M&A

マルチプル法とは?実際の使用例とともに解説します

M&Aにおいて成功するかどうかの一番のポイントは、売り手と買い手の価格が折り合うかどうかです。それではM&Aの適正な価格はどのように算出されるのでしょうか。一つの方法として「マルチプル法」が挙げられます。ここでは、「マルチプル法」について具体的に解説していきます。

1. マルチプル法とは

マルチプル法とは、特定の財務指標と企業価値、株式時価総額の関係性に基づき相対価値を求める手法です。マルチプル法はDCF法と異なり、相対価値であることが特徴的であり、比較対象となる企業の財務数値がないと、価値を算出することができません。

2. マルチプル法の種類

マルチプル法は理論上、たくさんの種類を作ることができますが、ここでは主要な6種類のマルチプルを紹介します。説明を簡単にするために価格を算出したい企業をA社、比較となる企業をB社とします。

(1) 売上高倍率

B社の売上高倍率(事業価値÷売上高)を算出。A社の売上高に、売上高倍率を乗じてA社の事業価値を算出します。

(2) EBIT倍率

EBITとは支払金利前税引前利益のことを指します。具体的には経常利益+支払利息―受取利息と計算することができます。B社のEBIT倍率(事業価値÷EBIT)を算出し、A社のEBITに、EBIT倍率を乗じることによりA社の事業価値を算出します。

(3) EBITDA倍率

EBITDAとは上記のEBITに固定資産の償却費を加算した数字のことを指します。EBITDAは営業キャッシュフローの概念に近く、実務で最も使われている指標です。B社のEBITDA倍率(事業価値÷EBITDA)を算出し、A社のEBITDAに、EBITDA倍率を乗じ事業価値を算出します。

(4) 経常利益倍率

B社の経常利益倍率(株式時価総額÷経常利益)を算出。A社の経常利益に、経常利益倍率を乗じてA社の株式時価総額を算出します。ここで、(1)売上高倍率との違いには注意が必要です。(1)売上高倍率はA社の「事業価値」を算出していますが、(4)経常利益倍率はA社の「株式時価総額」を算出しています。「事業価値」は事業そのものの純粋な価値を算出しているのに対して、「株式時価総額」は遊休不動産の価値など事業に関係のない資産価値も加味された数字となります。

(5) PER

PERとはPrice Earnings Ratioの略であり、株式時価総額÷当期純利益で算出されます。株式市場では最も一般的に使われている指標であり、聞いたことのある人も多いかもしれません。

(6) PBR

PBRとはPrice Book Ratioの略であり、株式時価総額÷簿価純資産額で算出されます。PBRもPERと同様に株式市場で一般的に使われている指標です。PBR1倍が基準となっており、例えばPBR1倍であれば、簿価純資産額と株式時価総額が等しいとして株式売買が成立している状況で、株式市場からは将来の成長性に関して疑義が持たれている状態となります。

3. 財務数値以外のマルチプルについて

今までは基本的な財務数値をもとにしたマルチプルを説明してきました。一方で財務数値値を使用しないマルチプルを用いることが妥当なケースもあります。例えば資源発掘会社の事業価値を算出したい場合は、事業価値÷資源埋蔵量を指標とすることが妥当です。あるいは、コンビニエンスストア業であれば、事業価値÷店舗数といった指標を用いることができます。

4. どのような時にどんな種類のマルチプルを適用するべきか

上述のとおり、マルチプル法には様々な種類があります。どのような時に何の種類を用いるべきでしょうか。

(1) 対象会社の利益がマイナスの場合

対象会社の利益がマイナスの場合、PERやEBIT、EBITDA、経常利益倍率といった利益を基礎とした指標は使うことができません。それでは、ベンチャー企業のような成長企業ではあるが、利益がマイナスの場合はどうしたら良いのでしょうか。このケースでは、売上高倍率を使うべきです。例えば、対象会社がB2BのSaaS企業であれば、直近で上場したFreeeやSansanの売上高倍率を参考にすることができます。

(2) 対象会社が将来の存続が危ぶまれている場合

対象会社の財務状況が悪く将来の存続ですら危ぶまれている場合、当然に高い評価額は付きません。このような対象会社の場合にはPBRを使うのが適切です。

(3) 算出する時間がない場合

時間的に余裕がない場合は、PERやPBRを使用することが考えられます。対象会社の業種から比較企業を決め、その比較企業のPERやPBRはYahoo Finance等で気軽にインターネット上で手に入る指標です。EBTIDA倍率は、EBITDAの計算調整や事業価値の算出に計算が必要のため、分析に時間がかかることが考えられます。

(4) 上記以外の通常の場合

上記のような特殊的な事情がない場合は、EBITDA倍率を使用することが望ましいです。マルチプルを使って企業価値を算出してください、と言われた場合はまず瞬間的にはEBITDA倍率を思い起こすようにしましょう。

