今回はM&A巧者として有名なリクルートのM&Aの歴史を振り返りながら、その成功と失敗について考察したいと考えます。
また、2019年のアニュアルレポートでCFOの佐川氏が、「目指す姿の実現に向けた戦略的買収に資本を投下します。戦略的買収に対して常に機動的に動くことができるよう、十分な資金を留保しておきたいと考えています。財務健全性を維持する範囲で、必要に応じて買収資金に借入金を充当することも考えます。」と語っているように、今後もリクルートはM&Aを成長戦略の中心に据えると見込まれます。
それでは、リクルートのM&Aについて振返っていきたいと思います。
1.リクルートのM&Aの歴史
まずはリクルートのM&Aの歴史を見ていきたいと思います。リクルートの歴史は1960年の大学新聞広告社設立に遡りますが、ここでは2000年以降のM&Aを振返ります。
買収年 | 企業名 | 事業領域 | 主な事業展開先 |
---|---|---|---|
2005 | 株式会社広報社(現・株式会社リクルート北関東マーケティング) | 各メディア(WEBサイト・情報誌)の広告掲載・発行・取扱 | 日本 |
2005 | 株式会社日本医療情報センター(現・株式会社リクルートメディカルキャリア) | 医師・看護師・薬剤師転職支援事業等 | 日本 |
2006 | 株式会社ホームプロ | リフォーム会社紹介サイト運営 | 日本 |
2006 | 株式会社ゆこゆこ | 宿泊予約事業等 | 日本 |
2007 | 株式会社ジョブダイレクト | Webクローリング、名寄せを活用したデータマーケティング支援事業 | 日本 |
2007 | ユメックス株式会社 | 求人広告の企画発行、採用活動における各種コンサルティング、採用代行(RPO)、イベント企画運営など | 日本 |
2008 | スタッフサービス・ホールディングス | 人材派遣業 | 日本 |
2009 | Good Job Creation (Asia) Ltd. (現・RGG HR Agent Hong Kong Limited) | 総合HRサービス | 香港 |
2010 | The CSI Companies, Inc. | 人材派遣事業 | 米国 |
2011 | STAFFMARK HOLDINGS, INC. | 人材派遣事業 | 米国 |
2011 | ADVANTAGE RESOURCING AMERICA, INC. | 人材派遣事業 | 米国 |
2011 | Advantage Resourcing Europe B.V. | 人材派遣事業 | 欧州 |
2012 | Indeed Inc. | 求人専門検索エンジン運営 | 米国・欧州 |
2013 | Bo Le Associates Group Limited | 人材紹介事業(ヤング~エグゼクティブクラス) | アジア |
2013 | NuGrid Consulting Private Limited(現・RGF Executive Search India Private Limited) | 人材紹介事業(エグゼクティブクラス) | インド |
2013 | Movoto LLC | 中古不動産情報サイト運営 | 米国 |
2015 | Peoplebank Holdings Pty Ltd | 人材派遣事業 | 豪州 |
2015 | Chandler Macleod Group Limited | 人材派遣事業 | 豪州 |
2015 | Quandoo GmbH | 飲食店予約サービス | 欧州 |
2015 | Hotspring Ventures Limited | 美容予約サービス | 欧州 |
2015 | Atterro Inc. | 人材派遣事業 | 米国 |
2016 | USG People N.V. | 総合人材派遣事業 | 欧州 |
2017 | Trust You GmbH | 宿泊施設口コミサービス | 欧州 |
2018 | Glassdoor Inc. | 求人企業の口コミ及び給与情報に関する膨大なデータを有するオンライン求人サイトの運営 | 米国 |
出所:
https://www.recruit.co.jp/company/history/
https://recruit-holdings.co.jp/who/reports/2019/pdf/ar19_annualreport_jp.pdf
https://recruit-holdings.co.jp/ir/ir_news/20151222_16410.html
上記を見ると明らかではありますが、2009年以降のM&Aについては海外のみとなっており、リクルートが海外事業の強化をM&Aを用いて実行してきたことが顕著に理解できます。
その結果として、2019年のアニュアルレポートによると世界60か国での事業展開を行なっており、海外売上高比率は46%まで上昇しています。
リクルートのM&Aの歴史を一通り振返りましたので、次からはM&A巧者・リクルートの成功と失敗を見ていきます。
2.主な成功事例
リクルートのM&Aの成功を語るには、個別の企業買収を見ていくよりも流れを見ることが重要です。まずは、人材派遣業を例にとって見ていきましょう。
(1)人材派遣業のM&A
基本的にリクルートの海外M&Aは日本国内で有効性が確立されたビジネスモデルを海外へ展開することが肝となっています。また、いきなり大きな買収を仕掛けるのではなく、小さい企業の買収からスタートして、その事業をスケール化していくことが成功の要因となっています。
人材派遣業でも同様のアプローチが取られており、リクルートは自前で人材派遣業をスタートし、2008年には当時業界5位であったリクルートが業界1位のスタッフサービス・ホールディングスを買収するという攻めに出ています。この買収を通じて、国内で盤石の地位を築き、次のステップへと進んでいきます。
その次のステップが、上記にもある2010年のThe CSI Companies, Inc.の買収です。CSIは米国の小規模な派遣会社でありましたが、これを約28億円で買収します。その後、2011年にSTAFFMARK HOLDINGS, INC.(買収額:約240億円)を米国で、同年に米欧で事業展開を行なっているAdvantage Resourcing(買収額:約330億円)を買収しています。
