2020年10月29日、家具・インテリア製造販売大手のニトリホールディングス(以下、ニトリ)が、ホームセンター中堅の島忠に対し、TOB(株式公開買い付け)を実施、全株式の半数以上を獲得して完全子会社化を目指すと発表しました。
島忠をめぐっては、すでに同業大手のDCMホールディングス(以下、DCM)が友好的TOBを進めており、ニトリHDとDCMHDによる島忠争奪戦の様相を呈しています。
ニトリの島忠に対する公開買付価格は1株あたり5,500円で、DCMHDの1株あたり4,200円を1,300円上回ります。
島忠とDCMとの間で経営統合が検討され始めたのは、今年9月28日のことです。その後にニトリが「待った」をかけるかたちになった今回の争奪戦は、なぜ起こったのでしょうか。争奪戦に発展した理由や今後のTOBの行方について解説します。
1.そもそもTOBとは
本題に入る前に、まずはTOBについて確認しておきましょう。
TOB(Take-Over Bid, 株式公開買い付け)とは、事前に買付期間・価格・株式数をメディア上で公告した上で、証券取引所を介さずに不特定かつ多数の既存株主から一括して上場企業の株式を買い付ける手法です。
TOBは企業買収や子会社化など、株式を大量に買い集めて対象企業の経営権を握る目的で利用されます。また、TOBには対象企業の同意を得て行う「友好的TOB」と、同意を得ずに行う「敵対的TOB」があります。
最近では、外食産業大手コロワイドによる大戸屋ホールディングスに対するTOBや、伊藤忠によるファミリーマートへのTOBがメディア等で広く知られる事例です。
買い手が対象企業の株式の3分の1を超えて取得すれば、株主構成が大きく変わります。株主総会の特別決議は3分の2の賛成で可決されるので、3分の1以上の株式を保有すれば、特別決議をいつでも否決できてしまうからです。
そのため、上場企業の3分の1を超える株式取得は、TOBによる買付けを行わなくてはならないと定められています。
TOBの発表、および成立・不成立は株式市場に大きな影響を与えることから、今回の島忠をめぐるニトリとDCMの争奪戦も例に漏れず、メディア等で大々的に取り上げられます。
2.島忠を争奪するニトリ・DCMそれぞれの理由
ニトリ、DCMが島忠を傘下に収めたい理由について見ていきましょう。
(1)ニトリが島忠を獲得したい理由
ニトリが島忠を獲得したい理由を簡単にまとめると、以下のとおりです。
- ホームセンター事業への新規参入
- 島忠が首都圏に持つ店舗網の獲得
ニトリは3年ほど前からホームセンター事業への参入を検討していました。その時点ですでに提携先の候補にホームセンター中堅の島忠が挙がっていたようです。
低価格で品質の良い家具を扱ってきたニトリにとって、ホームセンター事業は隣接業界でもあり、比較的参入しやすい分野と言えます。家具からガーデニング用品まで幅広い商品を取り扱う島忠を完全子会社化することは、ニトリのさらなる成長および市場の縮小リスク対策につながります。
さらに、郊外大型店舗を主力とするニトリにとって、島忠が首都圏に持つ店舗網は非常に魅力的です。
ニトリはこれまで国内外に600あまりの店舗を展開、おもに幹線道路沿いに大型店舗を出店して成長してきました。最近では銀座や渋谷など都市部への出店も強化しているものの、都心に広い駐車場を備えた大型店舗を出店するには莫大なコストがかかります。
一方の島忠は全国に60店舗という中堅でありながら、その9割以上が東京、神奈川、千葉、埼玉に集中しており、東京23区内に大きな駐車場を備えた大型店舗も出店しています。
そこでニトリが島忠を完全子会社化できれば、郊外と都市部での補完関係が期待できるのです。
(2)DCMが島忠を獲得したい理由
DCMが島忠を獲得したい理由を簡単にまとめると、以下のとおりです。
- ホームセンター事業の規模拡大
- 島忠が首都圏に持つ店舗網の獲得
DCMホールディングスは、ホームセンターチェーンのDCMホーマックやDCMダイキを中核として、おもに北海道地や茨城県以北の関東、東北地方に展開中のグループです。
最近のホームセンター業界は大手がローカルチェーンを取り込むかたちで、再編に向けた動きが活発化しています。
今般の新型コロナウイルス感染症拡大の影響下での外出自粛により、消費活動は旅行や外食からDIYやインテリアなど「巣ごもり消費」にシフト、ホームセンター業界はコロナ禍にあって大きく売上を伸ばしました。
