上場企業が買収防衛策というものを採用することがあります。近時は廃止する動きが広まっていましたが、最近になって、有事導入型の買収防衛策が取られた事例が現れ、また、事前警告型の買収防衛策を導入する企業が現れています。
この記事では、買収防衛策の内容とトレンドを解説します。
1 買収防衛策とは何か
対象会社の経営陣の賛同を得ていない買収は、敵対的買収と呼ばれます。もちろん、敵対的といっても、現経営陣に対して敵対的であるだけで、必ずしも株主の利益や企業価値を毀損するわけではなく、むしろ、一定の買収の圧力があることは、経営陣に適正な経営をするインセンティブを与えます。
しかし、グリーンメーラーのような、明らかに株主の利益や企業価値を毀損する買収者がいることも確かです。そのため、一定の買収防衛策を講じておくことは、場合によっては、株主の利益や企業価値の確保につながります。
2 主要目的ルールとその例外
(1) 不公正発行と主要目的ルール
会社法は、募集株式・新株予約権の発行等について、法令違反の場合と、著しく不公正な方法による場合に、株主による発行の差止めを認めています(なお、株式分割や新株予約権無償割当にも類推適用されることについては、特に争いはありません)。
そして、裁判所は従来、公開会社において、経営支配権争いがある場合において、現経営陣の経営支配権の医事・確保を主要な目的として、現経営陣やそれを支持する第三者に対して募集株式の発行等をすることは、「著しく不公正な方法」による発行に当たるとしてきました(主要目的ルール)。
誰に経営を委ねるかは、株主が決定すべきものであるところ、株主によって選ばれる側である経営陣が、新株発行等によって議決権比率を変えるのは、株主による決定を歪めるものであると考えられたためです。
敵対的買収者は、先に述べた定義上、経営陣の入れ替えを公表しているのが通常であるため、それに対する防衛策として新株発行等を行うことは、主要目的ルールに原則として該当します。
(2) ニッポン放送事件(2005)
2005年2月、ライブドアが時間外取引・市場取引によりニッポン放送(当時フジテレビの大株主)を敵対的買収しようとしたところ、ニッポン放送がフジテレビに新株予約権を発行ようとした事案で、ライブドアが差止めの仮処分を申し立てました。
東京高裁は、主要目的ルールに例外があることを認めながらも、その例外を狭く解釈し、例として下記の項目を挙げ、当該事案はこれらに当たらないとして差止めを認めました。
- いわゆるグリーンメーラーである場合
- 知的財産等を買収者に移譲する目的の場合
- 資産を買収者の債務の弁済等に流用する目的の場合
- 高額資産等の売却等による一時的な高配当を目的とする場合
(3) 日本技術開発事件(2005)
一方、2005年7月、建設設計図の作成等を行う会社の夢真ホールディングスが、建設コンサルタント会社の日本技術開発を敵対的買収しようとしたため、現経営陣が夢真に対して事業計画の提示と検討期間の設定を求めました。
しかし、夢真が応じなかったため、株式分割によりいわば時間稼ぎをしようとした事案で、東京地裁は、そのような場合に「株主全体の利益保護の観点から相当な手段を採ること」を認め、当該事案における株式分割を適法と認めました。
ニッポン放送事件決定と異なり、買収が株主の共同の利益を害するかという、実質的判断に踏み込まない防衛策を認めたものです。
3 株主総会の承認を得た有事導入型買収防衛策
(1) ブルドックソース事件(2007)
実質的判断に基づく防衛策が認められた例もあります。
2007年5月、投資ファンドであるスティール・パートナーズがブルドックソースの株式の公開買付を開始しました。
ブルドックソースは、意見表明報告書においていくつかの質問を行いましたが、スティール・パートナーズは、実質的な回答をしませんでした。
そのため、ブルドックソース取締役会は、事前警告はありませんでしたが、定時株主総会に差別的取得条項(対価として普通株式1株を交付するが、スティールについては現金396円。当初買付価格の4分の1)付きの新株予約権無償割当を提案することを決定し、株主総会は83%以上の多数でこれを可決しました(取締役会設置会社において新株予約権無償割当は取締役会決議事項で、株主総会決議は勧告的なものとなります)。
スティール・パートナーズは、差止めの仮処分を申し立てましたが、一審から最高裁まで一貫して却下(無償割当は適法)との判断が示されました。
本件に特徴的だったのは、株主総会決議を取ったことと事前警告型ではなかったことであり、最高裁は、株主平等原則との関係(法令違反)と、著しく不公正な方法との関係について判断しました。
前者については、①株主の共同利益が害されることを防ぐ必要がある場合に(必要性)、衡平の理念に反しないような防衛策を取っても(相当性)、株主平等原則の趣旨には反しない、②株主の共同の利益が害されるかは、株主が判断すべきであり、株主総会決議を取った場合には、判断の前提とされた事実の誤りなどの重大な瑕疵が存在しない限り、裁判所が独自に判断することはないとし、本件ではそのような事情はなく、スティールに金銭補償があったため衡平に反する事情もないとました。
後者については、著しく不公正な方法との関係では、事前警告は必須のものではなく、主要目的ルールにも当てはまらないとしました。
(2) 金銭補償の必要性―企業価値研究会報告書(2008)
なお、金銭補償の点については、「買収防衛策の発動に当たって、買収者に対して金員等の交付を行うことについては、かえって買収防衛策の発動を誘発、結果として、買収の是非を適切に判断するために必要な時間・情報や交渉機会が確保された上で、株式を買収者に売却する機会を株主から喪失させる」という問題が指摘されました。
