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【東証システム障害に続き欧州でも】市場への影響と得られた教訓とは

東京証券取引所は2020年10月1日、売買システム「arrowhead(アローヘッド)」に障害が発生したため、終日、全銘柄の売買取引を停止しました。 この規模の金融事故は世界的にみても異例で、株式市場そして日本経済は元より、世界経済に大きな影響をもたらしました。
そして奇しくも同月19日に、ヨーロッパ5カ国の市場でも、システム障害によって売買が一時中断しました。こちらはしばらくして復旧し、3時間後には取引が再開されましたが、複数の国に被害が出ました。

この2つの金融事故は、いずれもサイバーテロを受けたものではなく、いわゆる「コンピュータの故障」です。またこの2つの事故には関連性がなく、偶然時期が重なっただけです。
しかし外的要因がないのに壊れるのは「余計に恐い」ということもできます。
この記事では東京とヨーロッパで起きたことを紹介したうえで、この出来事が市場に与えた影響と、ここから得られる教訓について考察していきます。

1.判明している事実の紹介

東証のシステム障害とユーロネクストのシステム障害について、判明している事実を紹介します。
システム障害が起きたヨーロッパ5カ国の取引所は、いずれもユーロネクストという取引所が運営していました。

(1)東証のシステム障害の事実

東証のシステム障害の実態を、マスコミ情報からまとめてみました(*1、2、3)。
東証が売買システム・アローヘッドの異常を察知したのは、2020年10月1日7時4分です。
この時点で9時の取引開始まで2時間を切っています。結論から紹介すると、取引開始間際だったため、終日中止になったといえます。

故障したのは「運用系ネットワーク」の「共有ディスク装置1号機」でした。共有ディスク装置とは、大量のデータを記憶する装置です。
本来であれば、1号機が故障しても2号機に自動に切り替わり運行を継続するはずですが、今回は「1号機→2号機」への切り替えに失敗しました。これが故障になります。

8時ちょうどに、証券会社からの注文が始まりました。アローヘッドはこの注文を処理していかなければなりませんが、もちろんそれができません。
そして8時1分、東証はトラブルを関係者に伝えました。
さらに8時36分、東証は売買停止の方針を関係者に伝えました。

これだけでも一大事ですが、しかしこのあとの出来事のほうが物議を醸すことになります。
物議とは、なぜ終日(丸一日)取引を停止したのかということです。アローヘッドが致命的な損傷を受けたのならそれも仕方がないのですが、壊れたのは1)1号機と、2)1号機から2号機への自動切り替え機能の2つだけです。しかも、2号機が存在するということは、1号機が壊れることは想定の範囲内です。そして、1号機から2号機への切り替えは、自動でうまくいかなくても、手動で行うことができました。
それでも東証は、終日停止に踏み切りました。
その理由は次のとおりです。

  • 1号機から2号機に切り替えたあとに、アローヘッドを再起動する必要があった
  • アローヘッドを再起動すると「注文したのに注文データが消える」という事態が起こりうる
  • 注文データが消えたら、注文し直せばよいのだが、それをすべての取引参加者に告知することはできない
  • 以上の事情から、アローヘッドを再起動すると、投資家や市場参加者に相当な混乱が生じることが想定された
  • 実際に東証が市場参加者に話を聞いたなかで、再起動をすると顧客対応や円滑の売買の実施に困難が生じる、という意見があった

システム的にはすぐに復旧できたものの、復旧後に正常化できる自信がなかったので、終日停止という「仕切り直し」のほうが安全と考えたわけです。

*1:
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/04708/

*2:
https://www.sbbit.jp/article/fj/43865

*3:
https://note.com/mikanactivese/n/nc6f263f1c6df

(2)ユーロネクストの障害の事実

ユーロネクストはヨーロッパの取引所大手で、パリ(フランス)、アムステルダム(オランダ)、ブリュッセル(ベルギー)、ダブリン(アイルランド)、リスボン(ポルトガル)、オスロ(ノルウェー)の6カ国で株式市場を運営しています。
2020年10月19日にシステム障害が発生して、オスロをのぞく5つの市場で、9時50分に全商品の売買が中断しました。ユーロネクストが扱っている金融商品は、現物株、上場投資信託、債券、商品先物、デリバティブなどです。
原因はソフトウェアの不具合で、中断時間は3時間でした。

2.なぜ「1日ぐらい」の取引停止が大問題になるのか~影響を検証

株式投資をまったくしていない人は、「1日ぐらいの取引停止で、なぜここまで大騒ぎするのか」と思うかもしれません。しかも東証は土日と祝日は休んでいますし、平日の営業時間(取引時間)も9:00~11:30(前場)と12:30~15:00(後場)と5時間しかなく、しかもしっかり「昼休み」を取っています。

しかし事態を重くみた金融庁は10月23日に、東証に立ち入り検査を行っています。さらに金融担当大臣も「バックアップシステムが動かなかったというのは考えられない」と、明らかに「怒って」います(*4)。この問題は、単なる大騒ぎで終わらず、行政処分に値する金融事故や政治問題になってしまいました。 なぜ「1日ぐらいの取引停止」が、政府機関を動かすほどの大問題になるのでしょうか。

