音楽ストリーミングサービスは、月額で定額の料金を払うことで一定の音楽のラインナップを自由に聴くことができるサービスです。
現在のアメリカの音楽業界において、音楽ストリーミングサービスは後述するように音楽の売上全体の約8割を占めています。しかし、日本において、音楽ストリーミングサービスは広く普及しているとは言えません。
そこで今回は日本において、今後、音楽ストリーミングサービスがどのようなマーケティング手法をとって成長していくのかを考えていきます。
1.日本とアメリカで比較する音楽ストリーミングサービスの現状について
日本では1982年にSONYなどによってCD(コンパクトディスク)が生み出されて以降、今日まで音楽の売り上げはいまだにCDによるものが一般的です。
売上は1998年に頂点を迎え、その後減少はしているものの、CD売上が支配的であり続けています。音楽を楽しむためにCDを買う、というイメージ、そして、顧客がCDを購入することで、利益が製作者側に還元されるビジネスモデルが根強く残っています。
その一方で技術革新は止まらず、1995年の音楽用の圧縮フォーマット「MP3」の誕生、2001年のiPod発売、2003年の音楽ダウンロード販売サイト「iTunes Store」リリース、そして2007年のiPhoneなどによって、音楽再生機能は大幅に拡張され続け、音楽は「CDで聴く」だけでなく、「スマホやMP3プレーヤーで聴く」ことが可能となりました。※1
※1【音楽学】音楽産業の歴史と発展~レコード・CD・MP3・ストリーミング~
https://xera.jp/entry/musicology
そして、音楽ストリーミングサービスへ、本格的に大手IT企業が参入し始めたのは2015年ごろからです。音楽ストリーミングサービスは特にアメリカで著しい成長を遂げています。
アメリカの2019年の音楽全体の売上高は約1兆2000億円。そのうち、79.5%の約9400億円がSpotifyやApple Musicに代表されるストリーミングサービスによるものになっています。※2
※2 YEAR-END 2019 RIAA MUSIC REVENUES REPORT RIAA(アメリカレコード協会の2019年売上報告書)
https://www.riaa.com/wp-content/uploads/2020/02/RIAA-2019-Year-End-Music-Industry-Revenue-Report.pdf
しかし、日本においては先に述べたように、ストリーミングサービスはアメリカほど普及していません。日本レコード協会の発表によると、2019年の音楽全体の売上高は約2200億円ですが、そのうちオーディオレコードが1500億円、音楽配信(ダウンロード販売とストリーミングサービスを合わせたもの)が約700億円、ストリーミングサービス単体で約450億円にしかなっていません。※3
※3 一般社団法人日本レコード協会の統計情報から
生産実績 過去10年間 オーディオレコード全体
https://www.riaj.or.jp/f/data/annual/ar_all.html
音楽配信売上実績 過去10年間 全体
https://www.riaj.or.jp/f/data/annual/dg_all.html
原因としては、日本の楽曲を配信するために、膨大な数の細分化されたレーベルと権利取得の交渉をしなければならないこと、CDで収益がすでに出せているレーベルの消極的な姿勢などがあるようです。※4
※4 Why Japan is resisting the streaming of music(和訳;なぜ日本は音楽ストリーミングサービスに抵抗しているのか)
https://www.inc.com/ilan-mochari/streaming-music-japan.html
ただ、全体の売上は下がる一方で、音楽ストリーミングサービスによる売上は増え続けています。障害は多いものの今後、ゆるやかに成長していくことが見込まれます。
個別のサービスの伸び具合については、ICT総研のアンケート調査※5 を参照します。4170人のアンケート調査によって、図のように、サービスの利用率は上位からPrime Music、Apple Music, LINE MUSIC, Spotify, Amazon Music Unlimited, Google Play/YouTube Musicが挙げられています。上記6サービスの利用率は2018年から2019年にかけて上昇しているものの、それ以外のサービスでは利用率は「前年なみかむしろマイナス」になっているという結果が出ています。
※5 ICT総研 2019年 定額制音楽配信サービス利用動向に関する調査
