独占によって、多くの企業はネット広告をグーグルに出すようになりました。他に選択肢があれば、企業はそちらにも広告を出すので、グーグルは広告掲載料を下げる可能性がありますが、それが起きていません。
そのため米司法省は、グーグルの独占によって、ネット広告の単価が高止まりしていると指摘しています。

米司法省はとても強気で、今回の訴訟でグーグルが持つ影響力に打撃を与えると宣言しています。

2. グーグルはどのように反論しているのか

米司法省の主張を読むと、グーグルは「極悪人」のように感じるかもしれませんが、現段階ではまだ「疑い」にすぎません。そしてグーグルは、米司法省の提訴には「重大な欠陥がある」と指摘しています(*3)。

グーグルの主張はとてもシンプルで、グーグルユーザーは自ら選んでグーグルのサービスを利用しているのであって、利用は強制されていない、としています。

報道されている範囲では、2020年11月時点でのグーグル側の主な反論はこれだけです。もちろん超大型訴訟になるのは確実なので、グーグルも訴訟の準備はしているはずですが、少なくとも外見上はグーグルから強い危機感は伝わってきません。
米司法省がこれだけ躍起になっているのに、グーグルに慌てている様子がみえない理由について解説する前に、約20年前のマイクロソフト訴訟をみていきましょう。

*3:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65252830R21C20A0MM8000/?n_cid=DSREA001

3. マイクロソフト訴訟との共通点と相違点

グーグルが創業した1998年に、米司法省は米マイクロソフト(以下、マイクロソフト)をやはり反トラスト法違反で提訴しました(*4、5)。

(1) 共通点

米司法省は、マイクロソフトが、基本ソフト(OS)ウインドウズの占有率の高さを武器に、パソコンメーカーなどの端末メーカーに対し、自社のブラウザーを標準設定するよう強制した、と主張しました。

要するにマイクロソフトがパソコンメーカーに「パソコンにウインドウズを入れて販売するなら、マイクロソフトのブラウザーを標準設定せよ」と命じた、というわけです。
それにより競合他社の競争力が削がれ、消費者が被害を受けたと、米司法省は考えました。

この内容は、今回のグーグル問題と似ています。先ほど確認したとおり米司法省は、グーグルが、自社サービスの標準設定をスマホメーカーやアップルに強制したと主張しています。

(2) 結局、白黒つかず

2000年の連邦地裁判決では、マイクロソフトが敗訴しました。連邦地裁はマイクロソフトに対し、OS部門とアプリケーション部門を分割するよう命令しました。
しかし、2001年に連邦高裁が、連邦地裁判決を差し戻します。そしてその後、米司法省とマイクロソフトは和解しました。
つまり、マイクロソフト問題は「白黒」つかないまま終結しました。

(3) 相違点からみえるもの

グーグル問題とマイクロソフト問題の相違点は、「グーグル問題の前に、これとよく似たマイクロソフト問題がある点」です。マイクロソフト問題の前には、似た問題がありませんでした。
グーグル問題とマイクロソフト問題の本質は酷似しています。そしてマイクロソフト問題は白黒つきませんでした。白黒つかなかったということは、実質的に米司法省の負けとみてよいでしょう。もしくは、マイクロソフトが逃げ切ったと言い換えることもできます。
そうであるならば、グーグル問題も決着がつかないかもしれません。少なくとも、「グーグルは黒」という判定は下らない可能性があります。

日本経済新聞は今回の米司法省によるグーグル提訴について、次のように指摘しています(*5)。

  • 米司法省は約20年も前の、確定していない司法判断を引き合いに出してきた
  • 独禁法の専門家は米司法省の主張について、概して厳しい見方をしている
  • 日経新聞は、米司法省不利とみているようです。

*4:https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1105/13/news071.html

*5:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65383040T21C20A0000000/?n_cid=NMAIL007_20201027_Y

(4) 技術革新がグーグルを有利に導く?