ここまでの流れで、国内→海外小・中規模という流れが確認できます。そして、最後に来るのが海外での大型買収です。
人材派遣業での海外大型買収は、2016年には欧州のUSG People N.V.を約1,600億円という金額で買収しています
上記の流れを行なった結果、2019年決算ベースでは人材派遣SBU(戦略ビジネスユニット/ Strategic Business Unit)は、グループ全体の売上高で55.8%、利益額(連結EBITDA)で28.3%を稼ぐ主力事業となっています。
(2)HRテクノロジービジネスでのM&A
次の成功事例としては、現在のリクルートの成長を支えているHRテクノロジーSBUです。
HRテクノロジーSBUとは、最新のテクノロジーを活用してオンライン求人プラットフォーム運営や、人材ビジネスに関するソリューションの提供を行ない、個人の求職活動と企業の採用活動をサポートするビジネスです。
前項で説明したようにリクルートのM&Aは一歩一歩前進していくアプローチが主流です。しかしながら、HRテクノロジービジネスについては、これと一線を画す手法がとられました。
その先駆けとなったのが、上表の2012年のIndeed Inc.の買収となります。今までのM&Aと異なり、いきなり約1,300億円もの投資を行なっています。
また、2018年にはGlassdoor Inc.の買収を行なっており、こちらも約1,300億円の大型買収となっています。
これらの買収を通じて、Indeed社の買収からたったの7年でHRテクノロジーSBUは売上高で3,269億円、利益額で474億円(いずれも2019年3月期決算)に急拡大しており、リクルートのビジネスの中でも最も高い成長率を誇っています。
この買収劇で興味深いインタビューがあります。2019年7月26日のダイヤモンドオンラインのインタビューでリクルートホールディングスCEOの峰岸氏がIndeedの買収にあたって「一番大事なのはビジョンです。うちは1960年の創業以来、収益を高めていくマッチングのメカニズム、つまり個人にとって利便性が高く、法人にとって採用のコストを安くできるメカニズムを日本でずっと探求してきているので、ビジョンがはっきりしています。他方、Indeedのビジョンは“We help people get jobs.”です。人材ビジネスについてリクルートと同じレベルで探求していて、かつ収益を上げるメカニズムに理解が深く、それでいて個人と法人の両方にコミットしようとしている。多くの企業の創業者と会ってきましたが、ビジョンが一致する会社なんて今までなかった。そこで一気にいけたわけです。」と語っています。
(出典:https://diamond.jp/articles/-/209815)
上記からもリクルートが買収先の選定の際に、自社の企業文化と買収先の企業文化がしっかりとマッチするのかを精査していることが理解できます。
他のM&A事例と異なる手法を取ってきたHRテクノロジービジネスですが、現在の状況を踏まえるに非常に大きな成功であったと言えると考えます。
3.主な失敗事例
上述のとおり、リクルートのM&Aは緻密な計画に基づいて行われており、大きな失敗というものはありません。しかしながら、失敗の定義を「現在のビジネスにポジティブな影響を与えていないもの」と定義を行なうのであれば、2013年に実施されたMovoto LLCの買収が挙げられます。
2013年の買収当時には、販促領域におけるアジア以外でのビジネス拡大を目的に米国の中古不動産ビジネスを展開することが謳われていました。また、このビジネスにおいてはリクルート社が長年展開してきた日本を中心とした大規模な不動産情報サイトを運営してきた知見が活用できるとされていました。
しかしながら、2017年にMovoto LLCの売却を決定しており、その際のプレスリリースでは「米国における不動産情報サイトをめぐる昨今の競争環境を考慮した結果、今後は新たな戦略に沿って事業の維持・発展を図ることがMOVOTO社の価値の最大化に資すると判断」したと記載されています。
(出典:https://recruit-holdings.co.jp/ir/ir_news/20171201_17763.html)
M&Aの失敗をどう捉えるかは非常に難しいところです。日本企業が多く犯している失敗のように本M&Aによってリクルートは大きな減損処理などには直面していません。
しかしながら、本件については「現在のビジネスにポジティブな影響(売上高や利益の成長等)を与えていない」ことから失敗と捉えた場合に、その原因としてはビジネスの特性を見誤ったことが挙げられます。不動産ビジネスは、各国の法規制に大きな影響を受ける側面があり、日本やアジアで成功したビジネスモデルが通用するとは限りません。
ビジネスの特性を踏まえて、日本で培ったスタイルが転用・応用できるのかをしっかりと検討することが重要であると言えると考えます。
4.リクルートの今後のM&Aに関する展望
最後にリクルートの今後のM&Aに関する展望について考えたいと思います。
まず、冒頭にも紹介したとおり、リクルートが戦略的買収を行なっていくことは間違いないと考えて良いと思います。また、2019年のアニュアルレポートで峰岸CEOが人材マッチング事業(求人広告および採用ツール市場、人材紹介およびエグゼクティブサーチ市場、人材派遣市場の総称)の強化を明確に述べております。
したがって、人材マッチング事業、その中でもIndeedを中心としたHRテクノロジービジネスが今後の成長のエンジンとなることが予想され、この領域でのM&Aが有望視されます。
2019年の決算によれば、現金及び現金同等物で約4,000億円と非常に資金も豊富にあり、また有利子負債も少ないことからまだまだリクルートにはM&Aを活用した成長余地が多分にあると推測しています。
5.まとめ
今回はリクルート社のM&Aについて歴史を振り返り、その成功と失敗を見てきました。
リクルート社がM&Aという成長手法をどのように用いてきたのか、M&A巧者にあるM&A哲学とは何か、失敗の要因は何か、についてご理解いただけたとしたら大変光栄です。
本記事が皆さまのご参考になれば幸いです。