しかし、ホームセンター業界に一時的な「コロナ特需」こそあれ、なお業界全体としては再編なくして市場規模の縮小を免れることはできない状況にあります。
DCMが今回のTOBで島忠を完全子会社化すれば、共業界トップを走るカインズを追い抜いて一気に業界トップに躍り出ることができます。
さらに、DCMもニトリと同様、島忠が都市部に持つ大型店舗を獲得したいという思惑があります。
首都圏を中心に出店する島忠と北関東~北海道に展開するDCMは商圏が重ならず、今回のTOBで良好な補完関係が築かれるのでは見られていましたが、ニトリがTOBで「待った」をかけたことで、3社の今後の展開に注目が集まっています。
3.ニトリ・DCMによる島忠争奪戦のはじまりと今後の行方
ニトリとDCMによる島忠争奪戦が勃発した経緯と、今後の行方について解説します。
(1)なぜニトリとDCMが島忠を奪い合う展開になったのか
前述のとおり、ホームセンター業界大手のDCMが同・中堅の島忠を傘下に収めることで業界のイニシアチブを握ろうと画策していたところ、ニトリが「後出しジャンケン」の形で島忠争奪戦に発展したという経緯がありました。
ニトリが名乗りを挙げる以前の2020年10月2日に行われたDCMと島忠の共同記者会見では、「当社こそが島忠にとって、最もシナジー効果を発現しやすいベストパートナーだ」とコメント、両者の提携は秒読み段階と見られていましたが、その約3週間後の同月21日に、ニトリは島忠への買収検討を明らかにしています。
実は、ニトリは3年前からホームセンター事業への新規参入を検討し始めており、その時点で提携先の候補のひとつに島忠が挙がっていたとのことです。そんな「意中の」島忠に対してDCMがTOBを発表したところから、ニトリも本腰を入れて島忠買収に踏み切ったとしています。
2社からラブコールを送られる形になった島忠の経営陣は、DCMのTOBに対して賛同する意向を明らかにしている一方、ニトリによる買収提案を「慎重に検討し、見解を公表したい」とコメントしました。
(2)ニトリとDCMによる島忠争奪戦の今後の行方
ニトリ・DCMによる島忠争奪戦のカギを握るのは、TOB価格です。
DCMは10月5日から11月16日までに、1株あたり4,200円で島忠の全株式の取得を目指してTOBを実施しています。これに対し、ニトリは11月中旬から、DCMの提示済み価格より1,300円上回る1株あたり5,500円でTOBの開始を発表しています。
今後はDCM側がTOB価格を引き上げるかどうかが、島忠争奪戦の最大の争点となるでしょう。証券取引所を介さないTOBでは、個人株主や投資ファンドはTOB価格を重要な判断材料とする傾向があるからです。
市場ではDCMに事業規模や資金力で圧倒的に勝るニトリの有利という見方が強く、ニトリによるTOBを見越して、10月30日時点での島忠の株価終値が5,530円まで急騰しています。
DCMはTOBの提示価格4,200円から引き上げない限り、過半数の株式取得は難しいと言わざるを得ませんが、DCMが提示価格を引き上げたとしても、資金力に勝るニトリが収益性を度外視してでも対抗することは必至と見られます。
4.まとめ
DCMの島忠に対するTOBの期限は11月16日までです。ニトリはDCMのTOBが成立しないことを条件として、11月中旬からTOBを開始すると発表しています。
島忠にとって、より魅力的な条件を提示しているのは明らかにニトリ側です。DCMはTOBの期限までに島忠を口説き落とすことができなければ、「後出しジャンケン」で参入してきたニトリに横取りされる形になります。
一般論として、TOBを成功させるには、対象企業の既存株主がどのような状況で、何を判断材料とするのか、買い手側は正しく理解しておかなければなりません。
すでに相思相愛とも言える関係にあった島忠とDCMの間に、後から割って入ってきた形になるニトリは「ずるい」との見方もできますが、TOBにおいて、既存株主は提示価格を重要な判断材料とすることはすでに述べたとおりです。
島忠が同業で相思相愛のDCMを取るか、圧倒的な資金力と魅力的な条件で異業種から参入してきたニトリを取るか、ホームセンター業界の再編にもつながる争奪戦は、今後とも目が離せません。