https://ictr.co.jp/report/20190508.html
この調査から、日本における音楽ストリーミングサービスは、上位のメジャーサービスとそれ以外のサービスの差の拡大が始まっていることがわかります。そのため、今回、今後の日本の音楽ストリーミングサービスを考える上でも、まずは今後ますますの拡大が見込まれる大手IT企業のサービスを取り上げ、その後、マイナーであるけれども独自のマーケティングによって展開が見込まれるものを紹介します。
2.メジャーな音楽ストリーミングサービスについて
(1)Amazon Prime Music(Amazon Music Unlimited)
月額料金:追加料金なし※Amazonプライム加入が条件
無料期間:30日
楽曲数:200万曲
Prime Musicは利用者数シェアで先頭を走っており、利用率の増加も著しいサービスです。Prime Musicの特徴は、Prime Music自体に対して月額料金を払うのではなく、Amazonプライム会員になることでサービスが付随してくるところにあります。
先にも参照したICT総研の調査※4によると、日本人が音楽ストリーミングサービスを利用しない理由のトップは「定額で支払うことに抵抗がある」となっています。日本では、音楽を聴くことイコールCDを買うことという文化が、サブスクリプション型の音楽配信サービスへの障壁となっています。
また2位以下では「YouTubeなどで無料で楽しめる」「とくに理由はない」など、認知の低さ故の消費者の消極的な姿勢が目立ちます。※6
※6 ICT総研 2019年 定額制音楽配信サービス利用動向に関する調査
https://ictr.co.jp/report/20190508.html
しかし、Prime Music では、Amazonプライム会員となっているユーザーが無料でサービスを利用できるようになっています。これによって、ユーザーに月額料金というハードルを感じさせることなく、音楽ストリーミングサービスがどのようなものなのかを体験させることができるようになっています。
ただ、月額料金が排除されている代わりに、楽曲のラインナップはわずか200万曲しかありません。4000万曲~6000万曲が一般的な他のサービスに比べかなり劣っています。またリコメンド機能やジャンルごとの検索なども最低限しかありません。
(もっと良いサービスを使いたいと思ったユーザーは月額料金を払って、Amazon Music Unlimitedにプランを変更することができるようになっています。)
その他にもサービスの拡大のために、認知を広げるための企画が積極的に打たれています。例えば、Amazon Music Unlimitedの2019年11月から1月にかけて4カ月99円キャンペーン、2020年4月から6月にかけて3カ月無料キャンペーン※7、Amazon Echoとセットで利用で月380円、スマホのNTTドコモで契約するとセットでAmazonプライム会員1年分がついてくるキャンペーン※8などがあります。
※7【新規登録限定】Amazon Music Unlimited 90日間お試しキャンペーン
https://www.amazon.co.jp/b?ie=UTF8&node=6729392051
※8ドコモのプランについてくるAmazonプライム | NTTドコモ
https://www.nttdocomo.co.jp/campaign_event/promotion/amazon_prime/
マーケティングの視点で見ると、日本人の月額料金の支払いへの抵抗や、サービス自体の認知の低さという問題に対して、まずサービスが利用され認知されることを優先し、そこから有料サービスを提案するという戦略は非常に理にかなったものと言えます。
(2)Apple Music
月額料金:980円
無料期間:3ヶ月間
楽曲数:6000万曲
もともと最初に音楽を「iTunes Store」でデータとして販売を始め、スマホに音楽をダウンロードして視聴する形を作ったのがAppleです。そのAppleが始めた音楽ストリーミングサービスのApple Musicは正統派といえるでしょう。
Apple MusicはiTunes Storeとの連携もよく、Apple Musicの対象ではない音楽はiTunes Storeで購入して聴くことができます。iPhoneユーザーやその他Apple端末の利用者にとっては、最も利用しやすい音楽ストリーミングサービスとなっているため、シェアも握れているのだと思われます。
