M&A

労働基準法の改正の歴史概要、直近の改正、M&Aへの影響

労働基準法は、労働条件の最低条件を定めるものであり、労働法の最も重要な部分をなしています。
この記事では、労働基準法の構成と位置付け、労働基準法の制定から現在までの改正の歴史、M&Aへの影響について概観します。

1. 労働基準法の構成と位置付け

労働基準法は、先に述べたとおり、労働条件の最低条件を定めるものであり、労働法の最も重要な部分をなしています。総則、労働契約、賃金、労働時間・休憩・休日・年次有給休暇、安全・衛生、年少者、妊産婦等、技能者の養成、災害補償、就業規則、寄宿舎、監督機関の12章と、雑則・罰則からなっています。

労働基準法は、先に述べたとおり、労働法の最も重要な部分をなしていますが、これに尽きるものではありません。例えば、労働条件のうち最低賃金の決定方法のみを特に規定した最低賃金法、労働者の安全・衛生に関する労働安全衛生法、労働者の募集・処遇について性差別の撤廃に関する男女雇用機会均等法、育児休業・介護休業に関する育児介護休業法、解雇権濫用法理をはじめとする判例法理をまとめた労働契約法、労働組合法、職業安定法、労働者派遣法などがあり、いずれも労働基準法と密接な関係があります。

2. 労働基準法の改正の歴史

(1) 制定―1947(昭和22)年

労働基準法は、1947年、廃止直前の旧憲法に基づく帝国議会によって制定されました。提案理由としては、戦前日本の労働条件が劣悪であったところ、日本の再建の重要な役割を担う労働者について、国際的に認められている労働条件を保障し、労働者の協力を確保するが挙げられました。

当初の労働基準法は、

  • 1日8時間、週48時間の労働時間
  • 時間外労働、深夜労働、休日労働についての割増賃金(25%)
  • 4週間以内の期間を単位とする変形労働時間制

を規定していました。
変形労働時間制とは、一定の単位期間について、週あたりの労働時間数の平均が、労働基準法が定める週労働時間の枠内に収まっていればよいとし、週または1日の労働時間規制を解除する制度です。
当時は、最長4週間を単位とし、平均して1週間あたりの労働時間が48時間を超えない場合には、特定の日において8時間を超えて、あるいは、特定の週において48時間を超えて労働させることができるとされました。

(2) 1987(昭和62)年改正

昭和62年改正では、

  • 週法定労働時間の48時間から40時間への段階的短縮
  • 変形労働時間制の拡大(フレックスタイム制の導入、3か月単位の変形労働時間制の導入など)
  • 事業場外および裁量労働についての労働時間の算定に関する規定

の整備がなされました。
高度経済成長を経て先進国に復帰したことを背景として、労働基準を国際的地位にふさわしい水準に引き上げること、および、三次産業の比重の拡大に対応することが目的とされました。

フレックスタイム制とは、労使協定により、一定の清算期間とその期間における総労働時間を定め、始業時刻・終業時刻の決定を労働者に委ねることによって、週または1日の労働時間規制を解除する制度です。法律に根拠はなかったものの、実務上広く行われていたため、これを承認した上で適切な規制を行うこととしたものです。

なお、労使協定とは、使用者と、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合、それがない場合には、事業場の労働者の過半数を代表する者との間で締結される協定をいいます。労働基準法の規制を緩和するために、求められられることが多いです。

裁量労働制とは、職務の性質上裁量が与えられている労働者について、実労働時間ではなく、一定のみなし労働時間をもって労働時間とみなすという制度です。
対象労働者は、昭和62年改正時には研究開発職やシステムエンジニアなどの、専門性の高い労働者に限られていましたが、後に述べるとおり、その後の改正により拡大されていきました。

(3) 1993(平成5)年改正

平成5年改正では、

  • 週法定労働時間40時間制の施行
  • 最長1年単位の変形労働時間制の導入
  • 時間外労働、休日労働についての割増賃金率の政令事項化・休日労働についての割増賃金率の引上げ(35%。時間外労働については25%で据え置き)

などがなされました。
昭和62年改正で週法定労働時間の48時間から40時間への段階的短縮が定められましたが、これをさらに進めることが目的とされました。

(4) 1998(平成10)年改正

平成10年改正では、

  • 時間外労働についての、労働大臣(現在は厚生労働大臣)が限度基準を告示し、労使協定を定めるに当たっては、告示に適合するものでなければならないこととされ、また
  • 裁量労働制の拡大がされました。経済のグローバル化・情報化に対応するとともに、働き方の多様化とそれによる終身雇用・年功序列といったいわゆる日本的雇用慣行の相対化に対応すること

が目的とされました。
裁量労働制は、先に述べたとおり、昭和62年改正時には専門性の高い労働者を対象としていました(専門業務型裁量労働制)。

平成10年改正では、事業運営上の重要な決定が行われる事業場における企画、立案等の業務で、その遂行について裁量が与えられている業務も、裁量労働制の対象とされました(企画業務型裁量労働制)。典型的には、企業の本社の管理部門における業務などが対象とされました。

(5) 2003(平成15)年改正

平成15年改正では、

  • 専門業務型裁量労働制についての労使協定において、健康・福祉確保措置と苦情処理措置について規定する義務(企画業務型裁量労働制は平成10年改正における導入時から同様の義務あり)
  • 平成10年改正によって導入された企画業務型裁量労働制の拡大

がなされました。
少子高齢化による労働力人口の現象、経済のグローバル化・情報化に対応して、労働者が主体的に多様な働き方を選択できるようにすることが目的とされました。