そこで、経産省の研究会は、「買収者は、取締役の選解任等を巡り株主総会等の場で買収防衛策の発動を争い、そこで自らの提案が自分以外の株主の多数の支持を得られないときに、買収者に買収を撤回・中止する時間が残っていること等によって、買収防衛策の発動による持株比率の希釈化という損害を回避できる可能性(買収者にとっての「損害回避可能性」)」があれば、金銭を交付しなくても相当性が認められるという見解を公表しました(企業価値研究会報告書「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方」(2008))。
4 事前警告型買収防衛策の広がり
これらの事件以来、経営者の間に敵対的買収に対する危機感が広まりました。
そこで、まず、事前警告型か有事導入型かですが、一般に有事導入型はいわば「狙い撃ち」であるため、公正さが疑われやすく、ブルドックソース事件決定が許容したといっても、株主総会決議で当該事案におけるほどの多数の賛成を得られるかはわかりません。
そこで、事前警告型を検討することになりますが、ニッポン放送事件決定と日本技術開発事件決定を合わせて読むと、①買収が既存株主の利益や企業価値を毀損するかの判断は原則として株主に委ねるべきであり、したがって取締役会が実質的判断に基づいてそれに対抗できる場合は狭いが、②買収者がその判断のために必要な情報を開示せず、あるいはその検討のための期間を与えない場合には、その判断が困難となることから、取締役会が実質的判断に基づかないでこれに対抗できることがある、ということになります。
そのため、買収を試みる者(株式の20%以上を取得した者や、公開買付を開始した者など)に対して、事業計画の提示と検討期間(2か月〜3か月程度)の設定を求め、買収者がそれに応じなかった場合には、差別的な新株予約権無償割当てをすることを予告しておくという、事前警告型の買収防衛策が広まりました(なお、このような買収防衛策は、金融商品取引法が強圧性を排除するような公開買付規制を構築できていないという不備を前提に正当化される側面があります)。
具体的には、新株予約権の内容として、差別的行使条件(買収者は行使できない)を付し、または、差別的取得条項(会社は株式を対価として新株予約権を取得できるが、買収者の新株予約権については対象外とする)を付し、また、手続として、利益相反を防止するため、社外取締役、場合によっては外部の弁護士、公認会計士、会社法学者などの専門家(社外取締役自体、これらの専門家から選ばれることが多いです)からなる独立委員会を設け、発動はその委員会に委ねるのが一般的でした。
5 買収防衛策廃止の流れ
一度は広まった買収防衛策ですが、その維持のためには、定期的に株主総会決議を経なければなりません。
しかし、近時、スチュワードシップ・コードにを受けた機関投資家が、経営者の保身に濫用されやすい買収防衛策に反対意見を表明することが増えていました。
例えば2018年、野村アセットマネジメントや三井住友トラスト・アセットマネジメントは、全ての株主総会で買収防衛策に反対し、平和不動産、東武鉄道、マツモトキヨシなどでは、反対票が40%以上になりました。そのため、廃止する企業が増加しています。
6 東芝機械事案と現在の動き
2020年1月、村上ファンド系の投資会社であるオフィスサポートが、東芝機械(当時。今年4月から芝浦機械)について、子会社であるシティインデックスイレブンスを通じて、公開買付を行うことを発表しました。
これを受けて、東芝機械は、2019年6月に買収防衛策を廃止していましたが、新たな買収防衛策を導入することを決定し、その後、オフィスサポートの要請を受け、臨時株主総会に諮ることを決定しました。
3月末に招集された臨時総会は、62%の賛成で会社提案を可決し(株主総会決議の承認を得た有事導入型―ブルドックソース事件と同じ類型)、シティインデックスイレブンスは、公開買付を撤回しました。
近年は、伯東(電子部品商社)、アイコム(無線通信機器)、プラコー、パンチ工業(電気機器・部品)、ミダック(廃棄物処分)など、株価が低迷しており、特定株主による株式買い増しを受けている企業を中心に、買収防衛策を再び導入する企業が現れているようです。
もっとも、コーポレート・ガバナンスコード(その内容の一つとして、株主との対話を求めています)およびスチュワードシップ・コードの浸透のため、この動きが大規模な上場企業に広まることはないと考えられます。
7 まとめ
以上、買収防衛策の内容とトレンドを見てきました。まとめると、以下のようになります。
- 買収防衛策は、株主の利益や企業価値の確保のため、差別的な内容の新株予約権の無償割当を行うものです。
- 買収防衛策は、ニッポン放送事件以来、事前警告型のものが広まりましたが、コーポレート・ガバナンスコードおよびスチュワードシップ・コードの浸透のため、廃止する企業が増えています。
- 有事導入型のものについては、2007年のブルドックソース事件が唯一の例でしたが、今年になって、それが取られ、奏功しました(ただし、裁判所の判断は示されていません)。
- 今年は、株価が低迷しており、特定株主による株式買い増しを受けている企業を中心に、買収防衛策を再び導入する企業が現れていますが、この動きが大規模な上場企業に広まることはないと考えられます。
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