早いもので2020年も半分が過ぎました。今年はオリンピックの年でしたが、世界はコロナ一色に染まってしまいました。M&A市場は例年と比べてどうなっているのか、主要な企業買収案件を解説していきます。
1.2020年上半期のM&A動向
2020年上半期(2020年1月~6月)のM&A取引金額合計は、2兆9,111億円となり2002年以来の低水準となりました。2002年はITバブル崩壊から間もない頃であり、コロナの影響はM&Aにも大きな影響を与えたと言えます。
ただし、コロナの影響で毎年のように起こっていた日本企業による海外企業の大型買収がなく、その影響でM&A金額が減少したとも言えます。今後、海外案件は減少することが見込まれますが、国内企業同士の提携や合併は増加するものと考えられています。
参考:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61137780T00C20A7DTA000/
2.主な企業買収案件
ここからは2020年上半期に発生した企業買収案件を紹介していきます。前提として、マイナー出資や資本提携は含まず、50.1%以上の株式取得を前提とします。
(1)三菱商事・中部電力がオランダの電力会社エネコを買収
2020年3月24日、三菱商事と中部電力が共同で、オランダの電力会社であるエネコ社を、約5,000億円で買収しました。買収金額のうち、8割にあたる4,000億円は三菱商事、残りの1,000億円は中部電力が負担し、中部電力としては過去最大のM&A案件となります。また、2020年上半期に実施された日本企業のM&Aでも最大の金額規模です。
エネコ社はガス事業も手掛けており、電力とガスの合計契約件数は600万件以上です。なお、買収金額5,000億円のうち、のれん計上額は1,000億円との見方があり、投資回収できるかどうか、三菱商事と中部電力の投資家としては見極める必要のある大型案件です。
参考:https://r.nikkei.com/article/DGXMZO57168380U0A320C2TJ1000
(2)アークランドサカモトがLIXILビバを買収
2020年6月9日、ホームセンター中堅のアークランドサカモトは、LIXILビバをTOBにより完全子会社化するという大型M&Aの発表を行いました。TOBは一株2,600円のため、100%取得のために1,085億円が必要です。アークランドサカモトの時価総額は約800億円であるため、自社よりも大きな会社を買収するという珍しい案件です。
アークランドサカモトの売上高は約1,000億円、LIXILビバの売上高は約2,000億円で、両社を合計すると売上高は約3,000億円規模となり、ホームセンター業界の第5位の規模となります。シェア1位はカインズ社で売上高約4,400億円のため、ホームセンター業界の上位シェアは団子状態と言えます。日本の人口減少により、ホームセンター業界も今後ますますの業界再編が行われるかもしれません。
参考:http://www.arcland.co.jp/ir_memory/upfile/1591685967.pdf
(3)ニチイ学館のMBO
2020年5月8日、介護事業のニチイ学館は経営陣によるMBOを発表しました。経営陣とアメリカ投資ファンドのベインキャピタルが手を組み、TOBによりニチイ学館の株式100%の取得を目指しています。MBO総額は1,000億円以上となり、MBOの規模としては歴代3位です。
一方、ニチイ学館がMBOを発表した後、株価はTOB価格である1,500億円を大きく超えて推移しており、このMBOが実現するかどうか不透明な状態です。ニチイ学館の株主としては、TOBに応募するよりも市場のそのまま売却した方が大きな利益を獲得できるためです。そのため、ニチイ学館は公開買い付けの期間を8月3日まで延長しています。7月24日時点ではTOB価格の引き上げは発表されておらず、今後の状況に注視したい案件です。
参考:
https://www.nichiigakkan.co.jp/topics/assets/770f910e20ebacfb2fd6843eb14dce73f31bb8c9.pdf
(4)総合メディカルホールディングスのMBO
2020年3月24日、医療コンサルティング事業の総合メディカルホールディングスの経営陣が投資ファンドポラリスからの資金提供を受け、MBOを完了させました。MBOの総額は約760億円で、MBOが成立したため、総合メディカルホールディングスは上場廃止となっています。
参考:https://www.polaris-cg.com/wp/wp-content/uploads/news/20200324_Sydney_J.pdf
(5)新生銀行がニュージーランドUDC Finance Limitedを子会社化
2020年6月2日、新生銀行がオーストラリア・ニュージーランドの大手銀行であるANZ銀行の子会社であるUDC Finance Limitedの株式100%を取得します。金額は約510億円で、UDC Finance Limitedは、個人向けの自動車ローンや、運輸や林業といった法人向け融資に強みを持っています。
新生銀行グループは、「小口ファイナンス」を中期経営戦略の注力分野としており、UDCの事業も「小口ファイナンス」であるため、中期経営戦略に合致したM&Aと言えます。UDCはニュージーランド全域をカバーする営業拠点を持ち、個人顧客約58,000人、法人顧客約24,000社を有し、オートディーラー経由のファイナンス分野では1/3のマーケットシェアを持っています。
参考:https://pdf.irpocket.com/C8303/gAJe/VqC9/iKXU.pdf
(6)ノーリツ鋼機がAlphaThetaを子会社化
2020年3月2日の取締役会にて、ノーリツ鋼機はAlphaTheta(旧:Pioneer DJ)の株式100%を約350億円で取得する決議を行いました。ノーリツ鋼機は元々、写真処理機器(ミニラボ)の世界市場シェア6割を持つ会社でしたが、現在はM&Aを軸にした事業の多角化展開を行っています。