(6) 2008(平成20)年改正

平成20年改正では、

  • 1か月に60時間を超える時間外労働についての割増賃金率の引上げ(50%。中小企業は猶予)
  • 上記の割増賃金の支払いに代えて代替休暇を与えることができる

とされました。
少子高齢化により労働力人口が減少する中で、特に長時間労働が行われている子育て世代の男性について、ワークライフバランスを確保することが目的とされました。

(7) 2018(平成30)年改正

平成30年改正では、

  • 時間外労働の上限規制の導入
  • 中小企業における割増賃金率引上げの施行(平成20年改正における①の猶予の廃止)
  • 有給休暇の消化義務の導入(10日以上の有給休暇の権利を有する労働者について、最低5日の消化をさせること)
  • フレックスタイム制における最長清算期間の1か月から3か月への延長
  • 特定高度専門業務・成果型労働制(「高度プロフェッショナル制度」)の創設

がなされました。
いわゆる「働き方改革」の一環で、長時間労働の是正、多様な働き方の実現などが目的とされました。

なお、「働き方改革」においては、同一労働同一賃金原則、衛生管理の強化もなされましたが、前者はパートタイム労働法(「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」)および労働安全衛生法で対応しており、労働基準法自体が改正されたわけではありません。
時間外労働の具体的な上限は、月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満、複数月平均80時間とされています。

特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)は、一定の要件を満たし、かつ、個別に同意した労働者について、労働時間や割増賃金の規定を適用しないとするものです。
具体的な要件は、

  • 高度の専門的知識を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められる業務に従事しており
  • 職務の範囲が明確に定められており、かつ、年収1075万円以上である労働者について
  • 労使協定に基づき当該労働者が事業場内にいた時間と事業場外で労働した時間の合計時間(「健康管理期間」)を把握するための措置を講じること
  • 年104日以上、かつ、4週間を通じて4日以上の休日を、労使協定、就業規則等に定め
  • 勤務間インターバル、連続2週間の休日確保、健康管理期間の上限設定、臨時健康診断のいずれかを実施し
  • 一定の健康・福祉確保措置を取り
  • 同意撤回手続を整備し
  • 苦情処理措置を取り
  • 同意しなかった労働者を不利益に取り扱わない

などです。

(8) 2020(令和2)年改正

令和2年改正では、賃金債権の消滅時効が3年とされました。
これまで、民法は債権の消滅時効を原則として10年とし、賃金債権については、労務管理コストなどに配慮して、1年としていました。
労働基準法は、それを前提に、労働者保護のために、2年に延長していました。しかし、平成29年民法(債権関係)改正で、債権の消滅時効は原則として5年に短縮される一方、賃金債権を含む個別の短期消滅時効制度は、制度を複雑にするものとして、削除されました。

これにより、労働基準法は、本来民法の原則を修正して労働者の保護を強めていたのに、逆に保護を弱めるものとなりました。令和2年改正に関する議論の過程では、労働基準法の規定は役割を終えたのであるから削除すべきとされながらも、結論としては、民法の原則通り5年となることによる労務管理コストなどに配慮して、当分の間、3年とすることとされました。

3. 改正のM&Aへの影響

M&Aにおいて、労働契約に関して最も留意すべき点は、未払賃金です。
特に中小企業やスタートアップの場合、労務管理に割くリソースが不足していたり、知識が不足していたりして、労働基準法に適合する労務管理ができていないことが少なくありません。
会社との間に紛争を抱えたくないと考える労働者は多いため、平時は何も言わない場合でも、退職を機に数年分の未払賃金を遡って請求されることは少なくありません。

さらに、このリスクは、近時の改正によって増大しているといえます。
例えば、裁量労働制や、平成30年改正において導入された高度プロフェッショナル制度は要件が複雑であり、実際には適用できない場合であるのに適用があるものとして扱われていることがあります。
このような場合には、実際には労働時間や割増賃金の規定が適用除外とされないことになるため、労働者は割増賃金を請求できることになります。

また、中小企業においても割増賃金率引上げや有給休暇消化義務が施行されましたが、それらが履行されていない場合、割増賃金を請求したり、有給休暇消化の意思表示をした上で賃金を請求したりすることができます。
そして、請求にあたって、遡ることができる期間が2年から3年に改正されたため、同じような労働と労務管理が行われていたと仮定すると、令和5年以降は、令和2年以前に比べて単純に1.5倍の請求がなされることになります。
しかも、時効期間は将来的には民法の原則どおり5年とされるものと考えられます。

このような事態を避けるためには、売却側としては必要に応じて労務管理の経験のある従業員を雇用したり、弁護士、社会保険労務士などの専門家に依頼し、労務管理を徹底するとともに、買収側としては、法務DD・労務DDにおいて、労務関係の文書を精査する必要があることになります。

4. まとめ

労働基準法は、労働条件の最低条件を定めるものであり、労働法の最も重要な部分をなしています。
直近の改正では、平成30年に、時間外労働の上限規制の導入、中小企業における割増賃金率引上げの施行、有給休暇の消化義務の導入、フレックスタイム制における最長清算期間の延長、特定高度専門業務・成果型労働制の創設がなされ、令和2年には、賃金債権の消滅時効の3年への延長がされました。

これらにより、未払賃金を請求されるおそれや、請求された場合の額は増大しています。そのため、売却側としては経験のある従業員を雇用したり、弁護士、社会保険労務士などの専門家に依頼し、労務管理を徹底するとともに、買収側としては、法務DD・労務DDを慎重にする必要があります。

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