*4:
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201023/k10012677041000.html

3.投資家に瑕疵がないのに損したり、儲けをフイにしたりするから

大問題になった理由は、そもそも東証は、営業日の営業時間に株式取引ができるようにしておかなければならないからです。新幹線が災害も事件も起きていないのに終日運休したら大問題になるように、東証が止まれば当然のごとく大問題になります。

ある投資家は、もし2020年10月1日に株式取引が行われていたら、儲けていたかもしれません。東証に急な取引中止は、この投資家の儲けを奪ったことになります。
別の株主は、もし2020年10月1日に保有株を売却できていたら、損害が減っていたかもしれません。東証に急な取引中止は、この株主の損失を膨らませたことになります。

今回のトラブルで、東証を訴える投資家や株主が現れるかもしれないと指摘する人もいます(*5)。

*5:
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020100101031&g=eco

4.失われた3兆円の売買機会

わずか1日の取引停止が大問題になる2つめの理由は、売買機会の消失の大きさです。今回のシステム障害では、東証だけでなく、名古屋、札幌、福岡の各証券取引所の取引も終日停止となりました。この4つの市場での売買取引額は、1日約3兆円です(*6)。 株式市場でビジネスをしているのは、機関投資家や個人投資家だけではありません。
銀行や証券会社や信託銀行なども株式市場に深く関わっています。また、上場している企業は、日々の株価によって事業動向が変化することがあります。
さらに、東証の株価の値動きは世界経済に影響を与えます。日本の株価は、為替にも影響を与えますし、各国政府の経済政策にも影響を与えます。
「売買が中止になっていなかったら儲かっていたはず、または、損していたはず」といった単純な話も、3兆円規模になると事態が複雑化・深刻化します。

*6:
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/04708/

5.企業経営も左右しかねない「今回は不幸中の幸い」

ある金融専門家は、取引停止が2020年10月1日に起きたのは、不幸中の幸いだったと指摘しています(*7)。それは、たまたまこの日にIPO(新規株式公開)がなかったからです。前日の9月30日にはアクシスという会社が上場しましたし、翌日の10月2日にはタスキという会社が上場しました。
IPOは、その企業にとって「第2創業」といってもよいほどの一大イベントです。経営者のなかには、その日のために頑張ってきた、という人もいます。
経営者にとっては1日にシステム障害で上場できなければ、2日にずらせばよいという話にはなりません。
そして市況も経済情勢も、1日違えば大きく変化します。そうなれば初値に大きく影響します。
初値が公募価格を上回るか下回るかは、その企業の上場後のスタートダッシュを大きく左右します。

*7:
https://www.sbbit.jp/article/fj/43865

6.DXへの不信感が募る

今回故障した東証の売買システム・アローヘッドは、国内有数のコンピュータ・システムといってよいでしょう。だからこそ、3兆円分もの売買取引をわずか5時間(前場2時間半、後場2時間半)でこなすことができます。
アローヘッドをつくったのは富士通です。富士通といえば、政府が後押ししているデジタルトランスフォーメーション(DX)のけん引役の1社です。
ところが富士通は2005年と2012年にも、東証のシステムでトラブルを起こしています。

したがって今回のトラブルについて、「日本最高峰のDX技術のレベルはこの程度だったのか」と感じた人もいたはずです。もしくは「そもそも、なんでもかんでもDX化すればよいわけではない」と思った人もいたかもしれません。
いずれにしても、DXへの不信感は芽生えたはずです(*8)。
なぜなら、社会的経済的な不安定さが、単なるシステムの故障で発生してしまうことがわかったからです。今回の事故は、デジタル社会が「デジタル頼み社会」であり「デジタル被害を受けやすい社会」であることを露呈しました。

もちろん、だからこそ、もっとDXに投資したり、DX人材を育成したりして、日本からデジタル・イノベーションを起さなければならない、という意見も出てくるでしょう。

*8:
https://dempa-digital.com/article/118409

7.「まとめ」にかえて~どのような教訓が得られたのか

東証のシステム障害からは、デジタルを過信してはならないという教訓が得られたはずです。
今回の事故では3兆円分の売買機会が消失したわけですが、よくよく考えれば、アローヘッドが東証や投資家や日本経済や世界経済にもたらした利益は、その額をはるかに上回るはずです。したがって、「アローヘッドなんて導入しなければよかった」とはなりません。
しかし、だからこそ、デジタルに振り回されないようにしなければなりません。AI(人工知能)が格段に進化したことで、現代ではコンピュータはすでに、処理だけでなく判断にも関わってきます。つまり、あるトラブルが起きて責任問題になったとき、「AIのせいです」となる時代がるかもしれません。
東証のシステムトラブルは、今回で3回目です。「デジタルを過信してはならない」という教訓が、今度こそ生かされることを期待したいところです。

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