20年前のIT・ネット技術と、現代のIT・ネット技術の差も、訴訟においてグーグルを有利に導くかもしれません。
1998年当時のパソコンは容量が小さく、マイクロソフトのブラウザーが標準設定されていると、他社のブラウザーを入れる余裕がありませんでした。そうなると、マイクロソフトが自社のブラウザーを「ごり押し」することは、他社のブラウザーの排除につながります。

しかし、それから20年経った現代のパソコンやスマホやタブレットは、いくらでもブラウザーを入れることができます。つまり現代の端末ユーザーは、グーグルを使いながら、他社のブラウザーも使うことができます。そのうえで端末ユーザーがグーグルのブラウザーを使っているのであれば、それはグーグルが優秀なのであって、グーグルの独占とは関係ありません。

また、米司法省が指摘する問題が発生する前から、グーグルは検索エンジンで確固たる地位を築いていました。これも、グーグルの独占状態が、グーグルの実力によって築かれたものであり、グーグルの悪意ある行動によって築かれたものではない、との主張を補強することになりそうです。
グーグルの主張とおり、「グーグルユーザーは自ら選んでグーグルのサービスを利用しているのであって、利用は強制されていない」ようにみえます。

では、グーグルに問題がないのかというと、「それは違う」という声が、各所から挙がっています。

4. グーグル問題の本質とは

「米司法省VSグーグル」という構図でみると、グーグルが有利にみえるかもしれませんが、今回のグーグル問題の本質は別のところにあるのかもしれません。

(1) 米下院も、EUも、フランスも問題視

マスコミは、アメリカの巨大IT企業の悪影響に注目しています(*6)。
アメリカでは司法省だけでなく、議会下院の小委員会も、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)が反トラスト法に違反していないか調査しています。そして小委員会は、巨大IT企業を規制するため、事業の分割を視野に入れるべきだ、とする報告書を作成しました。

EU(ヨーロッパ連合)に至っては、2019年3月、広告事業で公正な競争を妨げたとしてグーグルに14.9億ユーロ(1,900億円)の制裁金を支払うよう命じました(*7)。フランス政府も2019年12月に、やはり広告事業で支配的地位を乱用したとして、グーグルに1.5億ユーロ(180億円)の制裁金を課すと発表しています(*8)。

グーグルを含む巨大IT企業が、「悪いこと」をしているかどうかは判定できませんが、社会を混乱させているのは確実なようです。

*6:https://www3.nhk.or.jp/news/special/sakusakukeizai/articles/20201023.html

*7:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42730200Q9A320C1EA1000/

*8:https://www.yomiuri.co.jp/economy/20191221-OYT1T50170/

(2) 問題に感じさせない問題

グーグルが各国政府に叩かれている状況に、違和感を持つ人もいるでしょう。「あれほど便利なサービスを無料で提供している企業を、なぜいじめるのだろうか」と。
グーグルは、Eメールサービスも地図サービスもクラウドサービスも自動翻訳サービスも無料で提供しています。しかもどれも、世界最高レベルのクオリティです。

グーグルが高品質のネット・サービスやITサービスを無料で提供できているのは、広告収入を得ているからです。そうであるならば、グーグルが広告収入で儲けていても仕方がないと思う人がいても不思議はありません。

しかし、グーグル問題を問題視している人たちは、この「問題に感じさせない」ことこそ、問題であるとみているようです。
日本経済新聞は、デジタル業界には、効率や規模を追う技術者気質が社会問題を引き起こしていることを認識していない会社が多い、と批判しています(*9)。
つまり、巨大IT企業自身、ことの重大さに気がついていないのではないか、というのです。

先ほど、EUが2019年に、グーグルに14.9億ユーロ(1,900億円)の制裁金を課したと紹介しましたが、グーグルがEUから巨額の制裁金が命じられるのはこれで3回目です(*10)。「凝りていない」わけです。

*9:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65471560W0A021C2TCR000/?n_cid=DSREA001

*10:https://wired.jp/2019/03/22/eu-hits-google-third-billion-dollar-fine-so-what/

5. まとめ~「便利で無料なのは何かある」と思う感覚が大切

グーグル問題は、進みすぎたデジタル社会への警鐘なのかもしれません。「兆円」規模の数字がポンポン飛び交い、政府や司法当局が活発に動き出す現状は、確かに異常です。
ただ、グーグル問題は、本質がみえにくいという性質があります。例えば、同じ企業問題でも、工場が公害をまき散らしているのであれば、被害がみえるので問題の本質はとらえやすいでしょう。

しかしグーグル問題では、恩恵を受けている人が大勢いる一方で、グーグルから被害を受けたと自覚している人はあまりいません。
しかし、あれだけ便利なグーグルのサービスが無料で使えるのは「何かある」と考えたほうがよいのでしょう。

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