またApple Musicはauのスマホで契約した場合に、Apple Musicが6カ月無料で体験できるキャンペーンが展開されています。こちらでは「定額で支払うことに抵抗がある」という問題に対して、半年という長い無料期間を設けることで、「気に入らなかったら無料期間のうちに解約すればよい」というようにして、ハードルを越えさせようとする戦略がうかがえます。※9
※9 auから Apple Music にご加入で6カ月間無料 | au Online Shop
https://onlineshop.au.com/files/campaign/com/apple-music/?bid=mb-osp-cmp-list
(3)LINE MUSIC
月額料金:960円
無料期間:3ヶ月間
楽曲数:5900万曲
Prime Music、Apple Musicに次ぐ利用率を誇るLINEミュージックですが。月額料金や、無料体験期間は一般的な範囲に収まっています、楽曲数に関しても多少邦楽が充実しているという面はありますが、機能は他社のサービスとほとんど変わりません。
このサービスの日本での利用率を押し上げている強みはLINEと連携しており、音楽を用いて友達とパーソナルな部分でつながることができるところでしょう。
具体的には、LINEミュージックは、プロフィールに音楽を設定したり、友達にシェアしたり、トークルームにBGMとして設定したりすることができます。友達とのパーソナルな関係の中に入り込んでニーズをつかんでいるところが、LINEミュージックの特徴です。
また日本の音楽レーベル最大手のソニー・ミュージックエンターテインメントがLINE MUSICへ出資をしており、日本の楽曲配信のためのライセンス取得に関して優位に立てているという側面も日本で上位サービスとさせている一因でしょう。
(4)Spotify
月額料金:980円
無料期間:3ヶ月間
楽曲数:5000万曲
Spotifyは無料、有料それぞれのプランがあります。無料では曲を選ぶことができず、楽曲はランダムに再生されます。そしてそこに表示される広告によって収益を生み出しています。一方で有料プランでは、会員の定額課金から収益を生み出しています。
Spotifyは2008年にスウェーデンでサービスを開始しました。スウェーデンでは当時、音楽のダウンロード販売に伴う海賊版の問題や、利益がクリエーター側に還元されないという問題がありました。しかし、有料会員からの課金収入や、無料会員の広告収入によって、レーベルやクリエーターに使用料として還元できるようになったことで問題が克服され、世界有数の音楽ストリーミングサービスへと成長を遂げていきます。※10
※10 【音楽学】音楽産業の歴史と発展~レコード・CD・MP3・ストリーミング~
https://xera.jp/entry/musicology#i-5
アーティストにきちんと利益を還元できる音楽ストリーミングサービスであったことで、スウェーデンの海賊版を駆逐し、既存のレーベルからも協力を得ることができたところは、日本の音楽産業に対しても示唆するものがあるように思われます。
CDの場合、売上高は発売直後に最も高くなり、そこからは落ちていくのが一般的ですが、音楽ストリーミングサービスには、発売以降も継続して聴かれ続けるという強みがあります。Spotifyでは、プレイリスト機能が充実しているため、音楽ストリーミングサービスの「長く継続的に聴かれ続ける」という強みが存分に活かされています。※11
※11 音楽ストリーミング時代のマーケティング戦略(1)
https://note.com/kentanishimura/n/n155e11da559e
無名のアーティストにも聴かれるチャンスが増え、プレイリストがユーザーを誘導する導線として機能することもあります。実際、2016年にスポティファイ公式が発表した新人アーティストを紹介するプレイリスト「Early Noise 2017」にあいみょんが掲載されたことがのちのあいみょんの日本でのヒットの起爆要因になったという見方もあります。※12
※12 あいみょんをスターへと押し上げたSpotifyのからくり
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00173/00010/
(5)YouTube Premium(Google Play Musicを含む)
月額料金:一般 980円
無料期間:30日間
楽曲数:4,000万曲以上
こちらではYouTube PremiumとGoogle Play Musicをまとめて1項目とします。これはGoogle Play Musicのサービスが2020年で終了することを発表しており、またGoogleが2020年5月12日にYouTube Music Premiumへの移行ツールを発表しているためです。YouTubeはすでにGoogleの傘下に入っており、Googleがユーザーに移行を促しサービスを統合しようとしているため、一つのサービスとみなします。※13
