近年、国内のM&Aにて表明保証保険を使用するケースが増えています。表明保証保険とはこれまでのM&Aではカバーできなかったリスクを補償することができるのです。では一体表明保証保険とはどのような仕組になっているのでしょうか。
今回の記事では表明保証保険の仕組と、メリット/デメリットについて解説します。さらに国内で販売されている表明保証保険や海外での使われ方について解説します。
1. 表明保証とは契約前に行う内容証明
はじめに表明保証保険の対象となる「表明保証」について解説します。M&Aでは買い主が買収先企業に対して買収監査(デューデリジェンス)を行って、企業価値を査定するのが一般的です。しかし外部からの調査だけでは企業価値を十分に把握できないことがあります。
そこでM&Aが実行される前に、買い主は売り主に対して開示された企業情報に対して虚偽がないことを保証してもらいます。これを「表明保証」と呼ぶのです。表明保証では保証の対象となる項目について以下のようなものが挙げられ、取り決められます。
- デューデリジェンスで開示された情報
- 財務諸表に関する情報
- 未払いの税金や滞納している諸経費がないこと
- 簿外債務が存在しないこと
- 係争中の訴訟が存在しないこと
(1) 表明保証に虚偽があればM&Aの中止や損害賠償を請求できる
では万が一、表明保証に虚偽が発覚するとどのようになるのでしょうか。はじめにM&A実行前に発覚した場合、買い主はそのM&Aは中止することができます。ただ多くの場合、判明するのは買収後です。M&A後では買い主は売り主に対して損害賠償を請求することになります。これらの点に関しても表明保証時に項目としてあらかじめ設定するのです。
(2) 表明保証では保証内容と期間にギャップが生じていた
表明保証によって売り主は不都合な情報を隠しにくくなり、買い主はM&Aに対するリスクを低減させることができます。しかし表明保証だけではカバーできない点があったのです。
例えば虚偽があった場合の補償に関して、売り主が補償できるだけの資金を保有していないことがあります。これでは買い主が損害賠償をしたところで、十分な補償を受けることができません。
また保証期間についても限界があります。買い主はできるだけ長期間の保証を売り主に求めたいものです。しかし保証期間が長期化すると売り主はM&Aで得た資金を保留せざるを得なくなります。
このような表明保証の限界があるがために、スムーズなM&Aが阻害されているケースがあるのです。
2. 表明保証のデメリットを補う「表明保証保険」
表明保証はM&Aの当事者間による約束のため、様々なリスクが生じています。そこでリスクを管理・保障するツールとして表明保証保険があるのです。表明保証保険では、表明保証に対する違反や不正確な部分に対して損失が生じたときに補償を行います。したがって契約者は保険会社に保険料を支払い、保険が適応されるときは保険会社から金銭補償を受けるのです。
(1) 表明保証保険には売り主用と買い主用がある
表明保証保険ではM&A当事者のいずれか一方が契約するのが一般的です。したがって表明保証保険では「売主用表明保証保険」と「買主用表明保証保険」が用意されています。ただし実際の契約では買い主が行うケースが多数です。これは買い主の方がリスクを減らすことを強く意識するからだと推測できます。
(2) 表明保証保険の保険料と補償金額
表明保証保険ではM&A総額(企業価値)に対して補償額が計算されます。M&Aの対象となる企業価値の10%~20%を補償限度額とするのが一般的です。さらに保険料は補償限度額の1%~3%で設定されています。
(3) 表明保証保険契約の流れ
保険会社と表明保証保険を契約するまでの期間は短くても3週間は必要とされています。なぜならM&Aは企業ごとにケースが違うためパッケージングされた商品にできないこと、そして買収先の企業情報や当事者間の契約内容に関する審査に時間を要するからです。
ア. 保険会社への問い合わせ
表明保証保険の契約では例として以下のような流れで進みます。はじめに保険会社(仲介会社)に問い合わせを行います。そしてこれまでのM&Aに関する概要を説明し、保険会社は保険の対象として適切なものかを判断するのです。