5. マルチプルの実務での使われ方

ここからは実際にマルチプルがどう実務で使用されるのかを順を追って説明していきます。

(1) 比較対象となる類似企業の選定

最初に行うことはマルチプルを算出するべき類似企業を選定することです。例えば対象会社が車の製造販売であれば、類似企業はトヨタ、ホンダ、日産といった企業となるでしょう。車の製造販売といった分かりやすい事例は稀であり、ほとんどの場合は類似企業の選定は頭を悩ますことが多いです。完全に合致しなくともある程度の合理性を持たせたうえで選定するようにしましょう。選定する類似企業数ですが、最低でも2社、多い場合は10社以上選定する場合もあります。

(2) 類似企業の株価倍率の算定

類似企業を選定した後は、類似企業の株式時価総額、事業価値を算定していきます。少し専門的な内容となりますが、具体的な事業価値の計算式は下記のとおりです。 事業価値=株式時価総額+有利子負債+非支配株主持分―現預金―有価証券

(3)採用するマルチプル法の特定

続いてマルチプル法の種類を選定します。EBITDA倍率であれば、類似企業の財務諸表よりEBITDA倍率を算定していきます。上場企業であれば、有価証券報告書などに詳細な財務諸表が開示されていますので、分析は必要ですがEBITDA倍率を算出することができます。どの期間のEBITDA倍率を使用するべきかですが、ケースバイケースです。1年後の見通しEBITDA倍率を使うケース、過去3年平均のEBITDA倍率を使うケースなど、対象会社の業績、属している産業、市場規模などから見て実質的に判断されます。

(4)対象会社の株価算定

話を簡単にするため、対象会社をA社、類似企業をB社、C社、D社とします。EBITDA倍率を使用することにし、EBITDA倍率はB社:10倍、C社:15倍、D社:100倍でした。D社には買収のうわさが流れたことで株価が高騰したという特殊事情があり、今回はB社とC社のEBITDA倍率の平均である12.5倍を使うことにしました。対象会社A社のEBITDAは10億円です。このとき、A社の事業価値は、10億円×12.5倍=125億円と計算することができます。A社は現預金や負債等はないものとすると、事業価値=株式時価総額であり、株式時価総額も125億円です。A社の発行済み株式数が1億株であるとすると、一株当たり株価は、125億円÷1億株=125円と計算することができます。以上がマルチプルによる株価算定の実務の流れです。

6. マルチプルを使用する際の注意点

計算方法がある程度わかりやすくデータを集めやすいため、マルチプル法は使いやすい評価手法です。一方でマルチプル法を使用する際は注意すべき点がいくつかあります。

(1) 類似企業の選定を誤ると計算自体の意味がなくなる

マルチプル法において、類似企業の選定は非常に重要です。まったく関係のない類似企業を選んでしまうと意味のない数字が算出されるばかりでなく、M&Aの重要な意思決定を誤ってしまうおそれがあります。類似企業を選定する際は、時間をかけてしっかりと検討するようにしましょう。

(2) 非流動性ディスカウントの考慮

マルチプル法を適用する際の類似企業は、財務データを収集しやすい上場企業が主となると思います。一方、M&Aにおける企業評価は非上場企業が中心です。上場企業であればすでに時価が付いているため企業評価をする必要がないためです。上場企業を類似企業としてマルチプル法に基づいて計算された非上場企業の株価は、割高に算出される傾向があります。なぜなら、上場企業の株式は市場が開いている時にはいつでも自由に売れるのに比べて非上場企業の株式は自由に売ることは困難なためです。これを非流動性ディスカウントと呼びますが、企業評価をするうえでは考慮すべき事項の一つです。

(3) 一つの手法にこだわりすぎない事

企業評価、株価算定の実務において、正解が一つに定まることはあり得ません。そのため、絶対的に評価手法として正しい手法は存在しておらず、様々な手法の中から複数を選択し、評価のレンジを定めることが実務では求められます。マルチプル法のほかにもDCF法、修正純資産法という評価手法があるため、これらの手法も使ってみたうえで最終的な評価額が求められるべきです。

(4) 異常値を除くための財務分析

マルチプル法を適切に計算するためには財務分析の知識も必要です。例えば経常利益倍率を使う際、類似企業の経常利益がたまたま低かったりした場合、対象会社の評価額も実態よりも低いものになってしまいます。なぜ類似企業の経常利益が低かったのかをしっかり分析したうえで、異常値かどうかを判断しマルチプル法に使用して良い数字か、また修正をしたうえで採用するのかといった判断が求められます。そのためには、類似企業の財務数値がなぜそのような数字になったのかという財務分析ができることが必要条件となっています。

7. まとめ

今回はM&Aにおける株価算定手法の一つであるマルチプル法について解説しました。マルチプル法は種類が多く、一筋縄では理解しづらい評価手法かもしれません。一方でマルチプル法は実務上使い勝手がよく、何度も登場する場面があるためM&A実務者にとっては必ず理解しておきたい知識の一つです。マルチプル法を体系的に理解する助けになり、実務を行う際に少しでも思い出していただけると幸いです。

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