※13 「Google Play Music」いよいよ年内終了 「YouTube Music」への移行ツール提供開始
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2005/13/news053.html
また厳密にいえば、音楽ストリーミングサービス単体で対応するものはYouTube Premiumではなく、YouTube Music Premiumです。しかし、YouTube Music PremiumはYouTube Premiumのサービスの一部としても使われており、ユーザーも重複しているため、YouTube Premiumでまとめています。
YouTube Premiumでは、YouTube動画の広告表示をなくし、オフライン保存ができるようになるという有料版YouTubeとしての機能の中に、YouTubeにアップロードされているすべての音楽を聴けるという音楽ストリーミングサービスとしての機能が含まれています。
YouTube Premiumの音楽ストリーミングサービスとしての知名度は主要なサービスの中ではあまり高くありません。YouTubeの広告を消したい、というユーザーからの流入がありますが、マーケティングの手法としては、音楽ストリーミングサービスとしてというより、YouTubeの有料版としてサービスの展開を試みています。
楽曲数は、YouTubeにアップされているすべての音楽の数になるため、ラインナップは他社サービスの群を抜いています。YouTubeの成長に伴って、拡大していく音楽ストリーミングサービスでしょう。
3、マイナーな音楽ストリーミングサービスと今後について
その他のマイナーなサービスについては、すでに上位サービスとの差が開いており、逆転現象が起きる可能性も低いということを先に述べました。しかし、ニッチな分野を攻めるものについては将来性が期待できます。
例えば、K-POPやC-POP(※台湾)などアジアの楽曲を中心に配信するKKBOXは利用率では10番目にも関わらず、顧客満足度ではApple Musicを抜いて1位となっています。日本でこれから広がっていくというよりも、アジア全体のマーケットにおいて一定の地位を占めることが見込まれます。
また、dヒッツは、楽曲を邦楽中心に絞って、月額料金を切り下げで勝負する手法をとっています。月額料金は300円から500円。1000円前後が一般的な音楽ストリーミングサービスの中では極めて低価格で展開しています。
またAniUtaでは、いわゆるオタク層への積極的なアプローチを行っています。楽曲はアニメソングのコンテンツを充実させ、アニメの放送された時期や、アニメタイトルからでも検索ができるようにすることで、コアなニーズをすくえる仕組みづくりをしていることがわかります。
このように、主要な大手IT企業が展開する以外のサービスについては、ターゲットを日本ではなく、アジアのユーザーへとずらす、配信する曲を絞って(邦楽のみ)月額料金を下げる、ターゲットとするユーザー層を狭く絞るなどの、マーケティングが行われていることがわかります。マイナーサービスの展開では、いかにして他のサービスとの差別化をするか、という点が重要になっていくでしょう。
4、まとめ
日本では音楽はCDとして所有するものであり、音楽を再生するだけの利用という意識はアメリカなどと比べて、まだ十分に浸透しているとは言えません。実際に2019年の音楽全体の売上のうち半分以上はオーディオレコードによるものです。
しかし、音楽ストリーミングサービスが、2018年にはダウンロード販売の売上高を超えていることや、ストリーミングサービスが始まった2013年ごろから音楽配信(ダウンロード販売とストリーミングを合わせたもの)の売上は回復していることから、今後の将来性も十分期待できます。
日本では、月々決まった料金を払ってサービスを受けることへの抵抗や、認知の低さなどが課題としてあります。また、上位サービスと下位サービスの利用率の差は開いており、それぞれが、上記のようなマーケティング手法を用いて、日本で展開を試みています。
音楽ストリーミングサービスのCDにはない強みは、プレイリストやリコメンド機能によって今までCDでは手の届かなかった層からの流入が見込めることや、発売以降も継続的に聴かれ続けるという点にあります。またユーザーの年齢、性別、住所などのデータの収集によって、戦略的にターゲットを絞ってプロモーションを打つことが可能になるという強みもあり、今後の日本の音楽市場でそれらの強みを発揮していくことになるでしょう。