CASE 05

株式会社インタラクティブブレインズ +
株式会社クリーク・アンド・リバー社

PROFILE

株式会社パラダイムシフト
代表取締役 牟禮 知仁

株式会社インタラクティブブレインズ
代表取締役 新妻 桂

01

すべてのステークホルダーが幸せになる「妥協」

「僕が目指したのは『妥協』です。従業員、株主、取引先、すべてのステークホルダーが幸せになって、丸く収められる着地点はどこにあるのかを探してきました。嬉しかったのは、牟禮さんもその丸い輪の中に入ってくれたことですね」
インタラクティブブレインズ(IB)の新妻桂社長はにっこりほほ笑んだ。その笑顔に周りを優しく包み込むような温かさを感じるのは、野球で鍛えた立派な体軀だけが理由ではないだろう。
2019年9月、IBは主力の3Dアバター事業を含めたほぼすべての事業をクリーク・アンド・リバー(C&R)に譲渡した。文字通り、会社をリセットする思い切った決断。伴走役を務めたのが、パラダイムシフト代表の牟禮知仁だった。

02

譲渡後の事業が継続されるという「軸」

きっかけは、IB株式の50%余りを保有するベンチャーキャピタルからの紹介だ。2006年に組成し、IBに資金を投じてきたファンドの償還期限が近づいていた。ディー・エヌ・エー(DeNA)など300~400社の取引先を持つ3Dアバターで手堅く稼ぐIB株式の現金化を画策していた中、IT業界でのM&A仲介に実績のあるパラダイムシフトに白羽の矢を立てた。
2016年10月、当時は渋谷・宮益坂にあったIBのオフィスを訪ねた。この時点で、牟禮はM&Aを成功裏に導くための「軸」を確信していた。初回の打ち合わせで、新妻社長にそれを伝えている。
「外部株主が抜けた後も会社は続いていきます。譲渡後も事業がうまく続いていく道を一緒に探しましょう」
この一言が決め球になった。「あぁ、この人は信頼できる」。新妻社長は直感した。

03

「ゴール」

「ファンドの満期はわかっていましたから、社長就任の2010年から『会社の次のゴールは何か』は常に意識していました」。新妻社長はそう振り返る。当初は売上高10億円を達成した後のIPOを想定していた。「売上高5億円の事業を2つそろえて10億円、そんなイメージでした」
しかし、目論見は崩れる。3Dアバターに次ぐ柱に育てるはずだったモバイルゲームは大きな転換点を迎えていた。開発費が1本あたり数億円規模にまで膨らんで勝ち筋が見えにくくなった。コンテンツをいたずらに消費するような業界のあり方にも、次第に疑問を持つように。「売上高10億円」の達成が困難になり、目線をIPOから事業会社への譲渡に切り替えた。牟禮との出会いは、ちょうどこの頃にあたる。
実は、IBを訪れたM&A仲介は牟禮だけではない。持ち込まれた売り先は、好条件だが従業員の処遇を保証できなかったり、テレビCMを派手に展開する大手だったり。新妻社長だけ欲しいとの打診もあった。どこか信頼の置けない仲介業者が多かった。
そんな中で、譲渡後の円滑な事業運営に主眼を置く牟禮の方針に共鳴した。売り抜けて、さようなら。そんな「ゴール」は毛頭なかったからだ。「M&Aが終われば、僕はいなくなっているかもしれない。でも、事業は終わらせちゃいけない。この会社で、僕の役割は何なのかを考えていました」
学生時代は野球に打ち込んだ。状況に応じ、個々がそれぞれの役割をまっとうするチームプレー重視が肌に合った。その一方、ひとたびバッターボックスに立ってしまえば眼前は敵ばかり。相手にのまれず自分の間合いで試合に臨む大切さを知り、的確な判断を下すための戦況分析力と瞬発力を養った。
大学卒業後、教育業界に就職したが、2003年、婚約報告で従兄弟を訪ねたのをきっかけでIBへ転職。
IBでは専門性の高いクリエイターや技術者が机を並べてプロジェクトと向き合っていた。その姿が、辛苦を共にした野球チームの仲間たちと重なった。「どこでもドア」のような携帯電話の世界にのめり込んだ。
営業、広報、経理、人事、企画等、開発以外の会社経営のすべてを実践で学び続けられた経験を買われ、IBの3代目の社長に就任したのが2010年であった。