イ. 秘密保持契約の締結⇒見積り
表明保証保険の対象となるM&Aであれば、保険会社と秘密保持契約を結びます。そして保険会社に企業情報の概要を開示し、見積もりを計算してもらうのです。
見積りでは保険料/補償額や契約期間など提示されます。なおこの時点では複数の保険会社から相見積もりをとることが一般的です。
ウ. 取引する保険会社に引受審査を申し込む
自社に適した保険会社が分かれば、その保険会社に引受審査を申し込みます。引受審査では保険会社とM&Aの契約書や表明保証そして決算書類などを共有し契約に関するさらなる調査を受けるのです。
また保険会社はM&Aの当事者に対して電話などによるインタビューを行います。ここではM&Aの動機や進捗状況についての確認が行われ、M&Aの実現可能性を審査するのです。
エ. 保険契約の最終確認
保険会社は精査を終えると、契約に向けての約款を作成します。そしてM&Aの当事者間でM&Aの契約書や表明保証に関して細部を再確認するのです。これらの行程をふまえて保険会社は正式な契約条件を提示します。
オ. 保険契約の開始
ここで保険会社の条件に問題が無いと判断すれば、契約を締結します。そして保険料を払い込めば表明保証保険の適応が開始されるのです。
3. 表明保証保険のメリット
このように表明保証保険では契約までにいくつかのステップを踏む必要があります。しかし潤滑なM&Aを実現するためのメリットがあるため、表明保証保険を利用する企業が増えているのです。
(1) 買い主はM&Aリスクを低減させることができる
表明保証保険は買い主が契約するケースが多い保険です。それは買い主側に様々なメリットがあるからです。
ア. ハイリスク案件でもM&Aを行いやすい
M&Aの案件には様々な企業があります。例えば個人事業主や一族経営の中小企業もあるのです。このようなケースでは経営者が把握できていない簿外債務を抱えているリスクがあるため、表明保証だけでは十分にリスク管理できません。
このようなケースで表明保証保険を使用すれば、リスク管理を伴ったM&Aができるため積極的に買収することができるのです。
イ. 売り主との保証条件のギャップを解消できる
表明保証では買い主と売り主が合意した補償しか取り扱うことができません。しかし買い主と売り主では補償額や保障範囲に違いが出やすいのです。なぜなら買い主はできるだけ長期間の手厚い補償を望みます。一方で売り主は短期間でかつ最小限の保証に抑えたいと考えるからです。しかし双方の合意が無い限りM&Aを成約することはできません。
そこで表明保証保険が売り主と買い主の保証のギャップを埋める役割を果たすのです。
ウ. 売り主との人間関係を保つことができる
M&Aでは完全に買収するケースだけではありません。子会社や関連会社として売り主が残ることがあるのです。この場合、買い主は売り主を重要な仕事相手として交流を続けなければなりません。
このようなケースで、後に補償を伴う過失があったとしても売り主に責任を問うことに苦慮する可能性があります。そこで表明保証保険が金銭的な損失を請け負ってくれるのです。
エ. 買収後の補償発生にも対応しやすい
M&Aにおける虚偽は、買収完了後に明らかになる場合が多くあります。しかし買収成立後は売り主に補償を支払う能力が無くなっている可能性があるのです。最悪の場合、売り主が不在になるケースも想定されます。このようなリスクに対して表明保証保険が助けになります。
オ. 外国企業では賠償請求の手間を省くことができる
外国企業とのM&Aでは現地への行き来など、国内のM&A以上に手間をかける必要があります。仮に海外の売り主による過失で補償を求めるとなっても交渉に大きなコストを要するのです。
したがって表明保証保険を利用してコストを先払いすることで、スムーズに補償を受けられるようにしておくのです。
(2) 売り主は獲得資金をすぐに活用できる
一方で売り主側にも表明保証保険を使った方が良いケースがあります。それは獲得資金の流動性を高めたいときに役立つ保険だからです。
ア. クリーンエクジット:得た資金をすぐに清算できる