AlphaThetaはDJ・クラブ機器を作る会社で、2015年にパイオニアから投資ファンドKKRの手によって、独立した会社です。ノーリツ鋼機は現在、時価総額約550億円、純資産780億円の会社です。純資産の50%程度にあたるM&Aであるため、ノーリツ鋼機にとって、今後きちんと投資回収できるかどうかは非常に重要です。その重要なM&A案件がDJ・クラブ機器を作る会社というのがユニークなM&A案件と言えます。
参考:https://ssl4.eir-parts.net/doc/7744/tdnet/1803496/00.pdf
(7)オーデリックのMBO
2020年2月4日の取締役会にて、オーデリックのMBOが決議されました。オーデリックの伊藤雅人社長が代表取締役を務めるアマセクリエート有限会社がTOBするスキームです。MBOの総額は約306億円、目的は非上場化により機動的な意思決定ができる組織体制とし、海外展開を含めて中長期の観点で企業価値を向上させることです。オーデリックは国内照明器具メーカーですが、国内市場の成長性が鈍化する中、海外に目を向けているようです。
参考:https://www.odelic.co.jp/ir/pdf/press_release/200204_002.pdf
(8)SBSホールディングスの東芝ロジスティクス連結子会社化
2020年5月26日、SBSホールディングスは東芝の100%子会社である東芝ロジスティクスの株式を66.6%取得し連結子会社化することを発表しました。金額は約200億円、連結子会社後も東芝は東芝ロジスティクスの株式33.4%を引き続き保有することになります。SBSホールディングスは66.6%という持分比率のため株主総会の普通決議は単独で決議できますが、特別決議は東芝の賛成がなければ通せないこととなります。
東芝はアメリカの原子力発電事業の巨額損失による経営危機で、事業ポートフォリオの再検討を迫られています。SBSホールディングスは陸運倉庫業界の大手プレイヤーであり、東芝ロジスティクスの強みである大型精密機器の輸送事業とのシナジーを創出することを目的としたM&Aです。
参考:https://www.sbs-group.co.jp/sbsh/pdf/sbsh_pdf20200526_01.pdf
(9)ツムラが天津盛実百草中薬科技有限公司を連結子会社化
2020年2月28日、漢方薬国内最大手のツムラが、漢方製剤用原料の調達先である天津盛実百草中薬科技有限公司の株式80%を約187億円で連結子会社しました。天津盛実百草中薬科技有限公司の2018年度のPLは売上高144億円、営業利益17億円、経常利益18億円、当期純利益18億円です。100%バリュエーションは約234億円ですのでPER13倍の価格で取得したことになります。
ツムラは2019年に策定した中期経営計画で500億円~1,000億円を中国事業のM&Aや工場建設に投資すると発表しており、今回のM&Aはその一環と言えます。日本企業が中国企業をM&Aする事例は最近では珍しく、今後のツムラの中国事業の動きは注目です。
参考:https://www.tsumura.co.jp/corporate/release/pdf/20200228_2.pdf
(10)カルビーがポテトかいつかを連結子会社化
2020年2月28日、カルビーがサツマイモの調達・販売を手がけるポテトかいつかの株式100%を約140億円で取得することを発表しました。ポテトかいつかは1967年創業、同社独自のブランド「紅天使」を含め、契約農家からサツマイモを仕入れ、焼き芋用の原料などとしてスーパーなどの小売店に販売しています。
カルビーはポテトチップスなどジャガイモ菓子に強みがありますが、今回のポテトかいつかの買収によりサツマイモに関する技術や知見を手に入れることとなります。サツマイモは中華圏や東南アジアを中心に海外での人気が高まっており、カルビー傘下となることでポテトかいつかの商品を多く輸出できるようになります。
参考:https://www.calbee.co.jp/news/pdf/2020022802.pdf
3.まとめ
以上のように、2020年上半期のM&Aのマクロ状況と10個の具体的な事例を紹介してきました。2020年上半期はM&Aの金額自体は低調に終わったものの特徴的なM&Aが増えてきています。
(1) MBOの増加
2020年上半期はMBOが増加しています。具体的な事例紹介で紹介しきれなかったMBO案件は豆蔵HD、JEUGIA、ミヤコがあり、合計5つが完了しています。その他に、ニチイ学館のMBOが成立する可能性もあり、例年にないハイスピードでMBO化が進んでいます。MBOは所有と経営を一致させて機動的な意思決定を可能にすることを基本的な目的としていますが、バリュエーションが高ければ資金を用意するのも大変です。そこで、MBOはバックに投資ファンドなどがいることが通常ですが、2020年上半期のMBOは、ポラリス、インテグラル、ベインキャピタルが投資しており、投資ファンドの国内での動きが活発化している点が見逃せません。
(2) 小型の海外M&A
海外M&Aは、三菱商事と中部電力のエネコ5,000億円が最大で、他は比較的小規模でした。コロナ前から綿密な交渉を重ねたことでコロナの中でもM&Aを実行できたものと考えられます。今後、ますます日本市場は減少していくため、海外に出ていかなければなりません。オーデリックのMBOも日本市場を悲観的に見ており、海外に出やすくすることが目的でした。
2020年前半は小型の海外M&Aはいくつかありましたが、2020年後半は国内案件中心になるものと思われます。コロナの影響により、旅行、アパレル、外食などの事業は大きなダメージを受けており、いまだ回復の兆しはありません。これらの業界に関して今後、救済的なM&Aや国内再編案件が増えてくる可能性が高まっています。2020年後半に向けて、今後どのようなM&Aが起こってくるのか引き続き、注目したいと思います。