04

「焦って決めなくても大丈夫ですよ。ゆっくり考えましょう」

株主にも利益を還元し、取引先にも迷惑をかけず、買い手の事業にも貢献する。それでいて、従業員にも無用な苦労をさせたくない。ずっと「次のゴール」の最適解は「バランス」にあると考えてきた。「外部株主が90%以上で、僕は株式をほとんど持たない『雇われ社長』。個人の損得にはこだわりがありませんでした」(新妻社長)。焦点は、ステークホルダーの利益に絞られていた。譲渡後の事業運営の大切さを説く牟禮に心が動くのも当然だった。
もちろん、牟禮にもビジネスマンとしての思惑はあった。
「目先の手数料が欲しいだけなら、価格をつり上げて高く売ることはできる。しかし、パラダイムシフトの評判を落とすような仕事は絶対にしたくない。何より、新妻社長と長期の信頼関係を築く方が我々のプラスになる」
当初から、牟禮はC&Rを譲渡先に思い描いた。かねて接点を持ち、知り尽くした会社のひとつだ。創業者の井川幸広社長はドキュメンタリー番組のディレクター出身。クリエイターを重んじる社風で好相性との自信があった。3Dアバターのライバル企業でもあり、事業内容への理解も深い。一方、新妻社長は慎重だった。同じ3DアバターでもIBとC&Rでは仕事の進め方がまったく異なる。二つの文化が混ざり合うことでIBの強みが失われてしまうのではないか。譲渡後の従業員の処遇も気がかりだった。
「焦って決めなくても大丈夫ですよ。ゆっくり考えましょう」。C&Mとの交渉入りに二の足を踏む新妻社長に、牟禮はそう助言している。
主要株主はファンドの満期を控えていた。牟禮は新妻社長が納得できる「ゴール」を見つけるまで、トコトン付き合うと腹を決めていた。
新妻社長にとって幸いなことに、償還期限が迫ったファンドは2年の延長期間を設けた。

05

リリーフ役をやり遂げ、違う形の夢

2018年10月、新妻社長は東京・麹町のC&R本社に青木克仁取締役を訪ねた。これが、譲渡契約の合意に向けた両社の初面談だ。牟禮に同社への譲渡提案を受けてから、すでに2年が経過していた。「ずっと考えてきました。誰のために、何のために事業を売るのか。たどり着いた結論は、私の役割は『妥協』できる着地点を見つけるということ。従業員、株主、取引先、すべてのステークホルダーが幸せになる着地点です」
牟禮の分析通りだった。C&R訪問を重ね、新妻社長の不安や警戒心は少しずつほぐれていった。青木取締役が組み立てたのは、子会社のクレイテックワークス(CTW)を受け皿にIBの3Dアバター事業を迎え入れるスキーム。C&R本体から一定の独立性を保つことで、3Dアバターの2社購買を続けたい取引先に配慮するだけでなく、IBが積み重ねてきた独自の事業展開を維持しやすくした。従業員の受け入れも約束。すべてのステークホルダーの幸せを守りたい新妻社長の意向を汲み取った。
CTWでは当たり外れの大きいゲームの開発資金をどう確保するかが課題になっていた。安定収益が見込める3Dアバターの取り込みは渡りに船。IBの人材も魅力だった。実際、譲渡後にはIBから受け入れたエンジニアを技術部門の責任者に就けている。IB、C&R、CTWと、まるでパズルのピースを埋めていくようにそれぞれの役割が決まっていった。そのピースを引き合わせたのは間違いなく、牟禮だった。
2019年7月、IBとC&Rは事業譲渡契約を締結。同年9月に譲渡が完了した。牟禮の粘り勝ちだった。「C&Rへの事業譲渡は事業にとってはベストシナリオ」と自信を見せる。「ようやくゴールインした」。新妻社長は引き受けたリリーフ役をやり遂げた。マウンドを後にするその胸中を表現するならば、達成感や高揚感よりも、安堵の方がしっくりくるだろう。
譲渡契約を結び、円滑に事業継承するための膨大な事務作業を行ないつつ、株主への資金還元(株の買戻し)、借入の返済を約半年行なった。IBはほぼすべての事業をC&Rに譲渡して「もぬけの殻」。資産はない。新妻社長は「次のゴールは自分探し?磨きですね」と言い、ゼロからの再スタートをしている。牟禮は言う。「意志のある経営者なら、事業は何度でも創れる」。
2020年4月、IBは球団やプロスポーツ選手、アーティストとの直接契約で企画・制作したライセンス商品の販売を始めた。東京・千駄ケ谷のマンションが新生IBの本社オフィスだ。吹き抜けの大窓から差し込む陽光に照らされた工房代わりの一室で、Tシャツ専用の大型プリンターが休みなく稼働していた。「機械はよく働いてくれるんですよ」と新妻社長。
主要契約先は、在阪球団。「高校野球で甲子園には出場できなかったけど、仕事で甲子園球場に入れるようなった。ちょっと違うけど、夢が叶いました」。笑い声がオフィスに響いて、大きな体を揺らした。

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