例えば売り主が事業再生に特化したファンドだとします。ファンドなので回収した資金をできるだけ早く投資家に還元する必要があります。表明保証で大きな責務を負わされると、回収した資金を投資家に還元する時期が遅くなるのです。そこで表明保証保険を使用することで、M&A成立後はすぐにファンドを清算できます。
イ. エスクローの回避:素早い資金繰り
M&Aでは仲介会社が買い主から資金を一時預かりするケースがあります。そして契約時の条件が成立するまで売り主の手に資金が渡りません。しかし売り主は資金繰りが悪化しているケースがあり、その場合できるだけ早い資金回収を望むのです。このような場合、表明保証保険を併用することで入金を短期間で済ますことができます。
ウ. 将来の賠償責任を回避できる
売り主は事業を売却しても、自らも不測の事態を恐れて手に入れた資金を動かすことができない場合があります。このようなリスクに対して表明保証保険を使うことで回避することができるのです。
4. 表明保証保険のデメリット
このように表明保証保険によってM&Aにおけるリスクを軽減することができますが、いくつかの限界があります。
(1) 小規模なM&Aでは割に合わない保険料
表明保証保険はリスクの高い取引に対する保険です。また取引がケースバイケースになる面が多く、保険料が均一化されていません。したがって保険料が割高になる可能性があります。また100億円以下の小規模なM&Aでは割に合わないと言われています。
(2) 保険対象外のケースがある
表明保証保険でも対応できないケースがあります。例えば業績などの将来予測に関するリスクは保険適応外です。また十分なデューデリジェンスが実施されていなかったケースでは保険適応から外れることがあるのです。
(3) 英語ベースの商品が多い
表明保証保険は海外で始まった保険です。そのため契約書類が英語で表記されているものがほとんどです。そのため表明保証保険を契約するにあたって、英語に精通したスタッフを配置する必要があります。
5. 国内向けの表明保証保険
表明保証保険は日本では2015年に海外企業とのM&A向けに商品化されました。そのため国内のM&A市場では十分に普及しているとはいえません。しかし国内のM&Aを対象にした表明保証保険も誕生しているため、今後の普及が期待されます。
(1) 国内損保による表明保証保険は2015年から
2015年5月、国内損保大手の損保ジャパン日本興亜から国内で初めての表明保証保険が発売されました。これはすでに表明保証保険を販売していた海外大手ロイズの日本法人との協業で開発されたものです。また2016年には東京海上日動からも海外M&A保険という名称で販売がはじまりました。
これらは日本企業の海外進出によるM&Aの増加に伴う需要に応じて誕生したもので、販売対象は日本企業が海外企業を買収する案件のみとされています。
(2) 国内M&Aに特化した表明保証保険もはじまっている
近年は国内においてもM&A市場が活性化されています。その中で表明保証保険に対する需要も増えているのです。
そのような中、東京海上日動は2020年1月に国内向け表明保証保険、さらに同年7月には中小企業向けの表明保証保険の発売をはじめたのです。また中小企業向け表明保証保険では再生型M&Aにも対応しており、売り主の資金力不足を補うことができます。
6. 表明保証保険は海外の方が普及している
最後に海外における表明保証保険の現状について解説します。そもそも表明保証という概念は英米法による商取引の中で産まれたものです。これは表明保証には売り主側に開示された情報に虚偽がないことを宣言させる要素があることから起因します。
しかし欧米ではPEファンド(プライベートエクイティ・ファンド)によるM&Aが増えてきました。すると表明保証だけでは資金回収が遅くなる点が問題視されてきたのです。そこで表明保証に対するリスクヘッジとして表明保証保険が誕生しました。
したがって表明保証保険は欧米やオーストラリアを中心に広く普及しています。そして今後は日本においても潤滑な海外進出やM&Aの切り札として表明保証保険が普及することが見込まれるのです。